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    @Tyokgc
    五伏の女です。しがない字書き。妄想を投下します💣

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    先輩後輩五伏
    私立王道呪術学園2


    なかなか進展しない生徒会長五条と幼なじみ伏黒。
    王道転校生の虎杖視点から伏黒視点へ。

    書きかけです

    王道学園2転校生

    虎杖悠仁。

    ひょんな事から呪霊という呪いが目に見えるようになって、じいちゃんの遺言でこの全寮制私立呪術学園に転校することになった。

    馬鹿でかい校門をよじ登り、派手な噴水で学園を案内してくれた同級生、伏黒と待ち合わせて洋風なんだか和風なんだかとにかく金がかかってそうな豪華な学園………にやってきて1ヶ月。

    そろそろこの生活にも慣れてきたような気がする。

    「いや、悠仁はだいぶ順応性高いぞ!」

    「しゃけしゃけ。」

    しゃべりながらパンダ先輩はびっくりする身のこなしで俺の拳を躱した。

    今日は朝からパンダ先輩とおにぎりの具でしか喋らない狗巻先輩と体術訓練だ。さっきからパンダ先輩に投げ飛ばされてばっかで、びっくりするほど拳がはいらない。中学の時は喧嘩に巻き込まれたりもしてそこそこ喧嘩は強い気でいたが、なんというかレベルが違う。

    「休憩!」

    何度目か空高く放り投げられて着地したところでパンダ先輩がぬいぐるみのようにどさりと横たわった。

    結局一撃も入らんかった。

    狗巻先輩がパンダ先輩を背もたれに手招く。誘われるままもふもふと触っていると巨大なぬいぐるみ………呪骸というらしい………パンダ先輩がムクリと身を起こす。

    「どうだ悠仁、学園には………めちゃくちゃ馴染んでるけど、慣れてきたか?」

    「いやー、まだまだ驚くことばっかだよ。呪力コントロールってこんな事するのかーとかね。」

    「ツカモトに殴られてるか?呪力制御は基本だからなー」

    「すじこ。」

    入学してから怒涛の1週間だったな………呪術師っていう人たちがいて、こんなふうに学園に通って任務をこなしていたのにも驚きだったし、そもそも呪いってそんな襲ってくるもんなのかとか、見えていなかった世界は目まぐるしく現実を突きつけてくる。でも同級生の伏黒も釘崎も、順平も良いヤツで、異世界へ迷い込んだみたいな俺に良くしてくれる。

    順平は昨日もツカモト同伴の映画鑑賞に付き合ってくれたし、釘崎も今週末は任務がないから東京観光がてら買い物に付き合えと伏黒と一緒に誘ってくれている。

    あ、でも伏黒は泊まりの任務で週末もいないんだっけか、たしか五条先輩とー………

    「そういやずっと聞きたかったんだけど、伏黒と五条先輩って付き合ってんの?伏黒は付き合ってないって言うんだけど。」

    食堂でキスしていたし随分仲が良いようなので、てっきり付き合っているものだと思って伏黒に会話を振ったら否定されてしまった。幼馴染で世話になっているというようなことを言っていたが………五条先輩は悪ノリがひどいとボヤいていて、まあ確かに軽薄そうな人ではある。

    しかし、次の日に再び廊下を歩いているときにパッと魔法のように現れた五条先輩は聞いてもいないのに伏黒と付き合ってるのだと教えてくれた。

    伏黒は照れたのか?

    それとも伏黒のいうように本当に悪ふざけなのか………悪ふざけには見えなかったけどなぁ。もしかして先輩の片思いかな?

    「あー、青春だな!恋バナか?!」

    「明太しゃけいくら!」

    「い、いや………結局どっちなのかなーって」

    「悟は思春期抜け出せてないからなー、最近マシになってきたんじゃないか?」

    「いくらー」

    「それって、五条先輩の片思いなの?」

    そうそう、と肯定してパンダ先輩が豪快に笑う。

    「あの二人は幼馴染なんだ。五条悟は呪術世界の御三家、五条家の当主見込みの特級呪術師で、伏黒の父親は御三家の禪院家出身。その上、伏黒の術式は禪院家の相伝の術式でしかも悟の術式といわくつきだ。」

