「ばれんたいん??」
初めて触れる言葉を目にし、アズールは不思議そうに読み上げていた。
それは、たまたま見かけた言葉。アズールはラウンジのために情報集めと街に繰り出しており、そこで見かけた店に貼ってあったチラシにそう書かれていたのだ。
「何かイベントでしょうか……」
アズールは初めて目にする言葉に興味津々。スマホをポケットからサッと取り出すと、その言葉を調べ出す。
「なるほど……」
検索結果はすぐに出る。
バレンタインとは、陸の風習だそうです。二月十四日にお菓子を贈り合うイベントとのこと。主にチョコレートを贈ることが多いだとか。
「ほう……」
あいつらのお土産……留守番の駄賃に丁度いいかもしれません。やつらはただの品物を渡すより、ストーリーがあるものの方が喜ぶだろう。
特にイベントに乗っかったものの土産は好評だ。お土産話と共に渡してやれば完璧。
お菓子一つで駄賃となるならばコスパが良い。
「さて……」
アズールは店内に入り、早速土産の吟味を始める。ショーケースの中に色とりどりに並ぶ多種多様なスイーツ。一つ一つのお菓子の前には、名称と説明書きが書かれたポップが掲示されていた。
「ふむ……。細かく書かれていて随分と親切ですね……」
説明書きには、どのような味と食感のお菓子であるかや、由来などが細かく書かれていた。初めて見るお菓子も多く、文章を追うだけでもとても楽しいものであった。
——なるほど。モストロ・ラウンジでもメニューの説明をするカードを作成してみてもいいかもしれませんね。
アズールがそんな戦略を練る中。ふと、とあるお菓子に目が止まっていた。
「おや?」
それは珍しい見た目で、色どりも華やかなものであった。そしてまるで、サンゴを思わすような色と形をしていた。
「では、こちらをお願いします。」
アズールはそれを選びとると、箱に詰めてもらい、学園に持ち帰ったのであった。
☆
「ただいま戻りました。」
「ずるいずるい〜」
アズールが学園へ戻ると、案の定不機嫌そうな双子の顔がお出迎えをしてきた。そんな二つの膨れっ面に、アズールはお菓子の箱を押し付けてやる。
「お土産です。」
彼がそういって差し出すと、暗かった二人の表情は一変。ぱぁっと火が点ったように、満面の笑顔に変化する。
「やったー!」「なんでしょうか!」
「現金なやつめ……」
二人はそれを受け取ると、早速箱の中身を確認する。
「なにこれ??」「お菓子……でしょうか?」
中に入っていたのは、丸みを帯び、パステルカラーの生地にクリームが挟まったもの。
「マカロン、というお菓子だそうです。」
アズールは解説を続ける。
「卵白を泡立てたメレンゲを焼き、クリームを挟んだお菓子です。カラフルかつ形も特徴的で、今後のスイーツ開発に役に立つかと思い買ってきました。」
ペラペラと説明を続けているうちに、二人はパッケージを開け始めていた。
「興味深い形をしていますね!」
「うまそー!!」
ジェイドは、初めて見る形に興味津々。フロイドはお菓子であることに喜び、味を確かめようとする。
「商品開発も兼ねているので、ちゃんと形を楽しんだり味わったりするんですよ。」
「承知いたしました」「はぁい」
アズールの注文も話半分に、二人はマカロンに手をつけようとする。
だが、摘まみ上げようとしたところで、ふととあるものに気が付く。
「おや、何か入ってますよ」
「え」
ジェイドは中から何か紙のようなものを取り出す。しかし、何か入っていることに気づいていなかったアズールは驚いた声をあげてしまう。
呆気に取られるアズールをよそに、二人はその紙の内容を読み進める。
「ほうバレンタインという風習が陸にはあるのですね。」
そういえば、背景を説明するのを忘れていた。危ない。
「そうです。2月にお菓子を渡す行事だそうで……」
「あれ、なんかまだ書いてあるよ。」
そんなフロイドの言葉に、アズールは一旦説明を止める。一方のフロイドは、そんなアズールの様子を意に介さずにそのまま続ける。
「えーと、なんかおやつに意味があんだって~。このマカロンってやつの意味も書いてあるみてえ」
——意味……だと??
