ビジネスライク・バディ(未完成) 聖遺物の裏取引を追う最中、小休止に立ち寄った道の駅でのことだった。
「どーもどーも。お待たせしちゃってすんませんねぇ、渡辺さん」
向こうからやってきた斎藤のヘラヘラ顔に、渡辺はわずかに眉をひそめた。
正確には、彼が両手に持っているものに、だが。
「なんかこういうトコの料理ってやたら美味そうにみえません? 僕けっこう好きなんですよね。……あ、勝手に買っといてなんですが、蕎麦でよかったです?」
「……ええ」
斎藤は一方的にペラペラ喋りながら、戸惑う渡辺の手前に、どうぞ召し上がれとトレーを置いた。
湯気立つ蕎麦の中身を見つめ、渡辺はますます険しい顔になっている己を自覚する。
駐車場に停めるなり、「ちょっと待っててくれます?」と言い残して店内に入っていった斎藤。トイレでも借りるのかとフードコートで待機するも一向に返って来ず、冷めた缶コーヒーを飲み終えるころにやっと姿を見せたと思ったら、この始末である。
確かに、京都府警からここまで休憩なしで車を走らせてきたのだ。当然ながら昼飯もまだであり、せっかくの機会に腹になにか入れておきたいという気持ちは分かる。
分かるが、それにしてもだ。
「あまり勝手なことをされては困るのですが」
せめて一言、何かしら言い置いてくれればいいものを。そう文句を言いたくなるのも道理であった。
しかし斎藤はというと、じとっと睨まれているのに全く悪びれることなく、渡辺の正面に腰を下ろす。
そしてあろうことかの追い打ちを入れてきた。
「あ、そうだコレ。お土産。忘れないうちに渡しときますわ」
テーブル越しに手渡された紙袋には、よくあるタイプのご当地饅頭の箱が入っていた。
受け取ってからしばらく、渡辺は茫然と簡素なパッケージを眺めた。その間、頭の中を様々な感情が駆け巡る。
元々、情緒豊かな方ではない渡辺が一度に処理するには、大分な苦労を伴うだけの出来事であった。
そして、端から見れば完全に固まったまま黙りこくっている渡辺を、斎藤が心配するのもまた自明である。
「おーい……渡辺さーん? 蕎麦食わないんですか? のびますよ?」
自分は既に三分の一ほど平らげながら、斎藤が顔を覗き込んできた。
やっと我に返った渡辺は、いまだこんがらがっている思考を、ひとつずつゆっくりと解くことを決意した。
「……斎藤殿」
「はい?」
「質問は山ほどありますが、とりあえず一つ、言っておきたいことが」
「どうぞ」
手のひらで促され、渡辺はひとつ深呼吸をした。
「土産というのは、行きの道で買うものではないと思います」
真面目な顔から飛び出したその発言に、斎藤は数秒の間を置いて思いっきり噴き出した。
「初っ端にそこ!? もっと他に聞かなきゃならんことあるでしょ!」
あははと笑う斎藤は、実に愉快といった様子であった。質問をされることは予想していたらしいが、予想外に頓珍漢な方向から責められて笑いが抑えきれなかったらしい。
一方の渡辺は、心外とばかりに眉間に皺を寄せていた。彼としてはあくまでも真剣に問うたつもりなのだ。
その意を汲んだのか、ひとしきり笑った斎藤が改めて答えた。
「いやまあ、おっしゃる通りで。お土産ってのは要するに、旅の思い出のおすそ分けですからね。自分が散々楽しんだ後、帰路で買ってくのが一般的だと思いますよ、僕も」
「なるほど。土産に対する認識に齟齬があるわけではないと」
「ああ、その確認ね……なるほどなるほど。相変わらずの着眼点ですわ」
合点がいったと斎藤が頷くのを、渡辺は再び鋭く睨んだ。
「一人で納得しないで頂きたい。こちらは何一つ納得できていないのですから」
言外に説明を求められ、斎藤はうーんと小さく唸った。丼の縁に割り箸を置き、緩く両手の指を組む。
わずかな沈黙の後、彼は静かに語り始めた。
「結論から言いますと―――聖遺物を乗せたトラックは、この先の記念会館に向かってます。恐らくそこで、何らかの手段で売買されるものかと」
渡辺は、大きく目を見開いた。
「何故……」
そう呟くほかなかった。
宮内庁の管理下にあった聖遺物が何者かに盗まれ、それを取り戻すべく自分たちが出動させられたのは事実。しかし、現時点で分かっているのは大まかな逃走ルートのみと、聖遺物の残した微量の魔力残滓のみ。その闘争手段や目的地、ましてや犯人が聖遺物をどうするつもりかなど、知り得るはずがない事柄だった。
それを斎藤は、まるで―――。
「何故、まるで知ってるみたいに言えるのか?」
驚く渡辺に、斎藤はにやりと口角を上げた。
「渡辺さん、僕が腹減ったから、勝手に抜け出して飯食いに行ったんだと思ってるんでしょ?」
「違うようですね、その口振りは」
「もちろん。これは必要経費ってやつです。店の人間から快く思われるには、売り物を買うのが一番手っ取り早いんで」
「……聞き込み、ですか」
ご明察、と斎藤はカウンター奥にいる初老の女性を横目で流した。
「他に用もないのに質問だけってのと、何かのついでに質問するのとじゃあ、相手の構え方が全然違うんですよ。なるべく軽ーく、世間話みたいに聞くのがベスト。『ああ、この話は大ごとじゃないんだな』って思ってくれりゃ、案外何でも聞き出せるもんですよ。ま、あのおばちゃんは見た目通りのお喋り好きだったから、ぶっちゃけそこまで必要なかったかもですが」
斎藤は少し得意げに、ぱちりと片目を閉じてみせた。
「という感じで、いろいろとお聞きしてきたわけですよ。お蕎麦が出来上がるまでの時間、向こうからしちゃ『暇つぶしがてら』に」
「いろいろとは」
「いろいろです。ま、そいつが渡辺さんが思ってるより、だと何よりですがね」
飄々とした謙遜交じりの言い様は、その実、安心を覚えるほどの自信に満ちていた。
「何から聞きます?」
「では……」
問いかけようとして、渡辺は不意に口を閉じた。ふうと軽く息を吐き、小首を傾げた斎藤の目を正面から見返す。
「いいえ、貴方の好きに話してください。俺は極力、口を挟みませんので」
その方がきっとやりやすいだろう。黒曜の瞳は、そう真摯に告げていた。
わずかに目を見開く斎藤をよそに、渡辺は備え付けの割り箸をスッと手に取る。静かに割り、「いただきます」と両手を合わせ、少し湯気のおさまった蕎麦に手を付けた。
無言でズルズルと麵をすすりはじめた相方を、斎藤はしばらくぽかんと口を開けて見つめていた。
が、瞬きの後にはいつもの調子に戻り、苦笑を返した。
「了解です。そんじゃあ、お食事がてらしばしのご清聴を、なーんてね」