    「特級?呪術の家柄とかあるんだなぁ。すげぇな。あれ?真希さんって禪院だよね?」

    「呪術師には階級があってだな、呪術界に特級は三人しかいない。もうすぐ副会長の夏油傑も特級になりそうだけどな。真希は禪院であってるよ。恵とは親戚だ。」

    「特級術師ってめっちゃ少ないね。五条先輩すげぇ強いんだ、さすが生徒会長だなー………真希さん伏黒の親戚なのか、そういわれると似てるな…ソウデンの術式って何?」

    「禪院家の血に受け継がれる伝統的な術式のことだ。棘は呪言みたいに、特徴的で強力な術式を指す。伏黒は式神使いだ。そんでいろいろあって悟は伏黒の後見人でもあるんだな。」

    「後見人?」

    「俺も詳しいことは知らんが、恵の父親が悪い奴でな………悟が介入して助けたんだ。あいつ金はあるからな。」

    狗巻先輩がしゃけしゃけ言いながら訳知り顔でうなづいている。

    幼馴染のピンチに颯爽と現れて助けるとか、なんかすげぇな。御三家?とかの当主見込みで特級術師で生徒会長なんてやばくないか?

    「なんか、少女漫画みたいな関係デスネ。」

    「学園みんなそう思ってるぞ。まぁ悟が恵の後見人になったのを知ってるやつは少ないけどな。幼馴染で恵も禪院相伝の生え抜きだ。ファンクラブの恵リアコは一人残らず悟が消すので有名だし。」

    「リアコ?そんななのに伏黒気づいてねぇの?」

    「おかか!」

    「恵はヒロインだから鈍感なんだ。なんかやたらと自己評価低いしな。」

    ヒロイン?

    そっかー、五条先輩の片思いかー。確かに伏黒意外とそういうのに鈍感そうだもんな、ってことは今回の任務は片思いの五条先輩と伏黒が泊まりの任務で一緒ってことか。

    「青春………」

    五月の爽やかな風が頬に触れて遠くから鐘の音を連れてくる。空は高らかに晴れて呪霊なんてこの世界にいるのが嘘みたいに澄み渡っていた。

    **

    苦労の耐えない生徒会庶務

    伊地知潔高。

    今日は先週五条会長が破壊した廃屋の詳細とマスコミ対応の記録整理と報告書作成。

    ドキュメンタリーのホラー番組を作りたいとかいうテレビマンへの根回しでディレクターの名刺がまた増えた。新しい任務の振り分けを夏油副会長から任されたのでそれも午前中に終わらせないと、七海さん………はでてるか、じゃあ伏黒くん、もいない。

    狗巻さんもスケジュールが詰まっているし………禪院さんも無理か。人手不足だ。あぁそうだ………これも今週中にどうにかしないとまずい………

    「伊地知ー、書類片したよー。ご褒美に恵と任務振ってくれない?」

    しまった。

    顔を上げても書類の山に隠れて五条会長は見えなかったが、生徒会室に夏油副会長がいない。

    というか誰もいない。

    会長と二人きり………これはむちゃ振りが始まっても誰も止める人がいない………まずいぞ。伏黒くんの話を始めると五条会長はいささか情緒不安定になる。

    「ちょっと聞いてる?マジで恵さー………最近忙しくて一緒にいらんないし、部屋行くって言うとと虎杖と夕飯食べるからダメだって断ったんだよ?!」

    「そ、そうなんですか。」

    「このグッドルッキングガイの誘いを断るとかなくない。なんだよ虎杖。良い奴だけど。」

    最近はあの有名な宿儺の弟、虎杖悠仁が一年に転校してきて伏黒君は同級生として仲良くしているようであった。

    かまってもらえない不貞腐れる会長を見ていると少し哀れになってくる。

    五条会長の片思いは有名だ。

    禪院家の手から伏黒くんを遠ざけた一件は公にはなっていないはずなのに学園に知れ渡っていて、まるでロミオとジュリエットのように二人のファンクラブ過激派の信仰を集めている。

    会長は昔から伏黒君にいやがらせをしようとする者は一人残らず駆逐してきた。

    伏黒君が学園に入ってきたころの五条会長はかなり棘があり、まさに好きな子に嫌がらせをする、を地でいく行動をとっていたのでファンの方々は伏黒君に険のあるグループもかつてはあった。しかし伏黒君が中等部に上がるころにはだいぶ素直になり、会長のファンクラブは「会長様の初恋を応援し隊」を残して今の形に落ち着いている。