そんなのは聞いていない。
一体僕は、なんの意味があるモノを贈ってしまったのだろうか。
「なるほど?意味は何でしょう!」
ジェイドも嬉々としながらフロイドに身を寄せ、二人して内容を確認する。
一方のアズールは、内心ヒヤヒヤしながら二人の言葉を待っていた。
「えー、なになに……あは♡」
「おやおやおやおや」
すると、二人は軽く目を見開いたかと思えばこちらへと視線をよこす。そして、きゅっと眉尻と目尻を下げ、ニヤニヤとした表情をこちらに向け始めたのだ。
「なんだよ⁉」
——まずいことが書かれている気がする。
アズールはとっさに、二人が手に持っていた紙を奪い取る。
「わっ」
勢い余ってくしゃりと紙を丸めてしまい、声を上げてしまう。だが、今はそんなことよりも中身が気になる。
——いったい何が書かれているのだろうか??
アズールは震える手で、おそるおそるその紙を開く。
「っ…………」
その中身を見て、アズールは息を飲んでいた。
書かれていた言葉は、『特別な人』
「ちがッ…………」
途端にアズールの顔は真っ赤に色づく。火を噴いてしまいそうなほどに真っ赤に。
「なんで赤くなってんのー。茹でダコじゃん~」
「いや、待て!ちが、別に意味を持って選んだわけじゃ……」
「でも真っ赤じゃないですか。」
「ちが、そういうつもりじゃ……」
しかし、アズールがそう言いかけたところで言葉を飲み込む。
——『特別』……??いや、あながち間違ってないんじゃないか??
だって、この僕のそばに置いているんだ。誰だっていいわけじゃない。
そう思うと、自然に口にしていた。
「この特別で偉大なる僕が手ごまとして置いてるウツボなんだろう?そんなお前たちは特別じゃないのか??」
「へっ」「え」
すると、今度はジェイドとフロイドが呆気に取られていた。ストレートなアズールの言葉に、ぽかんと口を開ける。
アズールは何気なく言った言葉かもしれない。だが、二人にとってはたまらなく嬉しかったのだ。
そして同時に、アズールのストレートな言葉に、彼をからかう余裕などなく動揺してしまった。
すると、二人のそんな変化にアズールはすぐに気がつく。
口角は自然と、くいっと吊り上がっていた。そして追い打ちをかけるように続ける。
「おやおや。特別な人、の自負がないんですか?そんな覚悟でこの僕についてきて……??」
「そんなわけねえじゃん!オレたちすげえし!」
挑発するようなアズールの言葉に、素直に返していたのはフロイドであった。そして、ジェイドも続ける。
「僕たちは……偉大なるアズール様に仕える特別なウツボ様です。」
そんな二人の言葉に、アズールは満足そうな笑みをこぼす。
そして、そっと呟いていた。
「悪くないな……」
学園で過ごす時間は限られている。今の『当たり前』もいずれはなくなるものだろう。
——こうして、こいつらと過ごすのも今だけの特別な時間かもしれない。なら、精一杯目の前のことを楽しんでやろうではないか。
まずは、目の前の菓子を楽しむこととしよう。
アズールは、箱の中のマカロンをひょいと摘まみ上げ、口に放り込む。そして、今のひと時を味わうように『特別』を噛みしめたのであった。
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以下ペーパー及びラリー企画の背景です。
ペーパーラリーのメインイラストに『マカロン』を使用した理由を描いた作品となっております!
きっと彼らにとって、お互いは当たり前。
『特別』だとか、あまり考えたことはないでしょう。
だけど、いなくなったときや離れた時に、やっぱり寂しいと思って、その時初めて『特別な存在』であることに気が付いたらいいなと思い、『特別な人』を意味するマカロンを選びました。
作品及び企画をお楽しみ頂きありがとうございました!