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    Sino_mzsw

    @Sino_mzsw
    こっちにアナログ状態のネタとかメモとか載せたいです

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    Sino_mzsw

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    https://poipiku.com/1856457/9486100.html
    の続き。リンク先の中身読まなくてもキャプションを読めば状況は分かると思います。

    日光さんはこんなことしないやつの続き翌朝、長義は自身の部屋のベッドの上、頭から布団を被って丸まっていた。普段起きる時間を五分ほど過ぎたが、起き上がる気になれないでいた。眠くはなかった。体が泥のように重く、そのくせ頭は覚醒したままで、肉体的・精神的に酷く疲れていた。
    あの後身なりを整えられて、長義は自宅に帰された。車で送り届けようかと問われたのを、手間をかけさせたくないと言って断った。それが聞き届けられたのはおそらく、他の家族たちが帰ってくるまでにリビングの掃除をする必要が日光にはあったからだろう。どうやって帰ったのだったか、あまりよく覚えていない。のろのろと歩いて駅に至り、数駅乗って自宅の最寄りからまたちんたら歩いて、帰宅した頃には暗くなっていた。普段連絡なく遅くなるということはないので、同居している親戚たちには心配されたがはぐらかして、夕食も食べずに部屋に引き篭もった。思い出したくもないのに脳裏に行為の記憶がフラッシュバックして、勝手に涙が出て止まらなかった。全て夢だったことにして眠ってしまいたかったのに、結局一晩中一睡もできなかった。
    控えめに扉がノックされる。
    「長義ー?大丈夫?」
    同居家族である小竜の声だった。何も答えずにいると、「入るよ」と断ってから扉が開く音がした。
    「長義、どうしたの。体調悪い?お腹痛い?」
    カーテンを閉め切った部屋は薄暗く、隙間から差し込む朝日を頼りに長義の側まで歩いてきたらしい小竜が、布団の塊に声をかける。長義はただ黙ってじっとしていた。
    「長義」
    ぽんぽん、と布団越しに肩を叩かれる。
    「ごはん食べられそうかい?光忠おじさんが作ってくれてるよ」
    昨日何も食べていなかったのを気に病んだのだろう、普段より柔らかい声だ。長義は少しだけ布団から顔を出した。泣き腫らした目を見て小竜が痛ましそうに眉を下げる。
    「……どうした?」
    布団を被ったままの長義の顔を覗き込んで小竜が優しく尋ねる。なんでもない、と言おうとして、喉がガラガラに張り付いていて声がうまく出ず咳き込んだ。
    「ああ、ああ、ごめん。無理しないで。……とりあえず今日はがっこ休もっか?」
    長義を気遣った提案だった。それに少し考えてから、長義は首を振った。
    「……い、く……」
    喉から絞り出した声はひどく潰れていて、そういえば水も碌に飲んでいなかったのだったと思い出した。
    「え?でも……」
    「……学校、行く……」
    無茶を言っている自覚はあったが、ここで休んだら二度と「いつも通り」に戻れなくなりそうで、そのことの方がずっと怖くて嫌だった。
    小竜は心配そうにしつつもそれ以上は追及せず、「わかった」とだけ言った。
    「とりあえず光忠おじさんにはそう言っとく。準備できたら降りておいで。必要なら学校送っていくよ」
    そう言って布団越しにぽんぽんと背中を叩き、小竜は部屋を出ていった。
    詮索しないでくれることがありがたい。家族として暮らしている長船の親戚たちは皆こういう気遣いに長けた人たちで、長義は彼らのそういうところによく助けられていた。
    緩慢な動作でベッドのへりから足を下ろし、それから諦めたように被っていた布団を脱いだ。ぼうっとした目で眺める視界の端、床の上に、ぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられた制服が落ちている。昨日着ていたものだ。ゆっくりと立ち上がり、拾い上げる。そのまま着る気には到底なれなくて、すぐそばの椅子の上に放った。ジャケット以外は替えがある。クローゼットから出してこようと歩み寄って、その脇に置いてある姿見、そこに映る自分が目に入った。全身を映してまだ余裕のある大きめの姿見は、長義がこの家に来てこの部屋をもらう時に叔父たちが準備してくれたものだ。『やっぱりいつだって自分の見せたい自分になれてるか、自分で確認しておきたいじゃない?』とは、光忠の言っていたことだったと思う。