    会長の「ガチ恋勢」と言われる伏黒君を敵視していたグループは、「俺はあんな奴好きじゃねーし!」と言っていたころの情緒不安定な会長がみずから「恵を見るな!」という、ファンクラブがまだ嫌がらせも何もしてない時点で盛大に蹴散らしていた。

    そのため会長のファンクラブは穏健派の古参が多く、いつ会長の初恋が実るのだろうかと会長と伏黒君の動向をみな真剣に見守っている。

    そんな会長の献身と恋心はいまいち伏黒君には伝わっておらず、しかしこの少し年上の幼なじみを慕っているようではあるが………。打ちひしがれる会長の様子を伺おうと書類の山を少し動かすと、山の上から分厚い封筒が落ちた。

    五条家からの親書。

    「五条会長、お家から親書が来ていますよ!」

    ずっしりとした封筒を持ち上げると消印が見えた。不味い、もう一週間以上たっているじゃないか。

    「えーなに?開けといていーよ。」

    「だめです、親展なんですから!ほら、もう一週間前から届いていたんじゃないですか?!」

    「めんどくせーなー。」

    ビリビリと、中の書類も一緒に破り捨てるのではないかという乱暴さで厚みのある書類を取り出す。あ、任務の依頼書か。五条家からくるのは珍しいな、家の仕事だろうか。

    「あぁ、これか。そういや今年だったな。」

    興味がなさそうに書類を適当に机に置く。その間にもメールボックスには任務の追加要請を受信し、任務が遅れて帰れなくなった呪術師からホテル代の請求が来ていた。

    「あ、そうだ、伊地知。」

    「は、はい!」

    思いついた、という声色はもう不吉な予感しかない。五条さんが先程の実家からの依頼書を紙飛行機にして投げてよこす。

    「これ、恵といくから。手配しといて。」

    「え、あっ、任務ですか?」

    「そー。どーせ実家からのだから行ってやらないとうるさいしね。スケジュール調整適当にしといてよ。」

    伏黒くんの任務表は、あ、埋まってる………まぁいつでも呪術師のスケジュールは埋まっているものだ。五条家からの任務を反故するわけにもいかない、いや会長だけではだめなのだろうか。

    紙飛行機を解体すると任務の概略が記載されている。

    「に、新潟ですか?これは………浄化の儀式?」

    「そ、五条家が請けおってる祓えの儀式だから。」

    「伏黒くんを同伴する必要はないのでは………?」

    「はぁーーー、恵がいないとこんな仕事したくない。てか今月僕の休みなくない?恵にも会えてないしもう無理。」

    たしかに会長の休みはなかった。一級案件でケガ人がでたりで、急な変更も多い。全て会長と夏油副会長が収めてくれるが最近頼りきりだ。さらにこの前夏油副会長が夏風邪をひいてしまっていたので、どうしても会長に任務が寄ってしまった。その上、伏黒くんから夕食の誘いすら断られたのではこの不貞腐れも申し訳ない気持ちになってくる。

    「お願い伊地知~」

    我儘のようでいて誰よりも任務をこなしてくれている、尊敬すべき生徒会長の、片思い。

    じつは学園全体のみならず、伊地知もこっそり応援している。

    ぐらぐら揺れる積まれた書類をみてメガネのズレを直す。

    「調整します。」

    **

    天上天下唯我独尊、生徒会長五条悟。

    その幼なじみ、伏黒恵。

    あっという間に夏が近づいてきている。流れるように過ぎていく景色をぼんやりと眺めて、新幹線の窓越しに映る遠くの山々と青い新緑に目を細める。

    すぐ終わったように感じるゴールデンウィークは呪霊の大軍を祓って過ごした。人混みに煩悩。

    夜のうちに帳を降ろす、湧き出す人間の呪いたち。

    大型連休はあまり休めなくとも、学生は勉強が本分と休みはある。働き詰めなんてことはまだまだ二級の俺には少ない………ただ。

    珍しくもたれかかってくる白髪を手に取ると指を滑ってすぐに落ちる。見かけと違わずキラキラと指通りが良い。よく寝ている。この人も学生のはずなのだが、やはり特級だけあってずいぶんと忙しそうにしていた。そうしてやっと落ち着いてきたと思ったら、この出張任務だ。

