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    720inverno

    @720inverno

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    二階堂大和と千葉サロンと父と母と朝宮巴

    二階堂大和と青天の霹靂(仮)ひと口に芸能人と言ってもその種類は多岐にわたる。
     まだ芽の出てない芸人、人気読者モデルという肩書きを盾に乗り込んできたタレント。「ずっとやりたかったお芝居をするために」とアイドルグループを卒業して俳優業を始める元アイドルから、上は歌舞伎界やらなんやらで人間国宝と言われる殿上人の座す梨園まで、すべて「芸能に携わる」のが芸能人だ。
     千葉志津雄はそんなピンからキリまでいる芸能人が、前を向いてのしあがろうとする人間が、きっと好きだったのだと思う。その証拠に、彼はとかく自分に携わったことのある、特に金のない若者に目をかけていた。手伝いをしているからと言って贔屓することはなかったが、ただ彼らに私事の手伝いをさせては賃金を渡すことを繰り返した。泥臭い芸能界を生き延びいつか花咲くよう、いち芸能人として見届けたかったのだろう。俳優として、芸能人としての誇りと情熱の結果だろう。
     我が家が『千葉サロン』として呼ばれていることを知らなかった当時のオレは、たくさん家に来てくれて父の手伝いをする彼らを兄や姉のように慕い、遊んで、遊んでと何度も繰り返した。──正直にいうと、それもひとつの仕事だったのではないかと思うことがある──
     彼が我が家へと呼ぶのは若者だけでなく、もちろん今が盛りの芸人や俳優たちも多かった。そうは言ってもテレビに触れることが極端に少なかった当時のオレはそうと知る由もなかった。まだ小学校に上がる前のオレには父と彼らの語る演劇論はよくわからなかったが、しかし、真剣に議論を交わす父の横へと暇を持て余したオレが寄ると鋭かった眼光はどこかへ身を潜め、目尻の皺が垂れるほどに彼は笑みを浮かべてくれていた。父親に愛されている──幸福だった。

     大好きな父親、彼を尊敬するたくさんの人たち、それを支える大好きな母親。
     充分過ぎるほどだった。
     子どものころのオレは絵本を読んだり、ゲームをしたり、母親や家に来る若者たちとばかり遊んでいた。父が「千葉さん」「志津雄さん」と呼ばれるのは、それが『芸名』というものだと理解していたし、そして、それと同じくらい、父親という生き物は、毎日同じ家に帰宅するという認識もなかった。
     こればかりは千葉志津雄と母親、彼らをはじめ『千葉サロン』に出入りする人間たちが徹底的にそう仕向けていたのだと今ならわかる。小学校の高学年のある日まで、オレは、本当に何も知らなかったのだから。

     あの日は汗が滴るほどに暑い日だった。
     母はたくさんの若者に出すための料理の買い出しに行っていて、最近買ってもらった新しいゲームのアニメが始まると友達からの話を聞いたオレはどうしてもアニメが見たかった。だから、いつもは母親がいる時以外にはテレビは見ないというかんたんに約束を破ったのだ。

     自ら一線を超えた。
     慣れないテレビのリモコンのボタンをひとつひとつ押しながら、まだ何も知らない無垢な子どもが真実への階段を登っていく。

     テレビではちょうど平日のニュースバラエティ番組が流れていた。話題はよく覚えていない。ただ、『千葉志津雄』が海外の映画祭でレッドカーペットを歩いただとか、そんな話だったと思う。リモコンをいじりながら聞こえてきた父親の名前に、オレはテレビ画面に吸い寄せられた。
     すると、父の隣には、見たこともない女が寄り添い立っていた。

     コメンテーターたちが一斉に喋り出す。彼ら2人のことを。
     今回の映画祭には夫婦で参加していること、千葉志津雄には朝宮巴という『妻』がいること。彼らには子どもがいないが、ふたりは芸能界のおしどり夫婦だということ。
     冷水を掛けられた気分だった。薄々気が付いてはいたが見ないふりをしていた真実がヴェールを脱いでいく。父はオレの父だが母の夫ではなく、母はオレの父の妻ではない。父には母ではない別の女を妻にしている。

    ──騙していたのか。嘘をついて。母は。愛人だったのか。傷つけて、オレに嘘をついて、家に出入りしてきたたくさんの人間たちに嘘をつかせて。オレを、世間を、騙していたのか。愛してくれていたことも、嘘だったのか。

     オレは四苦八苦して操作していたテレビのリモコンを落とした。畳の上に敷いた絨毯がそれを受け止める。新しいゲームとアニメなんてもうどうでも良かった。
     オレは父が騙していたオレを始めたくさんの相手や、内容や、その期間の長さに、これまでになくペシャンコにされた。いわば、人生初の挫折である。よく動かない頭で、テレビの画面で自分の父の隣に立つ女の姿に、それまでの自分という土台を壊されたも同然だったからだ。
     11歳。現実を知るのに、早かったのか遅かったのか。

     それでもオレはテレビ画面から目が離せなかった。
     撮影用にメイクをされた父はいつもより若く見えるし、見知った顔であるはずなのに、自分の知る父親の顔と全く違って見えた。そして、そんな千葉志津雄の隣に立つ妻──朝宮巴──の、震え立つような美しさに、オレは目を離せなかった。

     母とも、今まで家に出入りしてきた美しい芸能人たちとも違う。色素の薄い髪は上品にまとめられており、薄い肌をしているであろう頬はわずかに染まっていた。浮かべた笑みで口元のホクロがキュ、と小さく上に上がる。切れ長で美しい双眸は、柔らかい笑みで父親を見ている。見たことのないその姿のなかで、唯一オレが知っていたのは、その眼差しだった。──母がよく見せる、父へのそれ──
     怒りと絶望と、よくわからない興奮で鼻血が出そうなくらい頭の中は真っ赤っかだった。倒れてもおかしくなかったと思う。それでもオレは瞬時に思い出した自分の母親のことで耐え切れたのである。
     母は美しいというより愛嬌のある顔で、子どものオレから見ても、かわいらしかった。くるくる回る表情が、少女のようで、そして料理が上手だ。自分の家に何人もの人たちが来たって彼らが食べるのは母の手料理だった。お菓子作りも上手で、毎日のおやつはたいていが母の手作りで、たまにこっそり子供向けの市販のお菓子を父が買ってきてくれて内緒で食べて──

    「ただいま〜!」

     よく通る母の声が玄関から聞こえてきて、オレはすぐにリモコンを拾い電源ボタンを押した。
     ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。
     動悸がする。どんな顔をしていいかわからない。

    「大和〜、いるの?暑かったから、今日はおやつにアイス作ってるよ」
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