新妻めぐみの憂鬱「俺と伏黒はもうそういうんじゃないの!」
高専時代の恩師である五条から、新婚さんだし毎日ヤりまくってんでしょ?なんてからかわれた際に、虎杖が言い放った言葉だ。
「え?君らまだ結婚して一年とちょっとの新婚さんでしょ?早くない?」
「でも高専の時からずっと一緒にいたし、支え合っていく家族って感じだから。な、伏黒!」
同意を求められる様に顔を覗き込まれ、思わず俯いてしまう。
「…うん、」
「ね!伏黒もこう言ってるし!先生変なこと言わんでよ!てか普通にセクハラだし!」
虎杖は五条の肩を軽く叩いた。
「ごめんごめん!じゃ、悠仁。明日の出張よろしくね」
悪びれもせず、五条はひらひらと手を振ってその場を後にした。
「卒業しても相変わらずだな、五条先生は」
「…」
「伏黒?」
「あ…そうだな、全然変わってない」
「な!釘崎元気かなー…最近会ってないし今度先輩たちも誘って飲みにでも行きてぇなー」
もうそういうんじゃない、虎杖の言葉が恵の胸に重くのしかかっていた。
高専時代から交際していた虎杖と恵は卒業後に結婚し、晴れて夫婦となった。
恵の苗字も虎杖になり、お互い名前で呼び合おうと試みたがなかなか慣れず、未だに苗字呼びのままだ。
「伏黒〜!風呂上がったよ、」
虎杖はいつも、風呂上がりに下着一枚で出てくる。
高専を卒業した今でも、鍛え抜かれた胸筋や腹筋は健在だ。
「…あぁ、入ってくる」
「応!」
未だにお風呂上がりの裸にドキドキするなんて言ったら、引いてしまうだろうか。
見惚れる前に目を逸らし、逃げるように風呂場へと向かった。
「そろそろ寝るかー」
虎杖はふわぁ、とあくびをしながら立ち上がった。
自分も虎杖の後をついていくようにして、2人で寝室のベッドに入る。
(明日、虎杖出張で早いし今日はしないかな…でも最近してないし…)
「んじゃ、おやすみー」
「!お、おやすみ…」
考える恵をよそに、虎杖は寝室の照明を消し、向こう側を向いてしまった。
程なくして、すやすやと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
(明日早いし仕方ないよな…でももうずっとえっちしてないのに…)
少し期待してしまった身体は熱を持ち始めていた。
ベッドの横のチェストをごそごそと漁り、丸い形をした、ピンク色のローターを取り出す。
スイッチを入れるとヴヴヴ、と鈍い振動音を鳴らすそれを下着の上から割れ目に充てがう。
「ッん、ふ…、」
虎杖の背中を見ながら、ローターからもたらされる単調な刺激を甘受する。
さっさと終わらせようとローターを割れ目に強く当てた。
(今、虎杖が起きたらどんな顔するんだろう…やっぱり引かれるかな…それとも、)
「いたどり…っ、あ…」
小声で虎杖の名前を呼びながら達した。
(声出ちゃった…!)