    新幹線は滑らかに野をかけて、長いトンネルに差し掛かっていた。

    目の下にクマがでている。

    そういえば最近はこうやって二人になることも少なかった。この人はちゃんと休めているのであろうか。特級に認定されてから、五条先輩はますます忙しくなった。こうして一緒に任務に行くのもかなり久しぶりではないだろうか。

    さっきまで明るかった車内がトンネルの間にだけ薄暗くなる。透き通る、作り物のように滑らかな肌に通った鼻筋、青い瞳は瞼の奥に隠されて見えない。

    日の光が、長いまつ毛に射し込んだ。まぶしさに抗議するように瞼が動く。

    トンネルを抜けると、抜けるような青空が広がる田園地帯。水面に光が落ちて乱反射する。まだ水を貼ったばかりの田んぼ。

    「………寝てた。」

    「まだ寝てて大丈夫ですよ。首が痛くありませんか?」

    「ん………。」

    サングラスを上げて目をこする。髪と同じ色のない真っ白なまつ毛の下から光をためるような不思議なきらめきを放つ六眼が瞬き、眠そうにぼんやりとして視線が俺の顔をさまよった。

    もぞもぞと身じろぎしてちらりと窓の外を見ると、五条先輩は気だるげな雰囲気のまま膝に倒れ込んできた。

    「そっちのほうが寝辛くないですか?」

    「恵の膝枕がいい。」

    今度は大きな体を折って、俺の腰に抱きつくように体制を安定させている。どう見ても窮屈そうだ。素直に座席のリクライニングで寝た方が楽じゃないのか。

    まぁ、いいか。

    どうせ新幹線からおりればまた任務が待っている。つかの間の休息だ。

    幸い平日の中途半端な時間で乗客もほぼいない、好きにさせておこう。

    強くなってきた日差しを遮るように、五条先輩の瞼の上に手のひらをあてる。まだ新潟は遠いようだ。

    携帯の通知がなって画面をみると釘崎から新潟についたか、とメッセージがはいっていた。特に用もないようだったが画像が添付されているので開いてみると、虎杖と吉野がやたらとおしゃれなカフェでケーキを食べていた。

    週末は釘崎たちと東京へ行く予定だった。

    少し不満そうにしていた釘崎を思い出す。ちょうど先週の今頃、伊地知さんが任務の資料を携えて休み時間に珍しく一年の教室にやってきたのだ。

    「新潟ですか?」

    「そうです、五条会長とご一緒の任務になります。」

    「はぁ、あの人またわがまま言ったんですか?この泊りの任務………これ、多分五条家の関連の任務ですよね?」

    伊地知さんが青い顔でうなづく。やつれている………仕方ない、五条先輩がそう言うのなら一緒に行くのが良いのだろう。週末にかけて三日間、久々の遠出だ。

    「わかりました。でもこの日程、別の任務入ってましたよね。大丈夫ですか?」

    「はい!!なんとかしました!タイムスケジュールなどはあとでメールしますね、本当にありがとうございます!」

    食い気味に首肯すると言質をとったといわんばかりの勢いで握手され、あっという間に忙しい生徒会庶務は去っていった。

    「あれ、伊地知さんじゃない?どうしたの?」

    入れ替わるように釘崎が教室に入ってくる。控え目に女子グループから「野薔薇様お帰りなさいませ」と声が聞こえる。釘崎のファンクラブは禪院先輩と似たような感じで崇拝系だ。学園独特のファンクラブは、禪院先輩いわく夏油副会長のものが一番やばいらしく、ガチ恋勢教祖崇拝でもはや宗教のようらしい。

    「任務だ。週末は新潟出張らしい。」

    「出張?ずいぶん急ね。」

    「まぁな。こんなもんだろ。」

    「新潟土産って何があるの?」

    「米?」

    「ふーん、まぁいいわ。コシヒカリね。」

    「おい、冗談だ。重いだろ。」

    たわいもない話をしているとチャイムが鳴る。虎杖と吉野は任務で外出のようで空席のままだった。

    本当に米でも買って帰ってやろうか。返信をするついでにタブレットをだして任務の詳細を確認する。任務といっても、俺は本当にオマケのようなものでこれは五条家の「五条悟」の任務だ。

