初邂逅「シンイチローくん、いるー?」
証明の落ちた店の奥に向かって声を張るが、反応はない。いねぇのかな、なんて思っていたら、ぺち、ぺち、とビーチサンダルを履いた足音が聞こえた。
「なに、オマエ客?」
振り返ると、そこにはダルそうな顔をした男が立っていた。
見覚えのないその男に一瞬気圧されるが、コイツもしかしてドロボーか、と思い直す。
「てめっ、ど、ドロボーか!? この店に取るモンなんてねーぞ!」
「はァ?」
威勢よく上げた威嚇に男は後頭部を掻き、呆れたようなため息を吐きながら俺の目の前に膝をついた。
「ボーズ、よく聞け。俺は真に店番頼まれてンだよ」
「えっ? シンイチローくんに?」
「そぉ。つーかオマエこそ、客じゃねえならドロボーか?」
ブンブンと首を横に振る。じゃあなんの用だと聞かれて、俺は両手で持った包みを男に見せた。
「これ、持ってきた。エマに頼まれて」
「なにこれ」
「お弁当。シンイチローくんが忘れてったから」
「ふーん……あいつ、今昼飯買いに行ってンぞ」
「えっ、そうなの? じゃあ、これ余る?」
「そうだな」
余ると宣告されたお弁当を見て、どうしたものか考える。持って帰るという選択肢はないし、俺が食べるには量が多い。
捨てるのはあまりにも勿体無いし、さてどうしようか。
「ボーズ、その弁当さ」
「うん?」
「俺食っていい? 今日まだなんも食ってねーんだワ」
ダメかい、ととぼけた表情で聞かれ、言葉に詰まる。ダメではないだろうが、初対面で名前も知らない男にシンイチローくんのお弁当を食わせてもいいものか。店番を任される程度には親しいらしいが、俺はまだこの男のことはなにも知らない。
言い淀む俺を見てか、男はふぅと息を吐いた。
「無理にとは言わねえケド」
「いや、無理っつーか……そもそもアンタ誰なんだよ。知らない奴にやれねーよ」
「さっき言ったろ、真に店番頼まれた……」
「違う、アンタの名前」
「名前ェ? 今牛若狭」
「いま、わか?」
「……うん。で、オマエは? 俺だけに名乗らせんのはマナー違反だよなァ」
なーまーえ、と迫られ、軽く後退る。
小さく名前を呟くと、男はふぅんと唸った。
「ケースケ……じゃあ、オマエ今からケー坊な」
「坊って、俺もうそんな年じゃねーんだけど」
「俺から見りゃまだまだガキなんだよ。んで、ケー坊。それくれんの?」
お互いにもう名前知ってんだから、初めましてではなくなっただろ。
そういう男は、遠慮なくずいずい顔を近づけてくる。
「あ、アンタこれ、全部食えんの? けっこー量多いけど」
「アンタじゃなくて、ワカさんな」
「ワカさん。食えんの?」
「ま、イケんだろ。ダメならケー坊、半分こな」
半分こ。
その響きに、なんとなく惹かれるものがあった。俺は一人っ子だから、半分こなんてしたことがない。
「半分こ? 俺と?」
「オマエ以外に誰がいんの。それともなに、ケッペキショーってやつ?」
「けっぺきしょ? なんだそれ」
「わかんねーならいいや。ケー坊、半分こすっか?」
する、と頷くと、ワカさんは少しだけ口角を上げて、俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「いい返事だな。じゃ、奥で食うか」
そう言うなり、ワカさんは立ち上がって店の奥へと入っていく。置いていかれた俺は慌てて、歩幅の大きさを埋めるように、早足でついて行った。
「こっち、入っていいの?」
「店番中だからな、どこ入ったっていいんだよ」
「ふぅん……」
ドアを二つくらい通りすぎた先の部屋に、簡易的な事務机が置いてあった。お弁当はその机に置き、それぞれパイプ椅子を引き摺って座る。
「あ、箸一人分しかねーや」
包みを開けたワカさんが声を上げる。が、直後にまァいいかと言ってお弁当の蓋も開けた。
「ケー坊、あーんしてやろうか」
「ヤダ」
「うわ傷付くわ」
お弁当特有の腹の空く匂いが漂って、きゅる、と腹の虫が鳴いた。卵焼きを一口で頬張ったワカさんからお弁当を受け取り、隅っこの唐揚げに手をつける。
「オマエさぁ、真とエマちゃん知ってンだろ。つーことは万次郎も知ってる?」
「むぐ、ぅん」
「食ってからでいーよ」
口の中の唐揚げを飲み込んで、お弁当をワカさんに渡す。ワカさんはなにを食べようか迷ってから、ごま塩ご飯を選んだ。一口が大きい。
「俺、マイキーと幼馴染みだよ」
「マイキー? アイツそう呼ばれてんの」
「うん。なんで?」
「いや、ケー坊と万次郎が同い年くらいに見えたからな。てことは俺の10コ下かァ」
「10コ下って……ワカさん俺の10コ上なの!?」
大人じゃん!と叫ぶと、ワカさんはむすっと口を尖らせる。
「とっくに大人だワ。年上を敬えよ、ガキンチョ」
「でもワカさん、シンイチローくんみたいな大人じゃないな」
「そりゃまあ……俺ァ真じゃねーしな」
「ワカさんもボーソーゾクだったん?」
「おう。もう引退したけど」
「おぉ~カッケー! ワカさん、ボーソーゾクだったときの話してくれよ!」
このとーりと拝んで見せると、ワカさんは苦笑いを浮かべて、いろいろな話をしてくれた。
片っ端から喧嘩をしていた時代や、警察に追いかけ回された話、目の前の全てが楽しかったこと。そして、初代BDの話。
「ケー坊、単車乗りてェ?」
「乗りてえ!」
「そーか。じゃ、いつかイイモンやるよ」
約束な、とワカさんに迫る。
これが俺の、初代BD特攻隊長である今牛若狭との、初邂逅だった。