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    mistxcreation

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    あなたは私の厚い雲に覆われた空の下、灰色の街には人影がふたつ。俯き、表情の見えない女の先には瓦礫に足を取られた少女が居た。
    小さな唸り声をあげながら、青白くか細い腕をしきりに自分に向けて伸ばしては冷たいコンクリートを引っ掻く少女を女は知っている。

    つい先日炊き出しの手伝いをしてくれた優しい少女。自分よりも小さな子達に献身的にご飯を配ってくれていたあの笑顔が脳裏にチラつく。ここで彼女に何が起きたのかは容易に想像できてしまう。
    女は少女の前に膝を着き手を伸ばす。こんな光景を誰かに見られてしまえば自身が危うくなる事は重々承知していたが、そうせずにはいられなかった。
    腕に食い込む少女の爪が皮膚を破る。それでも構わずまだ細く柔らかい子供の髪を優しく梳くように撫でると、女は少女の後頭部にナイフを突き刺す。程なくして動きを止めた少女の亡骸を瓦礫から引きずり出し、身なりを整えて寝かせると近くに咲いていた小さな花をその胸の上にそっと置いた。

    湿気を含んだ重たい風が髪を揺らす。

    「ごめんね」

    この世界では昨日まで一緒に笑っていた誰かが転化し襲いかかってくる。こうなってしまっては眠らせてあげる以外に救う手立てはない。それは悲しい事によくある事だ。それでも、何度経験しても慣れることはない。きっとこれからもそうだろう。

    横たわる少女の冷たい頬を指の背で優しく触れると、女…オリヴィアは背を向け今にも降り出しそうな重たい雲の下を足早に帰路についた。



    夕食を済ませていつもより早いが寝る支度を始める。季節も暖かくなってきたので今日は髪も洗った。なんだか少し体が軽くなった気がする。

    髪が乾くまで本でも読んでいようと、綺麗に並べられた背表紙を指先で追いかけて吟味する。何度も読んだその本たちの装丁はすれて剥げてしまってるものもあるが、どれが何の本なのかは目を閉じていても触っただけでも分かりそうだ。
    そんな思いつきに顔を綻ばせていると小屋の扉が叩かれる音がした。
    声を聞くより前に体が動いてしまう、聞き慣れたノックの音。今すぐ開け放って迎え入れたい気持ちを抑えて扉に手を添えると、待つことなく想い描いたその人の声が鼓膜を揺らした。

    「オリヴィア居るか?」

    ちゃんと返事をしただろうか。
    急いでかんぬきをを外して、それでもゆっくり扉をあける。以前勢いよく開けすぎて彼に扉をぶつけてしまったもの。
    見慣れた迷彩柄が視界に広がると、吸い込まれる様に抱きしめていた。

    エドガーの匂いだ。

    少し驚いた声が聞こえたが、構わず深呼吸をして大好きな匂いで身体を満たせばひどくホッとした。

    「濡れちまうぞ」

    ぽん、と優しく後頭部に添えられた温かい手と共に聞こえてきた言葉にハッとする。濡れるのなんて一向に構わないが、そういえばエドガーの服は濡れている。そうだ、雨が降っていたんだ…

    「あっごめんなさい…!入って」

    急いで家の中に迎え入れようと離れる。すると不意に浮遊感を感じた。幾度となくこうして抱き上げられているしエドガーと居れば日常茶飯事なのだが、あまりにも軽々と抱き上げられるものだから毎度驚かされてしまう。でもこうして貰えると顔がいつもよりずっと近くて嬉しい。
    私を片腕で抱き、もう片方の手で扉の戸締りをするのを横目に見ながらこの次を期待して瞼を閉じれば、思った通り彼の匂いに包まれた。思わず口角が上がるのが自分でもわかる。雨のせいか少しひんやりしたエドガーの唇がなんだか心地よくていつもよりも追いかけてしまう。そういえば、私が彼を温められる機会ってなかなか無いのではないだろうか。

    「おかえり」

    やっと離した唇からそう溢せば、そのすぐ近くで「ただいま」と帰ってくる。何度交わしてもくすぐったくて幸せなその言葉を愛しい笑顔を胸に抱いて噛み締める。もう少しこのままで居たいけれどエドガーを着替えさせなければ。