    任務というより儀式だろう。

    田植えの豊穣の儀式、土地全体を祓い清め祈りをささげる。地元の神主が行っている祭事だが、十年に一回程度五条家が本格的な儀式を行っているようだった。

    儀式の内容としては、今日は形式的な禊を行いその土地で一夜を過ごし、明日は頂上に神社の奥宮がある白山に上る。霊場だ。奥宮の結界を張り直して祓えの儀式は終わる。本格的な結界術は初めて見るかもしれない、勉強になるだろう。

    『次は、新潟。新潟です。』

    アナウンスが日本語と英語で丁寧に流れる。起こすのはかわいそうだが、大きな体を窮屈そうに縮めて横になっている、五条先輩を起こさなくてはならない。さらさらと髪を撫でる。

    「五条先輩、つきましたよ。」

    五条先輩は幼馴染だ。初めて会ったのはもう9年も前の夏、御三家の会合だった。あの時はまだ母が生きていて、親父はそんなに荒れていなかった。母の、たまには顔見せにいってみれば、という一言で親父はいやいや実家の集まりに参加したようだった。

    初めて会った時のことはもうあまり覚えていないが、きれいな子供だなという印象をもったことを覚えている。親父に適当にそこらへんで待っていろ、と放置された俺はなんだか不穏な大人たちから離れるため、豪華な中庭の隅に隠れた。そのころには玉犬がいたので、陰からだして一緒にくっついていた。そうしていると目隠しをした子供が話かけてきたのだ。

    「恵、こっちだよ。」

    キャリーケースを引きながら、五条先輩が振り返る。

    ぼんやりしていた。新潟は初めてきたが、駅は広くてきれいだった。同じように新幹線を降りたサラリーマン風の人々がせわしなく通り過ぎる。タクシー乗り場のほうに迎えが来ているはずで、いつもは補助監督だが今回は任務の性質上、神社から手配しているらしい。

    「五条様、お待ちしておりました。この度は、よろしく願い申し上げます。」

    「よろしくー。」

    長いエスカレータを降りてロータリーに向かうと、遠くからでも黒塗りの高級車が目立っていた。数人の大人が車からでて待っている。スーツを着た男性もいれば、着物姿の女性もいた。近づくと一同から深く礼をされ、五条先輩がいつもと何ら変わりない態度でいなしていた。それでいいのか。

    「お連れ様は伏黒二級呪術師でございますね、お初にお目にかかります、今回の祭事を補助させていただきます、木之瀬と申します、どうぞよろしくお願いいたします。」

    「伏黒です。よろしくお願いいたします。」

    どうやら着物の女性と連れ立っていた壮年の男性は県知事のようで、五条先輩がお偉いさんをあしらっている間、初老の男性が声をかけてくれた。

    「今年は五条家次期当主の悟さまをお呼びして、大祓を行います。大祓は十三年ぶりになるので、神社のみなも気合が入っておりますよ、さあ日差しが強くなってまいりましたのでお車へどうぞ。」

    「ありがとうございます。」

    車へ乗り込みながら事前に渡されていた資料を思い出す。祓の儀式は毎年行っているが、大祓は星を読みながら毎年払いきれなかった穢れを祓うために行われる。

    祓とは、罪や汚れを取り去って清浄になること。

    今日はその前儀式として修祓を行う予定だ。ただ、五条先輩と受けるのはかなり簡略化されたものとなり、一刻ほどで終了となる。その後は神社の敷地内の離れで過ごし、明日は正装して市内を巡り白山へ上る。

    空調のきいた広い車内でタブレットを取り出し、明日行う大祓の祝詞を眺める。

    言葉には、言霊が宿る。それが極端な例でみられるのが狗巻先輩の呪言だろう。術式でなくても、たとえ呪力のない人間の言葉でも口にだした瞬間に霊が宿り言霊となってゆるりと漂い、大体の場合はすぐ霧散する。呪力のある人間なら、その言霊は力をもって存在感を増し、時に力をもって呪霊を遠ざける。

