平安時代AU 第5話江澄は朝の光がさす部屋で文机に向かい、さらさらと返歌をしたためていた。
「姫様、そろそろ宮殿に向かいませんと」
「今行く」
侍女に呼ばれ部屋を出ようとして、ふと振り返る。曦臣から贈られた部屋、逢瀬の思い出に満ちた場所がきらきらと光を取り込んでいた。
(この部屋で暮らすのも、蓮花の香を纏うのも後少しになるだろう。宮中を去ることをいつ曦臣に切り出そうか。)
女官の職を辞し宮中を去ることを告げた時、曦臣はどんな反応をするだろうか。引き留められるのも辛いし、実父のように無関心に振舞われるのも辛い。では快く送り出されれば辛くないのだろうか、きっとそれも違う。
結局どんな反応にせよ江澄の心は乱れ、生涯乱れた心が凪ぐことはないのかもしれない。それ程に曦臣のことを想っている。本当は曦臣の反応を目にするのが怖くて、何も言わずにひっそりと宮中を去ってしまいたい。けれど今日まで情けをかけてくれた曦臣に何も告げないという不義理を働き、その元を辞する真似はしたくなかった。
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