    「そうだ、ご飯はもう済ませたの?」

    「ん?大丈夫だ」

    体を少し離して聞くと答えているようで答えてない返事が返ってきた。不満気に彼の顔をじっと見つめていると眉尻を下げて笑いながらまだ食べてないと答え直した。

    「もう寝るところだったんだろ、気にしなくていい」

    「ダメ」

    腕を突っ張って気遣いを却下する。それに今日はうっかり夕飯を作りすぎてしまったから丁度良かった。そう伝えるともう一度軽いキスをして降ろしてくれた。

    「温めるだけだからその間に着替えて、風邪引いちゃうわ」

    「冷めててもいいぞ」

    「だ〜め」

    暖かくなってきたとはいえ夜はまだ冷える。身体が強いのは知っているけど、やっぱり温かいご飯を食べて欲しい。

    ぐいぐいとエドガーの体を着替えが入っているチェストの方へ押す。だめか〜と私の言葉を繰り返しながら、抵抗する事なく押されてる姿を可愛く思ってしまうが言えば複雑な顔をするのでこれは内緒だ。
    彼がいつも首にさげているタグがチェストのうえに置かれた音を聞きながら、私はキッチンの火を確認する。幸いな事にまだ小さな火種が残っていたので、再び火をおこすのに時間はかからなかった。

    少し前に沸かしていたお湯を温め直してタオルを濡らす。もう片方でシチューの鍋を火にかけて振り返ると丁度エドガーが髪を拭いている最中だった。
    彼の鍛え抜かれた逞しい体を見ると何度でもドキッとさせられる。普段はつなぎを着ているし、こうして服の下を見ると改めて良い筋肉だと感心してしまう。明日はいつもよりトレーニングを入念にしようと密かに決意して、温めたタオルでエドガーの広い背中を丁寧に拭った。
    雨に濡れた体は想像したよりも冷えていないようで、いつも通りの暖かい体温に胸を撫で下ろしながら口を開く。

    「雨だから来てくれたの?」

    「んー?いや、そういう訳じゃないが…近くを通ったし自然とな」

    「そっか、顔が見れて嬉しい」

    背中を拭き終わったのでタオルをエドガーに渡して今拭いたばかりの背中にくっついてみる。ゆっくりと力強く脈打つ心臓の音を感じて、自分の心も穏やかになっていく。響いてくる彼の声が少しくすぐったい。
    グツグツと煮立つシチューに呼ばれたので名残惜しさを感じつつキッチンに戻った。




    「おまたせ、今日はキャベツのシチューとトウモロコシパンよ」

    「お!うまそうだな、ありがとう」

    テーブルの上に料理を並べてエドガーの向かい側の特等席に座る。だってここが1番彼の顔がよく見えるから。
    バクバクと豪快に大きな口へ運んで、美味しそうに気持ちよく食べてくれるから毎度嬉しくなってしまう。もぐもぐと咀嚼する姿に顔を緩めていると私の視線に気づいたのか目が合った。
    そんなにじっと見てどうしたんだ?と彼の声が聞こえてくる様だ。ごめんね、だってせっかく思う存分食べてる姿が堪能できるんだもの。一緒に食べてる時じゃあずっと見てはいられないから。
    思わずふふふと笑いをこぼすと、エドガーは少し困った様に微笑んで「ビブは必要ないだろ?」と冗談を言った。ビブをつけたエドガーを想像したらどうにもおかしくて声をあげて笑ってしまう。

    「あははは、うん…ふふふ…でも意外と似合うかもよ」

    「こらこら」

    想像するのも嫌だといった顔をするエドガーにまた笑ってしまう。とは言え、ずっと見られていたら食べにくいだろうし、寝床の準備でもしていようかな。ベッドを整えながら天気の話をしているうちにあっという間に綺麗に食べ終わったエドガーが、美味しかったと言って食器を片付け始めた。

    「お腹いっぱいになった?」

    「ああ十分だ。ありがとう」

    整え終わったベッドに座ると、お尻から根っこが生えたように動けなくなってしまった。今日はそんなに体力を使う事は無かったはずだけど…。

    寝る準備を始めた彼をぼんやりと眺める。エドガーから生み出される音のひとつひとつ全てから、今同じ空間の中に居るんだという幸せを感じて、小さな音も聞き逃さないように瞼を伏せて耳を澄ました。
    しばらくして水を飲む音が聞こえた。もう一度水を注ぐ音が聞こえた後、足音がゆっくり近づいてくる。そっとコップをベッドの背に置くと、ギシッと音を立てて私のすぐ横が沈み込む。
    顔にかかっている横髪を、優しく耳にかける温かい指を追いかけるように彼の方へ向く。そろそろ姿が恋しくなってきたので、伏せていた瞼を開けようとした時、そっと様子を見る様に深く静かな声が聞こえた。