    祓いたまえ清め給うことを、天つ神国つ神八百万の神たちとともに聞き食せと白す。

    はらいたまへ、きよめたまえへ、まもりたまへ、さきはえたまへ。

    **

    五条先輩が乗り込むと車は音も少なく滑り出した。

    特にラジオも音楽もない車内で五条先輩は相変わらず疲れているのか、まだ眠そうだった。外の景色は市街地を抜けると開け、水の張られた田んぼがきらきらと陽光をはじき、近いような遠いような山脈がよく見えた。

    ごつごつした山並みは関東では見ることのないのもで、物珍しく美しい。同じ日本の田舎でも関東平野とはずいぶん景色が違うものだ。この感想を伝えたいと思ったが、俺にもたれてまた眠り始めた五条先輩は起こさないでおいた。

    一時間を少し過ぎるころ緩やかに山道にはいって目的地の社についた。最初の鳥居をくぐるために車を降りるのかと思ったらそのまま乗り入れる。そこからかなり走って広大な神社の敷地内の駐車場にようやく車は止まった。

    「やっと着いた?」

    「はい。」

    いつの間にか起きた五条先輩は俺の方に寄り掛かっていた体を起こす。車のドアが開いた。

    「五条様、お待ちしておりました。遠路はるばるお越しいただき誠にありがとうございます。」

    車から降りると、ずらっと袴姿の神職であろう男たちと、想像そのままの巫女さんたちが並んで出迎えてくれた。

    一通り五条先輩が雑な挨拶を終えると、流れるように広い渡り廊下を通され離れの茶室のようなところで五条先輩と二人きりになる。外見はずいぶん年期が入って見えたが中へ入ってみるととても綺麗で高級旅館のようだった。この離れは客人用に後から作られたのだろうか。

    綺麗な畳のひんやりとした和室で用意された抹茶をすする。甘い和菓子を一口で食べた五条先輩の様子をうかがっていると、障子の向こうに人影が浮かび、修祓の儀式用の袴を持った巫女が現れた。

    「入っていいよ。」

    「失礼いたします。修祓は一刻後となります。着付けにまいりました。」

    「ああ、自分で着るからそこに置いておいて。」

    「では、お連れ様を」

    「恵には僕が着せるから。」

    「かしこまりました。」

    五条先輩には一切逆らわないと決まってでもいるのか、物わかりの良い巫女は丁寧に衣装を畳に並べ音もなく退室する。向き直り膝をついて丁寧に障子がゆっくりしまっていく。

    「じゃ、恵、脱いで。」

    「………あんた、着付けとかできるんですね。」

    脱いでと言われるとなんだか抵抗がある。五条先輩が自分の分を着ている間に俺は先ほどの巫女さんに着付けしてもらった方が効率的であったのではないだろうか。

    もたもたと上着を脱いでいると、じっと見つめる五条先輩の視線が気になってくる。

    「なんすか。」

    「別に。はやく脱ぎな」

    下着一枚になると五条先輩の手が伸びてくる。

    「腕とおして。」

    言われるままに動くと、手際よく衣服が体を使って組み立てられていく。抱きしめられるように帯を結ばれると、顔が近くなってびくりと体がはねた。

    「どうしたの?」

    「………後ろから帯結べばよくないですか?」

    「自分で着るのは慣れてんだけど、着つけるのは初めてなんだよね。こっちのほうがやりやすい。」

    「そう、ですか。」

    そういうもんか、と納得して頷くと五条先輩がくくっと笑った。

    「信じるなよ。口実だって。」

    できた、と小さな声でつぶやいて腰を撫でられる。そのままぎゅうと抱きしめられた。五条先輩はかなり着痩せして見えるが、実は相当鍛えていて分厚く筋肉のある体は体温が高い。くっつくといつも暖かかった。

