ご懐妊最近、身体が怠い。
いや、それだけではない。
体温も何時もより高めでここ最近は微熱気味だ。
ちゃんと睡眠をとって休養している筈なのに眠気が襲ってきてはウトウトする事もあった。
そんな状態が続いたある日の朝。
「今日も体調悪そうだけどさ、大丈夫か?」
「あ、あぁ。今日は大丈夫かな。すまない心配かけて」
「そうか?今日の朝飯は俺が作るからさ、よく食べて栄養つけて休めばすーぐ元気になるから大丈夫だって!」
「あ、あぁ…悪いな。本当は私の仕事なのに。」
「気にすんなよ。たまには俺の特性料理も輝二に食べさせてやりてーしさ。」
「朝から…いや辛いの以外なら、…喜んで」
「…え?…あぁ」
いつもなら「えー?辛いのもたまにはいいだろー?」などの軽口や文句が飛んでくるものだが、今朝の輝二の顔色の悪さなどから、拓也もそういう雰囲気ではない事を察したのかいつもの軽口は言わなかった。
「とりあえず、座って待ってろ。」
拓也は輝二をリビングのソファに座らせ頭をぽんぽんと撫でるとキッチンへ消えていく。
輝二はその様子を見送ると力なくソファに背を預けた。
(とりあえず朝ごはん食べて拓也を見送ったら、昼近くまで一旦休もう。そしたら掃除とか洗濯をやって…)
そう考えている内にキッチンからは朝ごはんの匂いが漂ってくる。
本人にはあまり言わないが、輝二は拓也の作る料理が好きだ。
子どもの時は2人揃って料理のセンスは同レベル。
それ以前に考え無しに材料やら調味料やらを投入するのが問題な程だった。
結婚して一緒に住むようになってからは流石にマズイと2人とも反省し、多少の料理はお互いに出来るようになってきた。
今では時折拓也と交代しながら料理する。
この匂いだけでも幸せな気分にさせてくれる。
ただし、いつもと違うと輝二が感じたその時。
「………っ」
輝二は口元を手で抑えながら慌ただしく、リビングから出ていく。
「え?輝二どうしたんだ?」
バタバタという足音に只事じゃないと思った拓也はガスの火を止めてから輝二の後を追った。
そしてトイレのドアが半開きになっているのを見つけ、慌てて駆け込むと便器に向かって突っ伏するかのように蹲る輝二の姿があった。
拓也は血相を変えて輝二に駆け寄った。
「輝二」
「……うぶ……ぅ……ぇ…」
胃からせり上ってくる不快感と吐き気が止まらない。
胃の中の物を全て強制的に吐き出されるような感覚。
「……ぅ……う」
「おい、大丈夫か」
拓也が心配そうに背中をさすってくれる。
その手の温かさに少し安心した。
そう輝二が思った時。
「まさか…胃腸炎…輝二、輝一に電話してくるから大人しくしてろよ」
「…ぅ、ん」
昔に拓也自身も胃腸炎を経験した事から他人事ではないと感じ、リビングに戻ると焦りから電話の子機を少々荒々しく取る。
今の時間、輝一の経営するクリニックは開いてない為、木村家の番号をプッシュする。
「輝一か?悪い拓也だ。輝二が大変なんだ。今からそっちに連れて行っても大丈夫か?」
拓也は輝二の症状を事細かに聞かれているようで通話は数分に及んだ。一通り話が付いた所で通話は終わったようだ。
拓也はそのまま別の番号をプッシュし始めた。
「あ、おはようございます。神原ですけど…妻の体調が……えぇ…はい…はい、すみません。お願いします。」
今度は勤め先に連絡を入れているようだった。
本当なら今頃、そこへ向かって出発する時間なのに。
そう思うと輝二はますます申し訳ない気持ちになった。
「輝二、今から輝一の所に行こう。吐き気は治まりそうか?今車出すから」
「…う、ん…、ごめ…んな、迷惑かけて…」
「何言ってんだよ。お前がこんな状態なのに仕事にかまけてられねぇって。ほら、立てるか?」
なんとか吐き気が治まった後、拓也は輝二を車に乗せ輝二の兄・輝一の自宅兼クリニックに急行した。
クリニックの玄関前では輝一が心配そうな顔つきで2人を待っていた。
「拓也輝二は大丈夫なのか」
「ああ、今朝飯作っていたら急にトイレに駆け込んでさ。」
「とりあえず診察室に行こう。」
「輝二、もう少しだからな。」
拓也は輝二を抱き抱えるとなるべく揺らさないように診察室に運んだ。
診察中に輝二を運んだ後、邪魔になるといけないので拓也は診察室の外で待つことにした。
そして待つこと30分くらい。
診察室の前の椅子で落ち着かない様子の拓也がそわそわしていると静かに診察室の扉が開いた。
「こ、輝一輝二の様子は」
「しーっ、拓也。一応ここ病院だし輝二も体調悪いんだから落ち着いてよ。」
輝一にそう窘められ、はやる気持ちを少しずつ抑えた拓也が静かに輝一に問う。
「……輝二は大丈夫なのか?」
「胃腸炎の心配はないよ。ただ…」
「ただ…?」
「おめでとう」
「へ?」
輝二の具合が悪くて担ぎこんで来たのに何がおめでたいのか。
「だからおめでとう。」
「おい、輝一。今はそれどころじゃ…てかどういう事
なのかちゃんと説明して…」
「ふふ、だからね。赤ちゃんよ赤ちゃん。輝二と貴方の」
輝一の後ろからひょこっと双子の実母である朋子が現れてそう補足する。
「あっ、お義母さん。お久しぶりっす…って……赤ちゃん……え、えぇー」
「か、母さん?」
「輝二の具合が悪いって聞いたから心配で私も付き添っていたのよ。ふふ、輝一ったら。ちゃんと伝えてあげたらいいのに」
「いや、だってこういうの初めてだからどう伝えたらいいのか」
それから朋子に促され、木村家の自宅に移った拓也は改めて事の経緯を説明されるのだった。
ちなみに輝二は数日体力が消耗気味なのと今朝の疲れもあり、木村家の別室に拓也の手で担ぎこまれ寝ている。
輝一は今日やって来た患者さんの診察中。
今日は土曜日なのでクリニックも正午までだ。
「じゃあ最近輝二が訴えていた、怠さや微熱も風邪とかじゃなくて…」
「そうね。妊娠初期の症状で間違いないわね。ホルモン
の量の分泌の関係上とかで体調にも変化をきたしやすいの」
「…すみません。俺が早く気づいて輝二を連れて来ていれば…」
「貴方が謝る事はないわ。あの子の事だから我慢していたのね。そういう所は私に似ちゃったんだから。」
「………」
拓也が俯いているとパタパタと足音が聞こえてきた。
「ただいま。母さん、拓也。輝二はまだ寝ているか」
「おう、お疲れ様。今も寝てるよ。」
「おかえり。きっと輝二も疲れちゃったのね。さぁ、お昼にしましょう。拓也くんも遠慮しないでね。」
「あ、はい」