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    moku_amekaru

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    moku_amekaru

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    鍾タル(未満)
    ⚠️ちょっと痛そう、中途半端な感じ

    あばれくじらのこ あれは嵐だった。台風だった。

     黒ずんだ紅に染まる絨毯、床に広がった数多の本、ぱらぱらと木の屑を散らしながら走る風、鼻をつく乾いた油と鉄の匂い。それと焦げ臭さ。
     吹き抜けの天井を改めて見上げて知らずのうちに溜息が漏れた。絢爛な硝子細工の照明も破片を散らし、油は血と混じって床板に染み込んでいる。六千年を生きてきた鍾離であっても、未だに呆気に取られる出来事というのは起こりうるらしい。感心すら覚えていた。
     傍らの臥牀に横たわる男は昨夜と打って変わって穏やかで何処かあどけない寝姿を晒している。膝を抱いて横向きの姿勢は酷い疲労が溜まっているだか、心の拠り所を探しているだかといつか書物で読んだことがある。鍾離は人間ではないので、本当のところは分からないが。
     男の首筋には汗が滲んでいた。瓦礫だらけの部屋から桶を拾って井戸水を汲む。端切れの綿布に水を含ませて拭うと少しだけ表情が和らいだ。直の手で肌に触れる。あつい、おそらく熱でもあるのだろう。酷い怪我をしているから当然だ。
     ここに大した薬はない。普段使うことのない、ましてや崩れ掛けの屋敷にろくなものはないが。恐らく、どこよりも安全だろう。男を——タルタリヤを。どうにか休ませてやりたかった。
     

     鍾離がタルタリヤを拾ったのは港を臨むチ虎岩の路地裏だった。馴染みの露店を出たところで、ぽたた、と。道に滴る黒ずんだ跡が見えた。穏やかでない雰囲気につられて進めば、強烈な血の匂いと野犬とは異なる荒い息遣い。奥の壁に寄りかかり、ともすればそのまま倒れそうな様子で、タルタリヤが座っていた。
      
    「公子殿」
     
     不快を隠さずに眉を顰める。白銀の雪を思わせる衣服は首に纏うストールよりも更に濃く染まっていた。特に、腹が酷い。
     名を呼んだ声に返事はない。ただ、常よりも更に昏い瞳がゆっくりと持ち上がった。ひゅーひゅーっと、止まりそうな呼吸を携えて、一瞬だけふっと緩んだ。まるで宴席に訪れて人良さげに笑うように。「やあ、鍾離先生」と、するりと懐に入る声が聞こえた気がしたが幻聴だった。ただ静かに瞼がおりただけだった。
     ああ、これは死ぬだろうなと思った。放っておけば璃月港の暖かな潮風に吹かれ、冬の国に生まれたその身をどこまでも冷たくして。そうして死ぬのだろうと。
     なぜだかそれは惜しい気がした。璃月を海に飲み込まんとした異国の男が、こんな道端で息絶えてしまうのは、どうにも勿体ない。義理はないし、道理もない。ただ何となく。契約を主として過ごしてきた鍾離は、ふわりとはっきりとしない曖昧な気持ちで、自分の外套を脱いでタルタリヤにかけた。そのまま抱えあげる。血がたくさん落ちた割に、ちゃんと温かかった。
     
     
     タルタリヤを連れ込んだのは以前拵えた洞天の中だ。人間に混じって暮らし始めてからは不要になっていたから、中に入るのは数年ぶりだった。かろうじて自室にあった包帯といくつかの傷薬、それと少しの医療器具片手にタルタリヤを運ぶ。埃がないことを確認してタルタリヤを寝かせた。
     血で駄目になった服を割く。露になった肌には骨が見えるほどの深い傷が刻まれていた。熱した琉璃袋を麻酔替わりに塗ってそのまま縫合を施す。呻き声とバタつく脚を無視して進め、塞いだ傷に軟膏を塗りこんだ。くるくると包帯で覆っているうちに、ぱちりと目が開いた。一瞬の間を置いてぬるりと片手が仮面に添えられた。よく動けるものだなと眺めているうちにばちりと雷が起こる。天井に穴が空いた。鯨の鳴き声が響き、忽ち屋敷に嵐が起こる。
     
    「こら、暴れるな」
    「なんのつもりだ、よ」
     
     バチバチと走る電流と雨風を障壁で防いで仮面を取り上げる。ついで神の目に伸びた手も払って遠ざけた。包帯に血が滲んでもタルタリヤは気にすることなく身体を起こそうとした。肩を押すだけで簡単にまた倒れてしまうのに、光の宿らぬ瞳と言葉尻には一丁前の闘志が戻っていた。さっきまで気を失っていたというのに、なかなかに流暢に話している。
     
    「失血が酷い、動くな。それとも縛られるのが好みか」
     
     仮面と神の目を遠ざけながら手のひらに枷を作ってみせる。舌打ちとともに大人しく沈んだ頭を撫でようと手を伸ばすと勢いよく叩き落とされた。じんじんと痛む手の甲をさすって眺めていれば、苦虫をまとめて噛み潰したような顔で睨み返された。

    「なんで、助けたの」
    「死にそうだったからな」
    「俺はこんなところで死なない……し、もしそうだとしても。あんたに手を貸される筋合いはない」
     
     悔しげに噛み締める姿を見下ろす。筋のよった頬を撫でると噛みつかん勢いで首が横に揺れた。それを無視して濡れた髪をしつこく撫でているうちに少しずつ強ばりがほどけていく。目を逸らしたタルタリヤをじいと眺めるうちに呆れたような溜息が聞こえた。
     
    「……俺はあんたの国を潰そうとした。あんたの心臓を奪おうとした、極悪人だろ。なんでそんな……宝物みたいに触るんだ。放っておいて野垂れ死ぬのをまつか、一思いに殺せばいいものを」

     うわ言のような、恨み言のような。ぽつりと呟いてそのままタルタリヤが背を向けた。膝を抱えた姿を眺めもう一度頭を撫でる。草臥れたのか、諦めたのか、それとも少しはなにかに安心したのか。やがて寝息が聞こえてきた。
     傍らに座る。何故、なぜか。反芻した。答えは「何となく」。鍾離だって、なぜ惜しいと思ったのか分からなかった。ただ、そう。彼の語る言葉は鍾離の耳にはどうにも心地よくて。ここで絶やしてしまうのはもったいないと思ったのだ。
     外界から閉ざされているとはいえ、吹き抜けの天井は寒かろう。包帯と傷だらけの身体に布団をかけて、傍らに横になる。子に寄り添う父親は、こんな気分なんだろうか。血なまぐさくて、穏やかな夜だった。
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