    「この前好きっていった意味、ほんとはわかってんだろ。」

    固まっていると、五条先輩が体を折って俺の肩に顔を埋めながら囁いた。この前。

    この前、五条先輩に告白された。



    呪言は、言葉が力を持つことの極端な表れだ。

    古来から、言葉は魂を持ち特別な力を宿す。人間ほど複雑な音によるコミュニケーションをとる動物はいない。

    祝詞は歌のように紡がれ、その意味は空中で解体され欠片となって散らばっていく。意味を失いだだ音そのものとなり、眩い呪力の放物線をえがく。

    もろもろの、まがつこと罪、穢れ有らむおば、祓え給え清め給えと白すことを聞食せぬと。

    恐み恐みも白す。

    大幣が垂れた頭の上で振られ、穢れが空に舞ってひらひらと落ちる。そのひとひらがわずかな光を残して霧散するのを自分のつま先を眺めながら視界の端に捉えた。

    修祓の儀式は滞りなく進んでいく。

    サングラスを外した五条先輩は不快そうにその瞳を閉じて、微動だにせずまるでよくできた彫刻のように佇んでいる。

    人間離れした容貌をもっていると思う。

    白皙の頬、作り物のような透き通る白髪、長いまつ毛。

    神事に神の偶像はないが、あるとすればこんな形なのかもしれない。そういえば、神社の奥には何があるのだろう。寺にはよく釈迦如来や観音菩薩があるが、神社の奥の宮を見たことはない。

    「それでは、明日は早朝よりとなりますが、よろしくお願い申し上げます。」

    「よろしくお願い申し上げます」

    修祓が終わると、神主と巫女たちが再びそろってきれいな礼をとる。

    五条先輩からは会釈でいいといわれているが、こうもかしずかれるとさすがに気が引けてくる。そんなに重大な儀式なのだろうか。十数年に一度の儀式だから、格式ばっているのかもしれないが。

    「はいはーい。じゃあ明日ね。」

    「先輩………。」

    あまりの適当な返しにめまいがする。それはそれとして、普段通りの五条先輩に妙な安心感も感じていた。

    冷たい乾いた風が頬をかすめる。

    修祓の儀式が終わり、神社一帯は息苦しいほど清浄な空気に包まれている。清らかさがすぎると、緊張するのかと不思議な気づきがあった。くつろげる空間とは言えない。

    離れに戻ると二人分の精進料理が用意されており、二人で食べるのかと少し意外だった。

    シンプルな盆に一汁三菜。すまし汁からは暖かそうな湯気がたっていた。

    「味がしない。」

    「そうですね。」

    五条先輩は再びサングラスをかけ、さっさとくつろげる浴衣に着替えると、冷める前にと食卓へついた。俺も高そうな衣装を汚してはと用意された浴衣に着替えて用意された座布団に座る。