    「…それで、何があったんだ?」

    ドキリとした。一瞬で昼間の出来事が蘇る。
    思い出した光景から逃げるように目を開ければ、私の方に体を向けているエドガーの体が見えた。
    ゆっくり視線をあげると心配そうにこちらを覗き込んでいる瞳と目が合った。
    取り繕ってるつもりは無かった。今の瞬間まで昼間の出来事を引き摺っている事さえ自覚していなかったのだから。
    驚きに目を見開いている私の頬を大きな温かい手が包み込んだ。
    その愛しい温もりに縋るように再び視界を閉じると、睫毛をなぞるようにゆっくりと優しく瞼を撫でられた。
    途端、まるで氷が指先の熱で溶かされたかのように滲み出た涙がポロポロと溢れ落ちていく。

    「話せそうか?」

    抱き寄せられたまま身を預けていればすぐに心は落ち着いた。涙も止まったようで、ふうと小さく息をつく。顔が見えるように少し涙が滲みてしまった彼の胸元から顔をあげると、優しく微笑んだエドガーが指の背でそっと涙を拭いながらそう言った。

    決して深刻な問題ではない。あの少女と特別仲が良かっただとか目をかけていたわけではないし、彼女についてもほとんどの事を知らない。炊き出しの手伝いをしてくれる、そのほんの一時の彼女しか知らないのだ。
    けれどあそこは私がよく通る道だったから、もっと早く見つけてあげられたのではないか。転化する前だったなら、噛まれる前だったなら…

    「そうだな…お前なら必ず助けられたさ。けどもう遅かったんだ、助けようがなかった。出来ることはしてあげられたんだろう」

    「…うん」

    「そうか、あの子が…俺も覚えてるよ。チビ達の面倒をよく見てるいい子だったな」

    話している間ずっと手を握っていてくれたエドガーはその親指で私の手の甲をそっと撫でながら名前を呼んだ。

    「オリヴィア」

    穏やかな声に誘われるように再び顔を上げ目を合わせる。豊かな大地を宿したような力強い暖かな瞳には、どうしてかいつも私の心が見えているようで。けれど決して不快では無く、それどころか見つめられればそれだけで安心する。

    「俺たちは稀なもんを持ったお陰で少しだけ人より助ける力がある。だが、それが時に重くのしかかって自分を責めちまう気持ちもわかる。考えずにはいられねぇよな…。」

    静かにゆっくりと言葉を紡ぐエドガーの言葉を、彼の瞳をしっかりと見つめて心にしまっていく。
    少しだけ強く手を握れば、同じようにぎゅっと握り返してくれた。

    「でも俺たちは抗体を持ってるだけでただの人間だ。この腕が届く範囲にしか手は届かねえ。目に入る全ての人を助けるにはおよそ足りなさすぎる。だからせめて両の腕が届く範囲の人を一緒に守ろう。幸せも喜びも、悲しみも苦しみも一緒に背負おう。一緒なら届く範囲も支えられる重さも2人分だろ?」

    「ーーーってのは、誰がくれた言葉だったかな」

    いたずらっぽい笑顔で最後にそう付け足したエドガーに思わず頬が緩む。そう、いつか私が彼に言った台詞によく似ている。
    うん、うん、と噛み締めるように何度も返事をすれば、厚い大きな手が私の頬を包んだ。するすると撫でられる心地よさに瞼を閉じると、今度は額にキスが降ってきた。

    「なあオリヴィア、お前は十分過ぎるくらいに頑張ってる。お前の優しさは確かに人を救ってるよ。俺もそのひとりだから間違いない」

    「ふふふ、それも何処かで聞いた台詞ね」

    「んんっ?これはちゃんと俺の言葉だぞ」

    ニッと私の大好きな笑顔で笑うエドガー。彼のこの笑顔に一体何度恋をしたかなんてもう数えきれないし、きっとこれからも何度だって恋をし続けるのだろう。
    愛しい笑顔に手を伸ばしてその頬に触れる。指先で髭の感触を楽しみつつ唇をよせた。

    「ねえエドガー、ありがとう」

    薄く開かれた唇が返事の代わりに私の唇を濡らす。背中にまわされた腕にもっと強く抱きしめられたくて心臓を寄せて、抱っこから降ろされたくない子供のように首に縋り付けば逞しい腕の中に埋め込まれる。大好きな瞳に見つめられて、匂いに包まれて鼓動を感じて…ああ、なんて幸せだろうか。今この瞬間、世界で一番幸せを感じているのは私だと思えるくらいに満たされていく。 

    その瞳で、笑顔で、言葉で、照らしあたためてくれる貴方は私の太陽。


    「…雨、止んだね」

    「ああ、よく降ったもんだ。…明日は畑の水やりも必要無さそうだな」

    「ん…なら、少しくらい寝坊しても畑のみんなは悲しまないわね」


    天気の話をしながらも、窓の外に視線を向ける事なく指を絡ませて言葉を交わすふたりの影は、愛を伝える言葉と共に湿気ったシーツの中に溶けていった。




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