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    az_matsu

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    az_matsu

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    雪街のラプソディーにまつわる話。チレッタの思い出と、死と再生とミスラについて書きました。小説を初めて書いたので形式などもよくわかってなくて、表現も稚拙でお恥ずかしいですが、良ければ読んでください。いつか漫画にもできたらいいな…

    #まほやく
    mahayanaMahaparinirvanaSutra
    #ミスチレ
    mystique

    名残の花「チレッタ、これ、なんだかわかりますか?」

     チレッタと出会って暫くしたころ、ミスラは死の湖で見つけた不可思議な骨のところへ彼女を連れて行った。
     ずいぶん長く生きているというその魔女は、生きた年月の分、知識が豊富だった。彼女は頼まなくてもいつも色々な事をぺらぺらと喋っていて、ミスラには半分も理解できなかったけれど、疑問に思うことを訊ねればたいていは答えてくれる。世の中の物事も、生きる術も、魔法の使い方も。
     だが、ミスラが拾い集めた骨たちを暫く眺めていたチレッタは首を横に振った。
    「さあ……。見たことない生き物の骨だね。私が生まれるよりもずっと昔に生きていた古代生物かもしれないな」
    「これ、魔法で生き返らせたりできないんですか?」
    「あはは、馬鹿なこと言わないでよ。動物も人間も魔法使いも、死んだらそれでおしまい。二度と生き返らない。それがこの世界の理で、おかすことはできないんだよ」
     チレッタの言葉に、ミスラは少しだけがっかりした。
     骨を寄せ集めて操る事ならミスラにもできる。でもそれはミスラに従っているだけであり、その物の意思で動くのではなかったから。
     この大きな生き物はきっと、とてつもなく強かったのだろう。もしかしたらあのオズよりも。
     そんなものが、己の意思を持ってこの湖に君臨している姿を、一度でいいから見てみたいと思った。


    ***


     ミスラはぼんやりと瞼を開いた。霞がかかったような視界に、見慣れたそれとは違う天井が見える。ベッドで寝ていることは間違いなかった。状況を確認したくて身体を起こそうとしたが、なぜかうまくいかなかった。手も、足も、身体も、そこにあるのに切り離されているかのような、妙な感覚。
    (なにを、してたんだっけ……?)
     どうして自分がこんな場所で寝ているのか、ここに来る前はどこにいたのか、思いだそうとして記憶を辿る。
    (……ああ、そうだ。あの骨を……)
     死の湖で拾った巨大な骨、それが生前どんな姿をしていたのか、ミスラはどうしても見てみたかった。
     チレッタの本棚で、埃を被っていた古い魔術書の中に見つけた変化の魔法、それは、かつては生きていた空の入れ物に魂を呼び戻し、再生させる方法。
     まだ文字はそれほど読めなかったが、知っている単語を辿れば中間の言葉もだいたい予想はついた。これなら、自分でもやれるかもしれない。
     チレッタの家の中を探してみると、必要そうな材料や道具は粗方揃った。足りないものは市で調達して、ミスラは死の湖へ戻り、儀式を試したのだった。

     青い炎の中でそれは確かに形を持ったように見えた。寄せ集めた骨が正しい位置に繋ぎ合わさり始め、己の力で立ち上がろうとしているように見えた。
     三本の厳めしい角、長い尾と巨大な翼を持った、見たこともない生き物はとても美しかった。しかし触れようと手を伸ばした瞬間、炎は突然黄緑色に変色し、激しい渦となって高々と巻き上がると、刃物のように鋭くミスラを切りつけ、吹き飛ばした。