    見せたい自分。映る自身の惨状に嘲笑の息が漏れた。
    泣き腫らした目元は赤く、頬には涙の跡が幾筋も残っている。目元には隈ができているし、頬や唇は血の気がない。肌は全体に青白くてボロボロで、髪はぐちゃぐちゃに絡まって乱れている。ベッドに潜り込む前かろうじて着替えた寝巻きはボタンを一部留め損ねていて、その隙間から見える肌、鎖骨の下あたりに鬱血の痕が覗いていた。
    それを見つめ、黙ったまま鏡の前で寝巻きを脱ぎ落とした。下着だけになった姿が映る。
    首や腕といった服から出る部分はなんともないように見えたが、隠れる場所は酷いものだった。胸から腹、腿にかけて至る所に鬱血や歯形が散らばっている。乳首の周りや内腿、脚の付け根には集中的に付けられていて、噛まれた周りが内出血していた。腰と腿には強く掴まれたためだろう大きな手の痕が残っている。よく見れば腕や手首にも、抵抗して押さえつけらたのであろう手痕が残っていた。痕は赤ばかりでなく青黒くなっているものもある。フローリングに転がされていた背中や、押し開かされた股関節が痛んだ。それら全てが昨日その身に起きたことが何だったのか鮮明に伝えていた。
    あまりにも無様だった。
    膝から崩れ落ちしゃがみ込んで、ぼろぼろの体に腕を回して抱きしめた。
    「は、は……っ」
    勝手に零れた笑い声はひび割れてぼろぼろで、その声の哀れなことといったら無かった。
    「……ふ、……ぅう……っ」
    くぐもった嗚咽が口から溢れて止まらない。昨日散々流してもう枯れたと思っていた涙がまた頬を濡らしていた。
    悲しくて悲しくて堪らないのに、何よりも悔しいのは、まだどこかで日光を信じたいと思っている己がいることだった。旧い記憶の中で掛けられた優しさを切り捨てられない。この家に来るよりも前の、物心ついた頃の記憶。その全てが「嘘」だったとは思えなかった。あの優しく真面目で面倒見のよいあには、あれはあれで日光の真実だった。
    しかし同時に、昨日の出来事も厳然たる事実として長義の体にあった。相反する彼の姿を伴う二つの事実の間で、感情が疲弊していた。
    乱雑に涙を拭って立ち上がり、クローゼットから着替えを取り出す。昨日からそのままだった下着も替える。糊の効いたシャツ、校章の入ったまだ使い込まれていない靴下、ぴっちりとアイロンのかかったスラックス。いつも通りの手順で身に付けていく。部屋を出て、2階の洗面台へ。長義用の棚から一式を取り出す。洗顔用のヘアバンドは以前謙信とお揃いで買ってもらったもの、洗顔料や保湿用品は光忠と大般若のお薦めの品、ブラシは小竜からのプレゼント。考えなくても流れるように動かせる手を、今日は少しだけ意識しながら、いつもと同じ手順で整えていく。それからいつもと違う工程を一つ、目の下にコンシーラーを入れた。最後に少し迷ってから、手首に僅かに香水を付ける。ロール式のそれは、リラックス効果を謳うハーバル系の軽やかな香りで、以前南泉が贈ってくれたものだった。今日を守るようにいつも通りを、それから少しだけ昨日を振り切るためのおまじないを。
    自室に戻り、タイを結んでジャケットを羽織る。首や腕を動かし、痕が全て隠れることを確かめる。
    「大丈夫。きっと今日は、今日も、大丈夫」
    鏡の中の自分を見つめ、言い聞かせるように呟いた。


    リビングへ降りると、光忠や小竜、大般若も揃っていた。三人とも長義の顔を見て、少しだけ心配そうに目を細める。しかしすぐにいつも通りの柔らかい笑みを浮かべて、「おはよう」と声を掛けてくれた。
    「おはよう」
    意識してふつうの調子で返す。小竜は自分の朝食の続き、光忠はオープンキッチンの向こうで家事、大般若はソファーにかけて新聞を読む、とすぐにそれぞれの活動に戻っていった。彼らの思いやりに感謝して、食卓の自分の席につく。
