ここに居るはずがない。居てはならない。そんな小さな気配にシノは呆れ果てた。
シャーウッドの森の小屋から顔を覗かせる。念の為の応急処置セットを片手に森の小道を歩んでいけば、小さく聞こえていた泣き声が大きくなった。
「お嬢様」
シノがそう話しかければ、小さく身を縮こまらせていた一人の少女がびくりと肩を震わせた。まだ齢十にもなっていない、幼い少女。上品なワンピースの裾は泥で散々に汚れており、シノは眉を顰めた。
木漏れ日が癖のない真っ直ぐな金の髪をチラチラと照らす。ヒースがくせっ毛じゃなかったらこんな感じなんだろうな。シノはそうぼんやりと考えながら少女の傍にしゃがみこんだ。
少女は恐る恐る顔をあげる。その大きな青い瞳からはボロボロと大量の涙を零していて、シノを見つけた途端安心したように顔を歪めた。
「シノ……」
「泣き虫なところも父親似だな。ほら、怪我は?」
少女は小さく首を横に振る。シノは冷静に観察し、それが嘘でないとわかると小さく安堵の息をついた。
「なんだってこんなところまで来たんだ」
ブランシェット家の一人娘。大事に育てられているこの少女はきっと父親から森は危険だと教わっているはずだ。そんな彼女がどうして城から離れて、この森で一人蹲っていたのか。シノは不思議でたまらなかった。
「花を、摘みたくて」
「花なら城にもある。一人じゃ何もできない癖に勝手に動き回るな」
「……ごめんなさい」
悲しむように少女は視線を落とした。そんな仕草も父親にそっくりで、シノはどうもやりにくさを感じた。
「シノにあげたかったんだ」
「……オレ?」
「うん。父様も母様もシノから花を貰ったことがあるって。それがとても嬉しくて、一生忘れられない宝物なんだって言ってたから。……私も、シノに花をあげようと思って」
幼い少女の小さな優しさの言葉だった。何者にも汚されることの無い真っ直ぐな善意に、シノはいたたまれなくなる。けれどもそれ以上に擽ったい感情に彼は表情を崩した。
「……ヒースも賢者も、覚えてたのか」
「怒った?」
複雑な表情を浮かべたシノに、彼が怒ったと思ったのだろう。少女は再度瞳を潤ませた。そんな彼女を見て慌てたようにシノは箒を取り出す。
「怒ってない! ああ、ほら、特別に箒に乗せてやる。城までひとっ飛びだ」
シノは少女の腕を引っ張って己の箒に乗せる。落ちないように丁寧に抱えて、彼は空へ飛び立った。
木々の隙間を越えて、一面の青へ連れ出された少女はその大きな瞳を見開く。わぁ、と嬉しそうな声が上がったのを聞いてシノは目を細めた。
「今度、お前と、あいつらに花を用意するよ。礼なんかいらない。覚えていてくれたらそれでいい」
「……? わかった……?」
本当にわかっているのだろうか。そんな幼子の曖昧な返事にシノは吹き出した。それにキョトンとしながら、次第に少女も笑い出す。魔法使いと人間の笑い声が、ブランシェットの空に響いた。