イザナミの諦観「おかえり、恵。ご飯もうすぐできるけど食べてくでしょ」
扉を開けるとそこには五条悟が仁王立ちをしていた。伏黒が口を開く前に、さも当然かのように伏黒の手を引き、室内へと連れ込む。靴をまだ脱いでいなかった伏黒は、慌てて靴を脱ぎ捨て眉間にシワを寄せたが、すぐに穏やかな表情へと戻った。
「久しぶりですね。アンタが飯作って待ってるなんて」
「最近会えてなかったからね。どう?最近。元気してた?」
伏黒の手を引く五条の表情は、伏黒には見えない。
「まぁまぁですね。それより俺はアンタの方が心配でしたけどね。会えない恋人より、会える昔の恋人かと。とっくに忘れられたもんだと思ってました」
五条もまた伏黒の表情は見えないまま、たどり着いたダイニングテーブルの席へと伏黒を強制的に座らせた。
そしてすぐに五条はキッチンへと足を向ける。
「辛辣だなぁ。こうやって恵が来るの今か今かと健気に待ってたってのにさ」
「それに関しては今優越感感じてます」
「うわ、なんかオッサンくさいこと言うようになったなぁ。まぁ良い歳したオッサンか」
キッチンのカウンター越しにお互い軽口を叩いているうちに、食卓はたくさんの料理で埋め尽くされていった。
丁寧に出汁からとった吸い物、よく育てられた糠床の糠漬け。しっかりと浸水させてから土鍋で炊かれた白米。脂の乗ったほっけの開き。味の染みたふろふき大根。三葉の鮮やかな茶碗蒸し。なめらかなほうれん草の白和え。
「食べなくていいよ」
この家に来て初めて面と向かって見た五条の顔は真剣そのものだった。
「これだけ用意しといて第一声それですか」
伏黒は、はぁと大きなため息をついた。
「だって恵はまだそんな時じゃないでしょ」
「もうそんな時ですよ。十分待ちました。この時を」
伏黒は、まだ不満を訴えようとして手を掴んでこようとする五条の腕を掻い潜り汁物を一口すすった。
「俺はイザナギの様に逃げ帰ったりしません」
続いて白米をばくりと喰らう。
「もう離しませんから」
イザナミの諦観
(ヨモツヘグイ)