     あの時、自分は死んだのだと思った。呪術に失敗して、死んだものを蘇らせるという理をおかして、代償に命を獲られたのだと。
     しかし、どうやら生きている。身体は動かないが。
     ベッドのなかでもぞもぞ身動ぎしていると、部屋に魔法の気配がした。光の輪が空間を切り取り、買い物袋を抱えたチレッタがそれをくぐって現れた。ミスラが目をあけていることに気がついて、荷物を放り出してベッドに駆け寄ってくる。
    「ミスラ!」
    「……っ、……?」
     呼びかけに答えようと口を開くが、ひゅーひゅーとどこからか息が漏れるだけで声にならない。
    「馬鹿! 馬鹿! この大馬鹿 何てことしたの」
     見上げると、顔を真っ赤に紅潮させ、チレッタはわめくようにミスラを怒鳴り付けた。大声と物凄い剣幕にミスラは口を閉じて身を竦ませる。
    「魔術書や素材がまとめて無くなってたから、まさかと思って探しに行ったんだよ。あんたを見つけるのがあとちょっと遅かったら、死んでたんだからね!」
    「……れは、……て、けほっ、……っ」
    「声が出ないのは当たり前! 首が殆んど千切れかけてたんだから」
    「……!」
     あまりの報告に、ミスラもさすがに動揺した。首がちぎれて、まだ生きていられるものなのだろうか? 当たりどころがよかったのか。いや、その場合当たりどころなど関係あるのだろうか?
    「手も足も、身体もそうだよ。魔法の糸で神経ごと縫い合わせたけど、ちゃんと動くようになるまでまだ暫くかかるからね。今は大人しく寝てな!」
     ぴしゃりとそう言ってから、ミスラの意識が戻ったことへの安堵が遅れてやって来たように、チレッタの瞳に涙が溢れる。零れ落ちた熱い涙がミスラの頬にいくつも落ち、冷えて、肌の上を伝っていく。
     笑ったり泣いたり怒ったり、いつだって騒がしい女だったが、こんな風に絞り出すみたいな声で泣きじゃくっている所を、ミスラは初めて見た。
     言葉をかけようにも声も出せず、泣いているチレッタにどうしてやったらいいのかは解らなかったが、自分がとんでもないことをやらかして、そのせいでこんな風に泣かせてしまったのだと言うことだけはよくわかった。
     しゃくり上げながら、チレッタはミスラを諭す。
    「いい?これから先、あんたがどれだけ強い魔法使いになったとしても、死んだものを蘇らせようだなんてことは、絶対に、絶対にやっちゃ駄目。それは世界の理をおかすことなの。どんなに大切にしていたものが死んだとしても、禁呪は使っちゃいけないよ。いい?絶対だからね」
     気圧されるように、ミスラは小さく頷いた。


    ***


     それからだいぶ長い年月がたったころ、北の双子が殺しあって片方が死んだらしいという話を耳にした。様子を見に行ってみると、どうして、双子はいつものようにふたり揃って生きていた。
     その事をチレッタに話すと、双子の片割れ、ホワイトは本当に死んだのだという。

    「なら、死んだものを蘇らせたってことですか? それは出来ない事だって言ってませんでした?」
    「あれはね、魂がもともとひとつだったから出来たことなんだよ。生まれる前からひとつのもので、生まれて、それから何千年もひとつのままずっとその絆を保っていたか出来たことなの。あんたや私みたいに元々別の魂を持ってる者とは話が違うのよ」
    「……ふうん」
     納得できたような、そうでもないような。ミスラはあいまいに返事をする。
     それでも、死の湖で試したあの再生の儀式の事を思い出し、チレッタの言う理屈はなんとなくわかるような気がした。


    ***


     チレッタがミスラに己の死期について予言して、それが本当になってしまった時、ミスラは考えなくもなかった。
     あの頃、あの古代生物を蘇らせようとして失敗した幼い頃よりも、自分は魔力も心もずっと強くなったし、なにより自分とチレッタは千年を共に過ごしてきたのだ。だから、もしかしたら、と。
     あの女のマナ石を全部集めて、もう一度あの呪術をやったら、成功するかもしれない、と。
     けれど、チレッタはミスラを選ばず、他の男と結婚して子供を産んだ。その事実だけでも、自分たちはあの双子と同じにはなれないとわかる。たとえ千年の付き合いがあろうと、自分とチレッタが魂まで絆で結ばれた関係だとは、どうしても言えない気がした。
     きっと違う。なぜだかそうはっきりと思えて、ミスラは唇を噛んだ。

     首に残る縫合痕を指先でそっとなでる。そこにはまだ、かつてチレッタが縫い合わせた魔法の糸がそのまま残っていた。
     傷痕なんて、それなりの魔力があれば魔法で消してしまえるものだ。傷ひとつない魔法使い、それは強さの証のようだと、オズと戦う度にミスラは思っていたけれど、それでも自分の傷痕を消さなかった。
     その傷痕は戒めだった。理をおかして、死にかけて、あの女をあれほどに泣かせた自分への。
    (もし、試したら……)
     うまくいったとしても、いかなかったとしても、あの女は言い付けを守らなかったと怒って泣くだろう。あんな顔はもう二度と見たくはなかった。

     結局、チレッタのマナ石はすべて家族の手に渡してしまった。
     人間の葬儀のように、冷たい土に埋められ、重い墓石で蓋をされる。それはチレッタにとって本当に幸せなことなんだろうかと、疑問に思わないこともなかったが、それが彼女の選んだことだ。口を出す余地はない。
     力の強い魔女だったから、蘇らせることができなくても、自分のなかに取り込んでしまいたかったという思いがあったのは嘘ではない。ミスラならば、か弱い人間から全てのマナ石を奪い取ることなど容易いことだったけれど、それでも、遺された彼らがまるで人間の亡骸のように彼女だったものを扱うから、ミスラは一欠片もとらなかった。

