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    走り書き

    パニグレ : 指揮官と技官の暇じゃない暇を潰す実験の話身体接触がもたらす精神の安定化作用についての話題が構造体たちの間ににわかに広まっている。

    という話が空中庭園技官たちの休憩時間の話題のひとつとして持ち上がった。

    確かに生物間のいわゆるグルーミング行為にはリラックスを促すホルモン分泌を発生させるなどありそれは一般常識なのだが、いかに人体に似せて作られてあるとはいえ完全に同じ器官と成分を持つわけではない構造体に、それが果たして当てはまるのか?効果が働くとするならそれはどのように?という点の話が激務に煮詰まった技術オタクたちに大いに受けた。

    「話はわかった。それでなぜ私が?」

    グレイレイヴン隊指揮官は自分を呼び出した技官の長アシモフの、淀みきった目の下の隈の濃さをレベル5だなと判定しながら当然の疑問を投げ掛けた。ちなみにレベル1が極低濃度汚染区域に相当する。

    「忙しい中で馬鹿げたことをやらされるのが俺だけでは割に合わんからだ」

    「素直...」

    アシモフは検査装置のパラメータを弄りながら、いつもの愛想のなさで偽りなく指揮官に答えた。技官たちのブレイクタイムの与太話を多忙な主席技官自ら調べるはめになった経緯は指揮官には推し量ることもできないが、それでも不機嫌なこの技官の中のいくらかの興味をそそるネタではあったのだろう。作業を進める技官の手は生き生きと動いている。

    同じく多忙を極めるスケジュールの間のほんのささやかな休息時間を奪われることになった指揮官は、諦めの笑みを顔に浮かべた。それから、アシモフの横で彼によるデータ調整を受けながら、まるで刑の執行を待つかのような面持ちで固まっている数名の構造体たちに目を向ける。指揮官には見覚えのない顔ばかりの彼らも、やはり与太話に付き合わされることになった被害者たちだろう。

    「よし。じゃあさっさと始めるぞ」

    調整を終えたらしいアシモフが剣呑ともいえる視線を指揮官に寄越す。怖い。指揮官は素直にそう思ったが、顔には笑みを張り付けたまま、アシモフにモニタリングされている構造体に近付いた。青みのある合成繊維の短い髪をした年若い外見の構造体は、直立不動の姿勢で指揮官を凝視している。彼もアシモフが怖いのか、それとも自分が怖がられているのか?構造体はその髪色に負けず青い顔を強ばらせ、目もとだけがわずかに紅潮している。これは触って大丈夫なやつだろうか、指揮官は自分が何か恐ろしく悪いことをしようとしているという気分に襲われてアシモフを見やった。技官はひそめた眉をさらに深く寄せて眉間に皺を寄せた。

    「なんだ」

    「いや、これどういう条件で......?つまりええと、私が知っている範囲の知識だと、身体接触による効果が期待できるのは親しい間柄とか...、そう、信頼関係がまず必要だったはずなんだけど」

    指揮官は眼前の構造体の哀れなまでの緊張ぶりに、思わず同情してしまう。未知の他人に触られてリラックスするはずがないのは誰にだってわかる話だろう。いったい何を目的に彼らが選ばれてしまったのか。

    「説明が必要か、まったく面倒だなお前は。比較データがいるだろうが。当然この後でお前の隊員のデータを取る手筈だ。俺もお前も時間が有り余ってるって訳じゃないんだ、良いからさっさと手を握れ」

    寝不足による精神汚染レベル5の技官には取りつく島もない。この謎の茶番に自隊隊員たちも巻き込まれるのが確定していると知らされ、指揮官は先からの諦めの気持ちがついに体の隅々にまで行き渡り、そのまま意識を白く染め上げていくような心地になった。せめて少しでも若い構造体を怯えさせないようにと最大限に努めて優しい笑顔を作り、彼の体の真横で微動だにしない手に自分の手を伸ばし、そっと握った。青い色の哀れな構造体は指揮官の手を僅かな力で握り返し、一瞬震え、気絶した。

    「えっ何で」

    膝を折ってその場に倒れようとする体を、指揮官はとっさに肩に寄せて支えた。それからゆっくりと近くのメンテナンスポッドへ座らせる。構造体は完全に気を失っていた。まるで自分の手が彼のエネルギーを全て吸い取りでもしたかのような反応だった。指揮官はいつもの制服のグローブに覆われた自身の手を開き、不気味な思いで見る。その背に技官の無感動な声がかかる。

    「次だ」

    「ええ......」

    モニターとして順番を待つ別の構造体はやはり年若く見え、やはり指揮官を見て震えている。リラックスの検証じゃなかったでしたっけ?指揮官は自分が実は人々に恐れられる怪物だったのだろうかという疑念に苛まれながら、淀んだオーラを放つ技官の目線に促されるまま怯える構造体のもとへ向かった。幸いにして二体目の構造体は指揮官に手をとられても気絶することはなかった。なかったが、指揮官の手を握り返し、感極まったようにその目に循環液の涙を浮かべ、すみませんすみませんという言葉をひたすら繰り返した。アシモフの次だ、の一言があっても固まったまま手を離せない様子で、指揮官がなんとか宥めすかして一本一本指を開かせるという作業が必要になった。

    見知らぬ構造体との接触を計10体、終始似たような展開のそれを繰り返して、指揮官はやっと小休止の時間を与えられた。自分に対して怯えきった様子の彼らの姿を目の当たりにさせられ続け、指揮官の精神も少なからずダメージを負った気がする。いや間違いなく負った。指揮官はアシモフの私物のコーヒーマシンから勝手にカフェインを抽出し、苦いばかりのそれを疲れた胃へ流し込む。吐き出すため息に混ざるコーヒーの香ばしいその香りだけがせめてもの慰めだ。指揮官が顔を上げると、同じくコーヒーを愛用のカップに注いだアシモフの、自分を見る呆れた様子の視線とぶち当たる。

    「それなりに良い豆なんだがな」

    技官はろくに味わいもせず飲み干されたコーヒーを哀れんでいたようだ。

    「自分だってそう味わってもないくせに......。それにしても彼らはなぜあんなに怯えてたんだ?さすがの私も傷付いたよ、いや、まさかそれが目的...?」

    疲れた技官殿の気晴らしのおもちゃにでもされたのだろうかと、傷付き荒んだ心が疑うのを誰が咎められるだろうか。指揮官は投げやりにそんなことを考えながらアシモフを上目に軽く睨む。

    「比較データだと言っただろう。接点と信頼関係の築きようがない新兵を揃えたはずだが、まあ確かに誤算だったことは認める」

    アシモフはそう言ってコーヒーを一口啜る。

    「誤算」

    「お前さん、思った以上に連中の間で有名らしいな。データとしては興味深い変動値が出たから俺としてはもう満足なんだが、比較だからなあ...」

    後半は指揮官に向けたものではなくアシモフの独り言のようだった。いったい構造体の新兵の間で自分がどのように有名なのか、どんな悪行が語られているのか。指揮官は考えるほどにひどく空しくなる気がし、その先を思考するのをやめた。
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