    昨夜から何も食べずによく過ごせたものだと自分でも思うが、不思議と空腹は感じていなかった。むしろ何かを口にすることが億劫で仕方ない。自分の体調について考えあぐねている内に、光忠が朝食を運んできてくれた。
    「食べられそうなら食べてみて。お腹すいてなくても、少しでいいから」
    そう言って差し出されたのは温かな湯気の立つスープだった。澄んだ色のスープは薄味で、具は小さく刻まれていた。おそらく昨夜の長義の様子を見て、あらかじめ用意してくれていたものだ。先ほど小竜が伝言した後から作るには手間がかかり過ぎているから。じんわりと温まるのは体だけではなかった。空っぽの胃に染み渡るそれを、時間をかけてゆっくりと口にする。長義が匙を進めるごとに三人に若干の安堵の空気が流れるのを感じた。あからさまな視線を避けていても長義の方に気を向けていることは簡単に感じ取れて、長義は少し笑った。
    「ゼリーとか食べる?小豆くんが作りおきしていった奴があるけど」
    スープを食べきる頃に光忠から声が掛けられる。
    「いただくよ」
    「OK、今持っていくね」
    光忠が空になった長義の皿を下げ、冷蔵庫からゼリーを取り出す。
    「俺も食べる〜ついでに取ってくれないかな〜」
    「はいはい」
    小竜の声に応じてもうもう一つ。
    「大般若くんは?」
    「俺は明け方に食べてしまったなあ。レモン味、美味かったよ」
    「また妙な時間に起きてるね。もしかして今から寝るの?」
    「もう僕ら若くもないんだから……あんまり生活リズム崩すと辛くなるよ?」
    「夜は捗るんだよなあ……ちょうど向こうは昼間だからメールの返事も早いし」
    三人のテンポ良い会話が続く。背後では小さい音量で吹き替えの国際ニュースが流されている。朝日の入るリビング・ダイニング、東の窓辺には観葉植物の小さい鉢がいくつか寄せられ日光浴している。朝にこうして日の当たる位置に動かすのは謙信の仕事で、日が高くなったら定位置に戻すのは大般若の仕事だ。明るい光に満ちた部屋に変わらない日常が流れていた。
    光忠が皿にあけて持ってきてくれたゼリーに、小竜と二人で礼を言う。
    透明な薄黄色の中にレモンの果肉が舞っている。小豆の作の中では比較的素朴なつくりで、昨晩急遽作ったのだろうことが察された。
    そっとスプーンを差し込むと、思ったよりもゆるめの柔らかな感触が伝わった。口に運ぶ。柑橘らしい酸味のある爽やかな甘さに口の中が洗い流されるようだった。鼻に抜けるレモンの香りが心地良い。喉をつるりと通るゼリーはするすると胃に入っていって、あっという間に食べきってしまった。斜め向かいで小竜も満足げに頰を緩めていた。
    「おいしかった……」
    思わずといったように呟くと、光忠も嬉しそうに笑みを浮かべた。
    「他に何か食べら……食べたいものはある?僕で良ければ作るよ」
    「ありがとう。でも大丈夫、十分だよ」
    そう答えて席を立つ。
    「じゃあ、そろそろ時間だから……」
    「ああ、もうそんな時間か」
    鞄を手にドアに向かう長義に、大般若がよっこらせと呟きつつソファーから立ち上がり、玄関までついてきてくれる。靴を履いていると小竜も見送りにやってきた。
    「長義、送らなくていいのかい?せめて駅まででも……」
    「うん、大丈夫。心配かけてごめんなさい」
    「なぁに、謝ることなんて何もないさ。ああそうだ、俺は今日一日家にいる予定だから、もし急ぎの何かあればいつでも気兼ねなく連絡しておいで」
    大般若がそう言って長義の頭をぽんぽんと叩く。それから布巾を手にしたままぱたぱたと光忠がやってきた。
    「夜食べたいものあったら連絡入れてくれると嬉しいな。なんでもいいよ、デザートの甘いものについてでもいいし……」
    「光忠ずっと食べ物の話してないかい」
    「ごはんは大事でしょ!!」
    小竜の揶揄うような言葉に若干むっとしたように言う。その様子に長義からふふ、と笑いがこぼれた。それは意識したものではなくて、自然に笑えたことに長義はそっと安堵した。
    「気を付けてね、行ってらっしゃい」
    「ああ、ありがとう。行ってきます」
    笑って手を振ってくれる三人に手を振りかえして、長義は家を出た。

    重い玄関扉が丁寧に閉められて、規則的な足音が遠ざかっていく。それを確認して、見送った三人はゆっくり息をついた。
