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    はねた

    @hanezzo9

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    はねた

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    リハビリをする相澤先生と心配するオールマイトを書きました。

    #オル相
    orbitalPhase
    #hrak
    lava

    恋と熱 外は暗い。
     ガラス窓に映るのは自分の姿、その向こうに木々の輪郭がうっすらと浮かぶ。昼ともなれば庭の景色が患者の目を楽しませる、そこはいま闇に塗りこめられていた。
     あまい人工的な匂いがあたりには満ちている。リハビリ器具や薬剤、床のワックスがいりまじった、そうしてどこかに饐えたひとの熱がある。
     掃き清められたフローリングの床に、蛍光灯のあかりがまるく滲んでいた。
     平行棒はリハビリテーションルームの隅にあった。
     オレンジ色に塗られた棒をつたい、相澤はゆっくりと歩く。静かなあたりに義足の金具と床の触れ合うかしゃかしゃという音がする。
     病衣の裾が足にまとわりつく。皮膚と金属の境目がどこなのか、痛みと薬のせいかいまだによくわからない。右足を踏みこめば、喉元に圧迫感のようなものがせりあがる。
     こめかみを汗が伝った。滑ったら面倒だと、腕や胸のあたりに染みるものを病衣でごしごしと拭う。
     と、ふいにひとの気配がした。
     顔をあげる。
     入り口のあたりに見慣れた姿があった。
     マットや台座のあいだを縫い、オールマイトは近づいてくる。こつこつという靴音が妙に耳についた。
     平行棒を挟んで、オールマイトがこちらの前に立つ。その顔はあおじろく、蛍光灯の下にあってずいぶんとやつれて見えた。
    「無理はしないでくれ」
     咎めるような声音に、相澤は平行棒をつかんだまま肩をすくめてみせる。
    「考えてやってますよ、これでもね。昼間はちょっと時間がとれないから、ヒーロー特例ってやつです」
     いちおうモニターもナースコールもありますし、とかたわらのテーブルをさししめす。
     傷口を案じるのか、オールマイトがこちらに直接触れることはない。そのかわりとでもいうように、その手が平行棒に置かれた。実際に触れられたわけでもないのに喉元が詰まる感じがして、相澤は冗談めかしてかぶりをふる。
    「できたら手をはずしてもらえると助かります。へんな話ですが、こんなのでも響くんですよ」
     自分の体でもないのにね、とつけ加えればオールマイトは黙って身をひく。
     かつて長きにわたり世界の頂点に君臨した英雄は、恋人の前ではブラフさえ忘れてしまうようだった。まったく誠実マンだなとは口にしないで、相澤はゆっくりと片手をあげる。金の髪と白い頬、ひと撫でしたあともしばらく指さきにつめたさが残った。
    「そんな顔しないでください」
     自分の声に笑みがふくまれていることには、口を開いてから気づいた。
    「あなただから言えるんです。他の連中相手じゃ、触らないでくれなんてとうてい言えたもんじゃない。……みんな優しいんですよ。ありがたいことにね。そんな厚意にわざわざ砂をかけるばかはいない」
     右目か右足か、オールマイトがどちらをより気にかけているのか、そんなことがふと知りたくなる。われながら幼稚なものだと舌打ちし、平行棒をつたって一歩あとじさる。のびたきりの前髪が表情を隠してくれればいいと、そんな虫のいいことをすこし考えた。
    「瘡蓋ができるんですよ」
     声は静かなあたりに妙に響いて聞こえた。
    「麻痺するっていうかね。ここにくる連中はみんなどこかしら体の一部をなくしてる。手だとか指だとか足だとか、なくしたものをいちいち数えたってきりがない、帰ってくるわけがないってここにいると素直におもえる。じつに合理的ですよ。なんせみんな持ってないんですから。そんな安心の上に、がんばらなきゃとか回復しなきゃとか誰かのためにとかっていう精神論と具体的な日々のタスクが積み重なって、頭の隅がどこか痺れて難しいことなんて考える気もなくなって、まあ要するにドラマだとかによくある絶望なんてものにかかずらわってる暇は意外とないんです。……だからね、あなたが悲しむ必要もないんですよ」
     なけりゃないでなんとかなるもんです、そう言えば、オールマイトは口の端をわずかにゆがめた。笑うのは得意だろうにと、ひとごとのように考えてしまうのももしかすると瘡蓋のせいなのかもしれなかった。
     蛍光灯がちかちかと瞬いて、フローリングの床を暗ませる。壁の時計は八時を過ぎていた。そろそろ消灯の時間だと、そんなことをふと考えた。
     ぶんと空調の音が高くなった。
     しばらくして、かすれた声が耳にした。
    「きみは私に甘えてくれないな」
     オールマイトが目を細める。そこに憐れみの色が一瞬でも浮かんだならと、考えかけてけれどもやめた。
     平行棒をたどり、ゆっくりと相手に歩み寄る。汗で湿った手がオレンジ色のゴムにへばりつく。
     オールマイトの前で足を止めた。
    「さっきも言ったでしょう。俺が素直になれるのはあなたの前だけです。甘えてますよ、ちゃんとね」
     できるかぎりまっすぐ立ち、左手は平行棒に、右手は軽く握ってオールマイトの胸元にあてる。黒革の上着の、冷えた感触が手の甲にした。
    「……イレイザーヘッド、きみはとてもクールだ」
     声のうちに喜びがあると、おもうのはこちらの驕りだろうか。
     吐息とともにてのひらを包むものがある。馴染んだひとの熱だった。なにかがゆるりとほどけてゆきそうなのを、はっとちいさく笑い飛ばしてみせる。
    「ヒーローなもので。……おかげさまでね」
     右手は預けたまま、相手の顔をのぞきこむようにする。青い目をひたと見据え、そうして相澤は言った。
    「大体あなた、助けを求める一般市民じゃ守りこそすれ惚れてくれたりしないでしょう?」
     オールマイトが目をみはる。それから、こらえきれないというように口元をほころばせた。その笑みに相澤もまた口の端をあげる。
    「なら、いつかきみが引退したときはふたりで盛大に泣こうか。きみの目と足と、ついでに私の内臓のために」
    「オーケー、オールマイト。約束ですよ」
     オールマイトがゆっくりとこちらの手を離す。そうして拳をつくるのに、相澤もまた握った拳をぶつけてみせた。 
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