     雪がちらつく空を見上げてみる。
     目を閉じて、じっと耳を澄ませてみる。
     聴けばすぐにそれとわかるはずのあの声を、どんなに思い出そうとしても思い出せなかった。どれだけ耳慣れていようと、なにもないところに音の記憶を正確に再現できないことに落胆して、ミスラはため息をついた。
     このまま思い出せなくて、思い出せないまま消えてしまって、もう一度聞いてもそれとわからないようになってしまうのかもしれない。胸の奥が痛いような、苦しいような感覚だった。
     チレッタはもういないのだから、たとえミスラが忘れてしまったとしても、もう二度とあの声で名を呼ばれることはないのだけれど。


    ***


     北の国の氷の街で行われる『宵闇の死者の宴』
     双子の屋敷で宝探しができるなら楽しそうだとは思ったが、それも叶わず祭に強制参加させられることになってしまった。ミスラが計画をばらしたせいだとブラッドリーとオーエンから詰られて、ますます気分は最悪だった。
     死者を弔い、迎える祭だと聞けば、ミスラはいやでもチレッタを思い出す。
     死んだものにはもう会えないのだと、こんなにも自分に言い聞かせているというのに、残された者には希望が必要だとか生温い話をするブラッドリーに、またイラついて話を反らした。でも。
     祭が始まり、夜灯花のやわらかい明かりが無数に灯る水面と花火の音、祭を信じ、一心に死者を想う人間たちの姿を見ていて、ミスラはふと、もう一度願ってみてもいいかもしれないと思う。
     賢者が言っていた「ワンチャン」だ。ほんの少しだけ、ほんの一瞬でいいから、もう一度あの声で呼んで欲しい。あの懐かしい耳慣れた声を、今は思い出せなくても聴けば必ずわかると強く心に想う。

     それならば、こんなぼんやりした灯りではだめだ。あの女は派手好きだから、どこにいても気がつくくらい、大きくてうるさい花火を上げてやらないと。弱い魔法使い達が打ち上げた花火なんてしょぼくて気が付かなかったよ、と鼻で笑われるに決まっている。
    「アルシム」
     ミスラが呪文をとなえると、轟音とともに夜空に大輪の花が咲いた。チレッタが好きだった花々や、その色、形を思い出しながら次々と花火をあげる。
     俺はここにいますよ。チレッタ、見えてますか?
     あなた、こういうの好きだったでしょう?

     その時、耳元で微かに名を呼ばれた気がした。

     希望を感じて花火をあげても、やはり信じ切れてはいなかったミスラは、はっと顔をあげ、隣にいたブラッドリーを振り返る。
    「ブラッドリー。今、俺のこと呼びました?」
    「あ?呼んでねえよ」
    「そうですか、じゃあ気のせいかな。呼ばれた気がしたんですよ、昔よく耳にした、懐かしい声で……」
     西の魔法使いたちが次々と放ち躍らせる無数の魔法の蝶たちが、ミスラの周りにも群れるように舞っていた。花火の明かりをそのまま吸い込んだような極彩色の艶やかな羽根が、少し、あの女のドレスに似ているようにも見えた。
    「……あはは、まあ、なんでもいいか」

     耳を澄ませても、名を呼ぶ声はもう聴こえなかった。心に灯をともすような、温かく包み込まれるような、懐かしい気配も気のせいかもしれない。でももう、そんなことはどうでもよかった。今はきっとここにいる、そう信じることができるのは自分自身だけなのだから。
     魔法舎に残してきた二人の兄弟を思い出す。母と過ごしたわずかな幼少期の思い出を大切にしている兄と、会うことすら叶わなかった弟のことを。
     ミスラは、湖の水面で舞踊る蝶にそっと手を差し伸べる。
    「けど、もし今の儀式で帰ってきたのなら、俺じゃなく、あの兄弟のところに行ってくださいよ」

     俺は、生きているあなたと長いこと一緒にいましたから。
     笑ったり泣いたり怒ったり、いつも鳥が鳴いてるみたいに喋り続けて、騒がしくて迷惑で、だけど傍にいないと、どうしても思い出してしまうほど、思い出もたくさん貰いましたから。
     だからどうか、今はそれが叶わなかったあの二人のところへ。それが俺の願いです。

     きっと、永遠に忘れられはしないだろう。チレッタはミスラにとってそれほどに強い光だった。祭りの空に煌めく花火よりも、もっと、ずっと。
     その光の欠片がほんの少しでも届いたなら、きっと魔法舎に帰った時に、あの兄弟が大騒ぎで報告してくるに違いない。そんな奇跡を、今はただ信じたかった。
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