    「……大丈夫かな……」
    「まあ本人が行くと言ったんだろう、意思は尊重すべきさ」
    心配で仕方ない、という表情の光忠に大般若が返す。
    「……でもまあちょっとね……心配ではあるかな」
    「おや、小竜がそう言うとは珍しいじゃないか」
    「いや……部屋に見に行った時は本当に尋常じゃなさそうだったから。……無理にでも休ませるっていうのも、手段ではあったのかなって」
    煮え切らない調子で小竜は言う。
    「小竜……」
    「小竜くん……」
    「「大人になったなぁ/ねえ……」」
    「何??!!!」
    「いやぁ……自他のあらゆる自発行為を制限されるなんて絶対許さない全力で反発する、みたいなこどもだったろお前さん……」
    「それが無理やり休ませるのも手段、なんて言う日が……来てたんだね……」
    「そんなしみじみした声出さないでよおっさんくさいよ!!」
    「小竜が大人になるんだ、俺たちも歳取るはずだよなあ」
    「後半はあんまり認めたくないんだけどね」
    光忠と大般若は感慨深い気持ちで小竜を見つめる。
    「やめろってば!!俺そんなにこどもっぽかったかな……」
    気恥ずかしくなったのか、小竜が顔を赤らめる。その表情に二人も少し笑って、そして場を切り替えるように大般若がぱん!と軽く手を打った。
    「まあ、本人が言おうとしていないことを無理に暴けはしないってことは変わらない。俺たちは俺たちのできる範囲でサポートして、必要な時に本人が頼れるようにしておくだけだ」
    「そうだね。そりゃあ本当はこどもたちが傷つくようなもの取り除いてしまってあげたいけれど、それじゃあ駄目だものね」
    そう言って光忠は目を伏せた。
    「ああ。俺たちにできるのはあくまでも受け皿になることだけだ」
    そんな二人の会話を聞いていた小竜が感心したように言う。
    「……そんなこと考えながらやってたんだ。なんか……手慣れてるね」
    その言葉に光忠と大般若が顔を見合わせ、小さく笑い合う。
    「そりゃあね、「子育て」は長義くんが初めてじゃないからね僕ら」
    「先にお前と謙信と……まあお前の時はこっちも不慣れだからな、苦労かけたかもしれんが……」
    「うう〜〜〜っっやだなんかじじむさい!!」
    「あのな俺たちそこそこそういう年齢なんだよ」
    「不本意ながらね。ところで小竜くん時間大丈夫なの?」
    「今日授業4限だけだから」
    「それより光忠あんたじゃないかい、時間気にした方がいいのは」
    「あ、本当だ。僕そろそろ行くね」
    そう言って光忠もぱたぱたと支度して出ていく。
    「じゃあ俺も軽く仮眠するかな……」
    そう言って大般若も自室へ戻っていく。玄関には小竜だけが残された。
    「……長義自身の、いや、俺たちの、手に負えることなら、いいんだけど……」
    呟く声は誰にも届かずに床に落ちていった。
    ***
    長義が家から歩いて駅に着くと、ちょうどいつも乗っている電車が出ていくところだった。しまったな、と思ったがそれでも遅刻はしないはずの時間なので、それほど焦ることなく10分後の電車に乗った。
    数駅先で降りる。ここから学校近くまでバスを使う。電車が一本遅くなったためバスも普段のものは逃したはずだ。いつもなら電車内から南泉と合流するのだが、今日は顔を合わせるまでの時間が引き延ばされてどこかで少し安心していた。きっと学校に着くまでが猶予になった。
    と思っていたのに、駅前のバス停に伸びる列、その先頭に見慣れた金髪が立っていて、長義はひどく動揺した。
    「お、来た。はよ」
    「……なんで」
    長義に合わせて南泉が最後尾に着いてくる。
    「こっちのセリフだっつの。いつもの時間に来ないからどうしたかと思った」
    「……まさかわざわざ一本見送ったのか?欠席だったらどうするつもりだったんだ」
    「何だよ、いいだろ別に。待てる時間だったから待っただけだ」
    「でもっ……」
    なお長義が言い募ろうとすると、南泉は軽く顔をしかめ口元をもにょつかせる。
    「……早く会いたかったんだよ、悪りぃかよ……」
    すきなやつなんだから、と小声で付け足される。目尻のほう、頬の端がほんのりと赤い。少し照れているらしい。それに長義はぱしぱしと大きな目をしばたかせて、数瞬後、つられるようにじわりと頬が熱くなった。
