無題重りを失ったメトロノームのような足取りで歩む唸り声が、崩壊の一途を辿りつつある運命の街中に響く。
荒廃した世界には生者を死者とすべく徘徊する"アンデッド"たる魑魅魍魎が跋扈していた。
「今なら動けそうね...」
その制服は、既に泥や汚れによって女子高生特有のかつての華やかな雰囲気が今では見る影もなくされている。それでも尚、頭のリボンは以前と同じような綺麗な赤色に保たれていることから、彼女の衣類に対する拘りは、まだ捨てられていないことが伺える。呼吸を止め、可能限り物音をたてずに今では使い物にならないかつて自動販売機であったものの裏から、無造作に大量の廃棄物が積み重ねられた山の陰へと移動し、華奢な身体に長い黒髪が特徴的な少女と合流する。
「はやくA弥さん達と合流できると良いのですが......」
※
一方その頃、根暗アホ毛と猫っ毛茶髪の少年たちside
猫っ毛の少年が、手持ちのスマートフォンに入力して、コミュニケーションを図ろうとする。
『しっ、A弥。声出しちゃダメだ。近くに“いる”』A弥の口を塞ぐ。
「むぐっ」
……無数のアンデッド達が根暗アホ毛の少年と猫っ毛の少年のいる部屋の前を通る。少ししたら通り過ぎたようだ。
「よし、A弥。もう大丈夫だよ。
本当にしょうがないなぁ、A弥は……」
「急に口塞がないでよ。息できなくなって死ぬところだっただろ。」
「はは、ごめんごめん。でもオレはA弥が目の前で得体の知れないバケモノに殺されるよりは、A弥をオレが殺す方がマシだからさ。」
「冗談でもそれはないと思うよ。」
と、むすっとした顔で根暗アホ毛の少年は言う。
「ごめんってば。さすがにこれは冗談きつすぎたね。」
「さ、早くB子とD音ちゃんとE祈と合流しよう。」
「えっと……もしかして、E祈ってさ、このバケモノ達が徘徊するまではショッピングモールで別行動してたよね?……ってことは、1人なんじゃ……」
「あぁ…それはまずいね、D音ちゃんとB子はD音ちゃんがB子に寄り付くものは薙ぎ倒すだろうしともかく、あの細いE祈が1人は心配だ。」
「だよね……、E祈の方を優先して合流した方がいいかもね。」
※
一方その頃、E祈side
「いやぁ、こんなゾンビ?みたいなのとナイフ1つで応戦するのはきついなぁ。なんなんだよこいつら…まぁ、僕の方が強いけどね。」
と呟きつつ、持ち前のパルクール技術とナイフ術で魑魅魍魎を薙ぎ倒す。
A弥とC太の心配していた件は大丈夫そうだ。
パルクールとナイフでゾンビを薙ぎ倒すE祈は、まるで戦闘狂のようだった。
華奢な肢体を翻しながら少女らは闘う。
「……もう、こいつら一体どれだけ出てくるわけ?」
疲れを滲ませながら額の汗を拭うB子。
「これじゃ、いつまで経ってもA弥達と合流できないじゃないの。服もこんなに汚れ——」
「B子ちゃんッッ!!危ない!!!」
手の届く一歩その先。僅かに離れたその場所で、突如背後から現れた化け物に、彼女はなす術なく胸部を貫かれた。
「B子ちゃ…………あ……ア…………」
化け物に蹂躙される様を目の前にしながら、少女は嗚咽することしか出来なかった。
やがて弄ぶのに飽きたのか、化け物はD音には見向きもせずその場から離れていった。
化け物が去ったことを確認し、B子に近寄るD音。
安否は一目瞭然だった。
あれほど大切にしていたリボンは解け、四肢はバラバラに引き裂かれ、B子は最早人としての形を留めていなかった。
悲しんでいてももう戻らない。それならせめて生きていた証だけでも——そう考えた彼女は、自らの髪を握り意を決したように刃を入れると、肉塊となった少女の象徴であるリボンを手に取って自らの髪にしっかりと結び付けた。
暫く歩き回り、幾度となく襲いかかってくる敵襲を全ていなす。
しかしこのままでは埒が開かない……どうしたものかと辺りを見回すと、色素の薄い髪が視界に入り、声をかける。
「あれ、E祈さん。こんな所にいたんですか」
「D音ちゃんこそ。というかどうしたの、その髪」
短くなった烏羽色の髪を落ち着かない様子で触る少女に対し問いかける。
「これですか?先程、ちょっと色々ありまして」
短くなった事そのものに悲しんでいる様子こそ無いものの、やはりずっと長かった髪を突然失うと違和感はあるようだ。
「特に気にしてはいないので心配しないで下さい。それに——」
「——これだとB子ちゃんみたいで、とても素敵だと思いませんか?」
虚な目が、妙に肝が据わった様が、復讐の意志を物語っていた。
......!
