Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    NoaNino

    短いの書いたり書き途中の置き場。溜まったら支部に移動して消えたりします。
    @NoaNino

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🐵 🐒
    POIPOI 76

    NoaNino

    ☆quiet follow

    お好み焼き食べたい(吐かない)

    傑の実家の形だけの葬式に参列し、ついでだから今日は実家に寄ってく、そう言った硝子とは向こうで別れた。俺は寄り道もせず、さっさとひとりで高専の最寄り駅に着く。

    駅を出ると、左右に広がる古びた商店街。高専までは徒歩で30分ほど。普段は1時間に数本のバスに乗る距離だけど、急いで帰る理由もない。

    お腹はそれほど空いてなかったが、今日は帰って何かを作る元気もない。
    何か適当に食べて歩いて帰ろう、面倒になったらその時はやっぱりタクシーで帰ろう、そんなことを考えながら、商店街の店を眺めて歩く。
    ラーメン、定食、牛丼、コンビニ、食べたいものが思い浮かばず、商店街の終わりが見えてきたその時。ちょうど店の外の片付けをしていた、馴染みのお好み焼き屋の背の低い老婆と目が合った。小さくて腰も曲がりかけなのに、よく喋る元気な婆さんだ。

    あら、久しぶりじゃない?帰り?食べていかない?今日お客さん全然いないのよ。暑いもんね。

    いや、別に。今日はちょっと。.......暑いし。
    そんなこと言うまもなく、店に呼び入れられ、席に座らされる。目の前の鉄板に火が着けられ、じわじわと温かくなっていく。冷房は弱々しく効いていたが、鉄板が熱を持ってしまえば、負けそうだった。

    何にする?いつものでいい?こちらの回答も待たずに、小さな体がカウンターのなかで婆さんがテキパキ動く。鉄板の上でじゅうじゅうと焼ける音、小麦粉と肉と野菜が焼ける匂いが狭くて古い店内いっぱいに広がっていった。

    匂いによって、さっきまで感じなかった空腹感が体に満ちていく。
    ぐう、小さくお腹がなった時、できたよ、元気な声が聞こえた。
    カウンターの中から婆さんが運んできた巨大なのに1番安価な豚玉が目の前の鉄板に移される。

    たっぷりソースと青のりと鰹節が載せられた豚玉をヘラで切っては、割り箸で口に運んで夢中で貪る。

    そうだ、3日食ってない。3日だ。

    口の中にソースの味が広がる。多めに載せられた豚肉、たっぷりのキャベツで傘増しされた粉の塊を夢中で口に放り込んだ。


    え、お好み焼き食べたことないの?
    こないだ駅前でいい店見つけたんだ、今度行こうか。
    狭いけど、美味しいんだよここ。
    こないだ任務帰りに寄って発見してね。
    ほら、美味いだろう?歯に青のりついてるよ、悟。
    また来ようね。


    あれから何度も来た。
    腹が減ったらここだった。ラーメン屋も行ったけど、育ち盛りは食べなきゃいけないよ、そう言って毎回のようにサービスしてもらっていたから、入り浸るように通った。

    そこで頼むのは何時もただの豚玉。1番安くて、ちょっとボリュームあるだけの、きっとどこにでもある、普通の。

    「.......今日、傑くんは?いつもあんたたち一緒じゃないのかい?珍しいねえ」

    悪意なんて一欠片もないであろう言葉は、無惨にも俺を刺す。
    答えるより先に、口の中にお好み焼きを詰め込み、咀嚼し、飲み込む。
    婆さんも別に食事中の俺に無理に答えさせたいわけではないであろう、カウンターのなかで、独り言のような言い方だった。

    最後の塊を大口を開けて、押し込む。口を抑えながら咀嚼し、飲み込み、水で喉の奥まで流し込んで、漸く深く息を吐く。

    「傑さー.......ちょっと遠くに行ってんだよね」

    俺も別に婆さんに届かなくても良いと思いながらそう言った。
    ちょっと、遠くだ。きっと、多分、そう。それでいて手は届かなかった。

    俺の言葉はちゃんと届いていたのか、何かを思ったのか、少し時間を開けて、そうかい、と返事があった。妙に重みを感じる四文字の音だったように思う。


    「何か、追加で食べるかい?腹減ってんだろう?」

    まだもう1枚くらい食べられそうだとは思う。
    久々の食事に、胃袋は驚きもせず、喜びあがっている。成長期の男子高専生の胃袋は際限知らずだ。


    「んーん、大丈夫。ご馳走様。また来るよ、傑と。そん時サービスして」


    お会計お願い、そう言って席を立つ。
    会計を終え、外に出れば、日は暮れかけているのに、またすぐに汗ばむくらいには暑い。
    振り向かずに、商店街をそのまま抜ける。
    あの店に、あの味には、色々な記憶が詰まりすぎていて、駄目だな。たぶん、もう行くことはないだろう。
    そういえば最後に傑とあの店に行った時も、また来ようという話をした。たまには1番高いメニューふたりで食べよう、と。何がまた来るよ、だ。嘘ばっかり、俺も、あいつも。

    舌打ちを1度だけ。欠けたコンクリートを強く踏みしめ、俺はひとりで高専へ続く道を歩き始めた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator