「ふう……。これで全部ですかね。」
アズールはスマホと睨めっこをしながら、そう呟いていた。
今日はモストロ・ラウンジの買い出しの日。
アズールとフロイドはそのために街に繰り出していた。
そして、スマホに買い物のメモをしていたのだ。
買い物を達成していく度に、メモを一つ一つ消していく。
そして、とうとう最後の一つを消し去った時。
「いっぱい買ったねー」
アズールの荷物持ちに同行させられていたフロイドは、そう言いながら笑っていた。
いつもだったら、彼の片割れも同行するところだったが、生憎本日の彼は部活であった。
だから、今日の同行者は彼一人。
しかし、買う量はいつもと変わらない分、彼はいつもの倍の量の荷物を持っていた。
今日は機嫌がいいため笑ってはいるが、一気に買った荷物の量は相当に重いはずだ。
――さすがに褒美でも買ってやるか……
そう思い立ったアズールは、フロイドに話しかけていた。
「なにか欲しいものはありますか?」
成果を出した従業員にはきちんと報酬を。
それがオーナーの務めだ。
「やったー!」
その言葉を聞いた途端、フロイドの表情はパっと明るくなる。
そして、早速彼は街並みに視線を滑らせていた。
建物一つ一つをなぞるように目線を揺らす。
すると、不意にフロイドの視線が止まる。
「これがいい。」
そう言いながら彼は指をさす。
その先にあったのは、カフェテリア。
新作のフラペチーノの宣伝の看板が表に立っていた。
「分かりました。」
アズールはさっと注文を済ませ、出来上がったものを受け取る。
ここの新作は毎回話題になる。
何かモストロ・ラウンジの参考になるかもしれない。
フロイドの感想を聞こうじゃないか。
そんな思惑を抱えながら、出来上がったドリンクをフロイドに手渡す。
「わあい!」
フロイドは笑顔でそれを受け取る。
そして、ちうっと勢いよく中身を吸い上げる。
クリームは吸い上げられながらストローを通り、フロイドの喉に到達する。
クリームと混ざり合い、まったりとした味わいになったドリンクは、フロイドの舌の上で甘い味となって広がる。
「うっま!」
病みつきになる程美味しいその飲み物は、フロイドの食欲をそそった。
彼はどんどんと飲み進めていく。
喉が動き、ドリンクの残量はみるみるうちに減っていく。
……だが、そんな中。
不意にフロイドの口がピタリと止まっていた。
「?」
アズールが不思議そうにフロイドを見つめていると、彼はアズールを見つめ返す。
そして首を傾けながら彼に問う。
「アズールは飲まねえの?」
「え」
そう言いながら、フロイドはアズールの方にずい、とドリンクを差し出してくる。
だが、アズールはドリンクを持つフロイドの手を掴み、彼の口の方へ戻す。
「今日の摂取カロリーを超えているのでいりません。」
そう言いながらフロイドの申し出を断ったのであった。
「……」
すると、フロイドの瞳が左右に揺れる。
彼は口をキュッと引き結びながら、何かを考えるように視線は何度か往復する。
そして、その動きが止まったかと思うと、再びアズールを見つめ返し、こう言い放った。
「じゃあ、オレもいらねえ。」
「は??お前が欲しいって言ったんだろ!?」
「オレ、もうお腹いっぱいだから。ホラ無駄になっちゃうからアズール飲んでよ。」
突然のフロイドの言動に、アズールは呆気に取られる。
彼の気分屋には散々振り回されてきたが、与えたものをすぐにいらないと言われてはさすがに怒りを覚える。
アズールはフロイドを叱咤する。
しかし、フロイドは俯くばかりである。
……そして、不意に口を開く。
「……最初に飲みたいって言ったのアズールじゃん。」
「へ」
呟くように絞り出されたフロイドの小さな声。
だが、その言葉は内容にアズールは拍子抜けしていた。
――僕が……言った……??
アズールは記憶を手繰り寄せる。
確か、マジカメを眺めている時。
不意に流れてきた宣伝。
そこに映っていた、おいしそうな飲み物。
丁度仕事が忙しく、カロリーを欲していた時に目にしたスイーツ。
『飲みたいなあ……』
確かにそう呟いた。
ここまで記憶を取り戻したところで、己の発言を思い出した。
――あー……、言ったなあ……。
……にしても、発言に責任を持たなくては。
じゃあ、飲むしかないのか。
でも、カロリーが……
さて、どうしたものか。
アズールがそんな迷いに揺らいでいると。
フロイドの方が先に呆れたようにため息をつく。
「……覚えてないかあ。」
フロイドは目を伏せる。
そして、そのまま横に揺らす。
だが、何かを思いついたように不意にアズールの首に腕を回す。
「じゃあ、これならいい?」
はっとした時にはフロイドの顔面が近づいていた。
遅れて、ふわりと唇に甘い味が広がる。
「ぅっま……」
何が起こったか理解する前に、アズールの口からはそんな言葉が漏れていた。
濃厚なクリーム。
絶妙な苦み。
そのコントラストが、堪らなく美味しい。
思わず顔が緩み、目が輝いてしまう。
……すると、どこか視線を感じる。
ふと、フロイドの方を見ると、ニヤニヤと嬉しそうに笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
「でしょお~?ホラ、やっぱ飲んじゃいなよぉ~」
そうニコニコ笑いかけながら、ストローを唇に押し付けられる。
そして、耳元に口を寄せられたかと思うと。
「後でカロリー消費手伝ってやっから♡」
甘くそう囁かれたのであった。
「ッ……」
思わずアズールは息を飲む。
悪くない、と思ってしまったからだ。
美味しいものも飲める、市場調査も出来る、カロリー消費も手伝ってもらえる。
あと……、まあ、そのなんだ……
気持ちの良いことも出来る……
――まあ、それならいいか。
アズールは目を瞑り、すうっと息を吸って大きく吐く。
そしてゆっくりと目を開けると、意を決して、ドリンクを吸い上げたのであった。
そして、このあとめちゃくちゃ……