E祈は絶句した。
しかし、現実は彼らを待ってくれはしない。その背後から忍び寄る影に、少年は気付かない。
「あぶないわE祈!」
リボンの少女は間一髪のところで彼を助ける。
「......っ。ありがとうD
「流石ですB子ちゃん!」
焦点の合っていない目で、彼女は言う。
「ええ、任せてよね」
彼女は独りで続ける。
「まあE祈さんったら、B子ちゃんに感謝するんですよ~」
傀儡は続ける。
............もう、やめてくれ......
一見B子の死を受け止められていたかのように見えたD音は、やはり16歳相応の精神の不安定性故に、まるで片翼を引きちぎられた小鳥のように、自我の歯車が狂ってしまっていた。
「おえぇぇ......」
とても処理しきれない情報量とこの世界の容赦ない残酷性に頭をやられたE祈は、抑えきれずに胃の中の物を吐き出してしまう。
「大丈夫ですよE祈さん。私と、B子ちゃんがいますから」
※
一方、A弥&C太side
「……やあ、D音、E祈。やっと合流できたみたいだね。」
と、根暗アホ毛の少年が言う。
「……あれ?B子は?D音はなんでB子のリボンなんてつけてるの?」
「何言ってるんですか、B子ちゃんなら私の隣で寝てますよ」
「……は?それ、肉塊じゃないか。一体何言ってるの?」
「そんなわけないじゃないですか。そこにいるのは疲れて寝てしまったB子ちゃんですよ?」
「え、本気で言ってるのかいD音……?それ……、死体だよ?」
「C太さんこそ、何言ってるんですか。この寝てるB子ちゃんは正真正銘B子ちゃんですよ。私が言うんだから間違いないですよ」
D音が突然意味のわからないことを言う。多分B子は死んだんだろう。
こんな気の狂った人間を同行させるのも辛いだろうし、D音本人も辛そうにしているので、僕は楽にしてあげることにした。
「D音、B子……ごめんね」
「ちょ、え、A弥!?なにをっ」グサッ
「本当に…ごめんね、でもそのままの状態で同行されても、足でまといなんだ」
胃の中が空っぽになったE祈が嗚咽混じりの悲鳴をあげる。
「おぇっ…うぁ……ああぁ……」
「E祈……吐いても仕方ない状況なのに、胃の中が空っぽだっていうのにまたこんな光景を見せられるなんて、さすがに酷すぎるな…」
A弥はまだD音を刺している。この光景を見たE祈はーー
「こんな現実なら、もういらない。」
E祈は少し前に魑魅魍魎を薙ぎ倒していたナイフで自分の心臓を貫いた。
「いの、E祈……!?E祈まで死ぬのか!?オレはこんな状態になったA弥と一緒に行動しなきゃいけないのかよ……」
根暗アホ毛の少年が云う。
「大丈夫、僕とC太は本当にやばい状況になったら、心中するから。」
……は?心中?A弥も気が狂ったのか?
まともなのはオレだけ?いやオレも正気じゃない?
もう、わけがわからない。E祈が「こんな現実なら、もういらない」と言って、自殺した理由がわかった。
オレも、こんな現実はもう嫌だ。A弥と一緒に心中したい。
「なぁ、A弥。本当に心中をしないか?こんな現実、もういらないだろ?」
「全く、しょうがないなぁ……C太は……」
瓦礫の山にあった、練炭とライターを持ってコンクリート建てのビルに向かう。
ここで根暗アホ毛の少年と、猫っ毛の少年は心中する。
生き残っていた人類は、恐らくもういないだろう。
その光景を、真実を。虚ろな目に焼き付け微笑んでいる者がいた。金色の短髪が揺れ、彼等とは違う紺色のブレザーを着た少年は、その身を徐々に透かして消えていった。黒色の本を持って。