気づかれてないだろうか、と一瞬考えたが、虎杖は相変わらず規則正しい寝息を立てている。
(よかった…寝てる、)
安心したような、残念なような、よく分からない気持ちに苛まれた。
『俺と伏黒はもうそういうんじゃないの!』
虎杖の気持ちは分かる。
自分にとっても虎杖は大切な家族だ。
恋愛対象というよりは、一緒にいると安心できる存在なのだ。
それでもまだ男女の仲でいたいと思うのは、いけないことなのだろうか。
一度達して冷静になると、相手が目の前にいるのに相手にされず、一人でしたことがひどく虚しい行為に思えた。
(私そんなに魅力ないのかな…)
翌朝、寝不足の恵とは裏腹に虎杖は元気に出張に出かけたのだった。
「合コン?」
任務後、恵は年下の補助監督の女性から頭を下げられていた。
「今日になって女の子一人来れなくなっちゃって…でも先輩から絶対人数揃えろって言われてて〜!お願いします!私を助けると思って!!」
「私結婚してますけど…」
「そこを何とか独身というテイで…!」
涙目になりながら必死に手を合わせる彼女が、いつかの伊地知を連想させて気の毒に思えた。
先輩や上司からの無茶振りの辛さは恵自身も痛いほどよく分かる。
今日は虎杖も出張でいないし、夜にこれといった予定もない。
「…いいですよ」
彼女は顔を上げ、恵の両手を取って嬉しそうにぶんぶんと上下に振った。
「本当ですか?!ありがとうございます!助かります!!」
お店の場所後で送るので、と告げられ高専で解散した。
(変じゃないよな…)
ボルドーのオフショルニットに黒のタイトスカート。
待ち合わせ場所の店のショーウィンドウのガラスを鏡代わりにして自分の服装をチェックする。
合コンなんて参加したことがないので何を着ていけば正解なのかも分からない。
自分はどうせ数合わせなのだから適当な格好でいいのだろうが、あまりみすぼらしい格好をしてもきっと浮いてしまう。
クローゼットと小一時間にらめっこした結果、いつの日だか釘崎と一緒に買い物に行った際に見立ててもらった上下セットに落ち着いた。
「あ!伏黒さーん!」
補助監督の彼女が手を振りながら駆けてきた。
「お待たせしてすみません!行きましょ!」
簡単な自己紹介をしてからの席替えで恵の隣に座ったのは、茶髪で眼鏡をかけた年上の優しそうな男性だった。
(話題が思いつかない…)
気まずく思っていると、男性がそういえば、と切り出してきた。
「伏黒さん、さっき読書が趣味って言ってたよね。最近読んで面白かった本とかある?」
「あ…最近は○○とか…」
「俺もそれ読んだことあるよ!面白いよね」
「本当ですか?」
彼も読書が好きらしく、好きな作家や作品の話で盛り上がった。
話すのが苦手な恵に気を遣ってくれているのか、会話をたくさん振ってくれて気まずくなることもなかった。
(優しそうな人でよかった…)
「伏黒さんはどれくらい彼氏いないの?」
それまで当たり障りのない会話をしていたのに、急に恋愛の話になりどきっとした。
「い、1年くらい…?」
結婚していない体のため、心苦しく思いながらも適当に嘘をつく。
「へー!じゃあその彼氏合わせて今まで何人と付き合ったことある?」
「…一人です、」
「本当に?恵ちゃんってかわいいのに純粋なんだね、」
彼は驚いたように声を上げ、人懐こそうに笑った。
「かっ"…?!」
かわいい、の単語に反応してしまい思わず固まる。
「どうしたの?」
「すみません、そんな、言われ慣れてないから…」
(恥ずかしい…こんな反応…)
社交辞令かお世辞だと分かっているし、自分に言い聞かせても顔の火照りが引かない。
「顔真っ赤じゃん!かわいいね、」
「やめてください…」
冷静さを取り戻すために冷たい酎ハイを一気にあおるも、その仕草をまたかわいいとからかわれてしまった。
気まずくてジョッキに口をつけていると、彼が向かいに座った女性から声をかけられた。
恵は彼の注意が自分から逸れたことにほっとして、ジョッキをコースターの上に置いた。
今は何時なんだろうとバッグからスマホを取り出そうとすると、反対の手にぴた、と何かが触れる。
(…!)
触れたのは、彼の手だった。
彼は目の前の女性と話しながら、恵の手の上に自分の手を重ねてきた。
振り払わないでいると、今度は手のひらとついていた床の間に滑り込んできてきゅ、と握られる。
(男の人と手、繋いでる…)
虎杖以外の男性と手を繋いだのは初めてだし、その虎杖とも最後に手を繋いだのもいつだったのか思い出せない。
(あったかいな…)
自分よりも一回り大きな手の温かさが心地よくて、自分からもぎゅっと手を握り返した。