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    hiromu_mix

    ちょっと使ってみようと思います。
    短めの文章はこっちに投げます。

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    ファ切で16.上級者の恋

    「耳にキス 遊び慣れてる 香水」

    耳たぶに熱しゅるりと、その大きな手でファットガムは器用にネクタイを締める。
    いつもヒーロースーツの姿しか見ないので、低脂肪で且つスーツ姿なんてとても珍しい。それなのに、なんでかその手付きは自然で、まるで毎日そうしてる人みたいだと切島は思った。現在切島は書類と格闘中だったが、ついチラチラと横目で盗み見る。
    「ま、こんなもんやろ」
    既に外は真っ暗で、灯りのついた事務所内が映る窓ガラスの前でファットガムは少し癖のある金髪を後ろに向かって撫でつけた。形のいいおでこが露わになってどきりとする。ダークなボルドーに白のストライプ柄なんて、見たことないような派手なスーツを着こなせるのは、ファットガムのすらりと高い背と容姿あってこそだろう。「派手ですね」
    呆れたように、切島の隣で天喰が呟いた。
    「派手だからええんやろ」
    目立つし、とファットガムは笑う。この姿でどこに行って何をするか、切島は知らないが、天喰は知っているのかもしれない。機密情報の場合は事務所内でも天喰くらいしかファットガムの仕事内容を知らないということはよくあることだった。インターンから通ってプロになって一年、それでもまだなかなかその枠に自分が入れないことがもどかしいけれど。いや、それは仕事上の信用とか信頼とか、そういうことだけじゃない感情だってことは分かってる。そもそも、叶わぬ恋だということも分かっているのに、毎日ファットガムに惹かれていく。
    こんな、仕事の枠を超えた嫉妬などみっともないだけなのに。見つからないように少し俯いて、唇を噛んだ。
    「気を付けて行ってきてくださいね」
    「ん、おおきに」
    「いってらっしゃい」
    「おう、ありがとね」
    ファットガムは財布やスマートフォンをブランドものらしきバッグに入れると、よし、と頷く。
    「行ってくるな!」
    ひら、と手を上げ、ファットガムは事務所のドアを開けて出て行った。その後姿を見つめて、一つ溜息。
    「――これでデートとか、遊びに行ったんだったら驚くけど」
    天喰がぼそりと呟いたので、え?と切島は聞き返した。
    「先輩、は、ファットの行き先、知ってんじゃないんすか?」
    「知らない。でも、仕事だとは思うけど」
    どく、どく、と鼓動が早まる。仕事かもしれない、けど、違ったら?そればかりは分からない。天喰が分からないのだ、切島が分かるわけもなくて。
    「そうなんっすね……」
    そう、返事を返したけれど。思考は鈍くて動くのを止めたみたいで。すっかり手が止まってしまって切島は、パソコンの画面を見ながら途方に暮れる。



    多分結構時間が経ったのだと思う。切島は進まない書類を明日に回すと決めて、ふう、と腕を伸ばす。時計を見上げればもうすぐ天辺だ。天喰はとっくに帰ってしまった。仕方がない、これは集中力が切れてしまった自分の責任だ。
    と、事務所の自動ドアが開いたので驚いた。すでにロックがかかってる時間なのにとそちらを見れば、ファットガムが目を丸くして立っていた。
    「あっれ、切島くん?」
    「あ、おかえりなさい」
    「ん、や、忘れ物取りに来ただけやねん」
    またすぐ行くわ、と切島のデスクの前を通り過ぎるファットガムからは、煙草とアルコールと、あと、微かに香水の香りがした。どきんとする。ファットガムのスーツも、さっきより少しよれて皺が出来ているのに、さっきは感じなかった色気が漂ってる気がして。視線を逸らす。パソコン画面を睨んでいれば、さっきより匂いが近くなったのでハッと顔を上げた。ファットガムが、横から切島のパソコン画面をのぞき込んでいる。思ったよりも至近距離で、心臓が飛び出るかと思った。
    「ファ、ファット?」
    「コレ、明日でええよぉ。ごめんねこんな時間まで」
    こつ、とファットの長い指がパソコンの液晶画面をつついた。
    「あ、いや」
    ファットも仕事してるんだし、と言えば、ファットは片目を大きく開けるような歪んだ顔で切島の顔を覗き込み、笑った。
    「仕事、な」
    「違う、んですか?」
    どく、どく、どく。心臓が痛い。
    「さあ、どうやろなぁ」
    「――デート、とかだった、り?」
    女性の香水の香りを纏わせて、かっこいいスーツ着て、酒の匂いもして。それで得られる最適解は何だ。ぶるりと身体が震えた。ファットガムとデートできる相手が本気で羨ましい。どう頑張ったって、俺はそうなれない。ファットガムの、はちみつみたいな黄金色の瞳が少し揶揄うような色を帯びて細められる。ふふ、とファットガムが小さく笑った。
    「きみは……ほんとうに、かわええね」
    「は?」
    掬い上げるような指先が、自然に切島の顎を掴んで持ち上げる。肩越しに覗き込んでいたファットガムのほうを向かせようと、半ば強引に身体ごと半分後ろを向かせられた。
    「う、わ」
    ファットガムの手が離れ、その指先だけでくいと顎を上げさせられた。遊び慣れた大人みたいな手付き。どきどきと胸が高鳴るのと、ずきずきと痛むの。どちらも同時にやってきてどうしたらいいか分からない。
    「かわええわ」
    「……ファット、酔ってます?」
    「どうやろ」
    顔にかかった吐息の、アルコールの匂いがとても濃い。
    「酔ったんなら、あの」
    「切島くん」
    ファットガムの顔が近付く。至近距離すぎてぼやける距離まで近づいてくるので反射的に目を伏せれば、耳たぶに暖かくて少し湿った感触が触れる。ぞく、と背中が震えた。隠しきれない指先がはずみでぴくんと跳ねる。
    ぱっと、耳を押さえた。
    多分、耳にキスされた。当の本人はふふんと鼻を鳴らす。
    「あーもォ、切島くんがあまりにかわええから……我慢、できなくなるわ」
    「え?」
    「今俺がやってんの、ほんま潜入捜査やからな?デートでも、なんでもないで」
    あ、なんだ。耳を押さえたまま、ほっとすると、またファットガムは顔を歪める。
    「――我慢しなくても、ええかな」
    「え?」
    耳を塞いでいたせいで良く聞こえず聞き返すけれど、ファットガムはただ微かに笑うだけ。仕事に戻るわとファットガムはまた事務所を出て行ったので、最後の施錠確認などをしながら切島は、さっきのキスの意味をずっと考えていた。
    あの、柔らかな唇が触れた耳たぶがじわじわと、ずっと熱を持っている。
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