    「わ、るくは、うん、ない、かな……きみの自由、だものね……」
    どうしよう、こいびとが今日も変わらずこんなにもやさしくてかわいい。さっきまで顔を合わすことに緊張していたのがばかみたいだ。
    おう、だろ、と少しぶっきらぼうな声音で南泉が返す。その様がまた、長義にはかわいらしく見えて仕方なかった。恋って偉大だ。
    そうこうしているうちに滑り込んできたバスに乗り込み、二人掛けのシートに並んで座る。南泉が長義を窓側に促すのはいつもの癖だ。おそらく小学生の頃に遠足のバスで長義が酔って以来続いている。今では酔いやすい訳ではないけれど、南泉の律儀さがくすぐったくて甘えている。狭い座席の中、南泉の方に心なし身を寄せるようにしてぎゅうぎゅうに座る。
    定刻となり、並んだ人間を全て腹に収めたバスがゆっくりと動き出す。見慣れた車窓をゆく車体の揺れと右肩に触れる体温に心地よい睡魔が訪れる。
    「眠いのか」
    「……少しね……」
    「寝てろよ。起こすから」
    「んん……いやだよ……もったいない……」
    その声を最後にすぅすぅと寝息を立て始めた長義の頭を、南泉は自分の肩に乗せる。バス停で顔を合わせた当初は紙のように白かったその顔に血色が戻っていることにひそかに安堵の息を吐いた。
    几帳面な長義がルーチンを崩すのは珍しいことで、普段待ち合わせる電車内にいなかった時、それに関して連絡も何もなかったから違和感を覚えた。単なる寝坊や風邪など大事ない事情なら一報くれるだろう、という思い上がりにも思える自負があった。待ったのはそれこそ長義に告げた通りで、要するに少しでも早く顔を見て南泉自身が安心したかったからだ。違和感なんて気にしすぎの思い違いであれば一番いい。思ったよりすぐに現れた長義はしかし、案の定少し様子がおかしかった。何が、とは言い難いがどことなく不安そうな、何か怯えてさえいるように見えた。
    何が琴線に触れたかはよく分からないが、会話を続けるうちに普段の柔らかさが戻ってきたので、やっぱり待っておいてよかったなあと南泉は思うのだった。この幼馴染の恋人に関して南泉はひどく弱い自覚がある。ちょっと横暴に見えるくらいの元気さがちょうどいいのだ。
    すやすや寝息を立てる長義の目元に、濃い隈を隠そうとしている様子を見つけ嘆息する。ただ何かにはしゃいで夜更かししたならいいが、それにしてはやはり様子が妙に思えた。
    長義の頭の上に頭をもたれかける。重さを感じてか長義から、んん、と小さな声が上がる。
    バスは渋滞もせず順調に進んでいる。学校の最寄りまであと2つ。寝起きの意識がはっきりするまでの時間を考えると、次の停留所を出たあたりで起こすのがいいだろう。もう少しこの穏やかな気配を感じていても問題ない。人の増えた車内で、南泉は隠すように鞄の陰でそっと長義の右手に自身の左手を重ねた。
    ***
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    日光さんはこんなことしないやつの続き翌朝、長義は自身の部屋のベッドの上、頭から布団を被って丸まっていた。普段起きる時間を五分ほど過ぎたが、起き上がる気になれないでいた。眠くはなかった。体が泥のように重く、そのくせ頭は覚醒したままで、肉体的・精神的に酷く疲れていた。
    あの後身なりを整えられて、長義は自宅に帰された。車で送り届けようかと問われたのを、手間をかけさせたくないと言って断った。それが聞き届けられたのはおそらく、他の家族たちが帰ってくるまでにリビングの掃除をする必要が日光にはあったからだろう。どうやって帰ったのだったか、あまりよく覚えていない。のろのろと歩いて駅に至り、数駅乗って自宅の最寄りからまたちんたら歩いて、帰宅した頃には暗くなっていた。普段連絡なく遅くなるということはないので、同居している親戚たちには心配されたがはぐらかして、夕食も食べずに部屋に引き篭もった。思い出したくもないのに脳裏に行為の記憶がフラッシュバックして、勝手に涙が出て止まらなかった。全て夢だったことにして眠ってしまいたかったのに、結局一晩中一睡もできなかった。
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