世界のことなど知る由もなく、興味を持つ術すらなく生きていた。
それでもこの場所が世界で最も美しい星空を宿すのだと言えるのは、世界とは何かを教えたひとがいたからだ。
雪原に昇る朝日のようで、肌を凍て付かせ喉を刺す吹雪の疼痛のようで、そして瞬きの間に巡る季節のような女だった。それまでに見た美しいもののどれとも違うのに、別の言葉では形容できない在り方で北の地を生きる魔女。
「ね、あんたもこっちおいでよ。ほら、」
何かを気に入ったとき、その手の内にあるものを与えたがるとき、傷だらけで彼女の元へ戻った姿に見通しているみたいに微笑むとき。招く手の先のその爪は、椿の花の色をしていた。
舟に乗って湖へ出たいと言うからどうぞと答えたのに、これってあんたが普段死体を運んでるやつじゃない、なんて癇癪を起こすおかしな女。死の湖の渡し守ミスラの舟なのだ、死体を運ぶためであるのは当然で、そうと知っていて何を言うのかと思えば。
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