    薄味の山菜は優しい味だ。俺は好きだが、成長期の男子には確かに物足りないかもしれない。

    「二人で食べるんですね。五条先輩は接待みたいな食事会をするのかと思ってました。」

    「あー、これはマジで社交関係ない定例の神事だからな。邪気をいれるようなことはしないだろ。」

    それもそうか。山芋の煮っころがしがおいしい。薄味な分素材のうまみを感じられるような気がしてゆっくりと咀嚼する。

    「明日は、山を登って奥宮へ行くんですよね。奥宮で何をするんですか?」

    事前に受け取った書類には山頂で行う儀式のことは書いていなかった。まあ五条先輩が祝詞を読んで結界を張りなおすのだろうと思っているが、なぜ俺を連れてきたのだろう。

    「神具にたまった曇りを晴らして、結界を張りなおす。そんだけ。」

    「神具?」

    「そう。まあ見てのお楽しみ。」

    五条先輩は楽しそうにククッと喉を鳴らす。

    これは、イジワルをするときの顔だ。身構えると、サングラスの隙間から冴え冴えとした青い瞳がこちらを見返す。

    「そんな構えんなよ。俺の一世一代の告白をスルーした自覚あるだろ?」

    明日楽しみだな。五条先輩はそういうと澄まし汁を飲み干して、ご馳走様と箸を置いた。

    どういう顔をして何を答えれば良いのかわからない。暖まったはずの指先が冷えていく。

    「この離れ、風呂は露天なんだぜ。一緒入ろ。」

    「入りません。」

    あっそ。

    先輩の返事は心なしか冷たく響いた。

    簡素のようで豪華な和室は音を吸い込むようで、沈黙がひっそりと重さを増していく。

    五条先輩は甘いものが食べたいとぼやいて急須のお茶を注ぎたす。甘くもないぬるくなったお茶を一口飲むと、立ち上がって障子を開いた。

    「ほら、見てみろよ。」

    ひんやりと少し湿った夜の風が足元に流れ込む。

    こちらを振り返った五条先輩が満点の星空を背に嬉しそうに笑った。

    「田舎はこういうところがいいよな。」

    広い空に数えきれない星が瞬いて、雲のない夜空は街の光を跳ね返すこともなく発光している。ゆらゆらと輝く、この光は何億光年もかなたからくる恒星の光だ。決して手は届かないが、こんなにも明るくて美しく輝いている。太陽に手を伸ばしたらイカロスのように墜落してしまう。夜空の星々に向かって飛んだら、イカロスはどこまで行けただろう。溶けない蠟がボロボロと劣化して剥がれ落ちるまで星に向かって盲目に飛び続けるのだろうか。

    決して近づけない星へ向かって。

    「そうですね。」

    部屋の隅で行灯が揺らぐ。

    六眼が星の光を吸って暗く揺らめいた。囚われそうになる視線を茶碗に無理やり戻して、まだ暖かい白米をよく噛んで残さず食べる。新潟の米は甘くておいしい。味気ないといえばそれまでだが、山菜や漬物で白米を食べるのはたまには良いかもしれない。そっけない、素材そのものの味は雑味なく体に染みる。

    静寂に山の音が入り込む。

    梟が遠くで鳴いている。わずかな風で木々が揺らめき、行灯に照らされたかすかな影がにじむ。

    「飯食べ終わったら風呂行く?」

    「先に行ってください。」

    ちぇー、というと先輩はあっさりと障子を閉めてから浴場へと向かっていった。

    食べ終わった食器を重ねて、先輩が閉めていった障子を薄く開く。

    星々は変わらず夜空いっぱいに瞬き、少しひんやりした空気とともに手の届かない場所でゆらゆらと揺らめいていた。

    新月で月が見えない。

    こういった儀式は星の運行を意識したものが多い。木々がざわめいて、冷気を運ぶ。

    いつ風呂に行こうか、変に意識してしまって五条先輩のあとを追うことができない。同性と風呂に入るなんてなんてことないはずなのに、あの青い瞳がこちらを見ていると思うと足がすくんでしまう。どうしようと、不安で身がすくんでしまう。

    五条先輩は好きだ。

    嫌いになんてなれない、最強の呪術師。誰もが憧れ、畏敬の念をもって崇める、五条悟。

    (恵、好きだよ、俺と付き合って)

    美しい六眼に囚われる。

    夢のような甘い毒、捕まったらもう逃れられない。

    すくんだ足は一歩後退し、手が伸ばされると走って逃げた。影に入ってもあの瞳から逃れられない。

    罠のようだ。

    だって、だって五条先輩は、五条悟だ。

    あの五条家の当主といつまでも付き合ってなんていられない。結婚して家を継がなければいけないだろう。一度あの人に触れてしまったら、今だけ、なんて無理だ。終わりがわかっているのに

    「おやすみ、恵」

    質素な薄い布団を並べて、行灯の火がフッと消える。

    少し湿ったままの髪が枕を湿らせていく。

    月明かりもない深い闇があたりを包む。しばらくすると闇に目が慣れて、先輩の影がぼんやりと発光するように闇に浮かぶ。わずかな光を吸い込んで輝いている。

    先ほどまで聞こえていた虫の声もいつの間にか途絶えて、静寂が満ちた。

    「………おやすみなさい」

    あれ以来、気を抜くと、ずっと頭の中にこだまする。

    今も頬に血が上って熱くなる。

    意味なんて、わかっている。ただ、気の迷いだと。

    俺にはふさわしくない。

    この人は誰にも手の届かない、高みに向かって歩いていく。たった一人で。いつも。

    ==

    まぶしい光を感じて、眠いまぶたをひらく。

    障子を先輩が開いて朝日が目にかかったようだった。気配に聡い先輩はすぐ開けたばかりの障子を閉じて振り返るとまぶしそうに目を細めた。

    部屋は薄暗いのに。

    ひやりとした冷気を感じて、布団を頭まで引き上げる。

    「ちょっと!おはよー恵。朝だよ、起きな。」

    先輩は開けた方が良かったか、と言いながら障子をパンッと全開にひらく。

    鋭い朝の光が寝室に満ちていたほの暗さをはらった。

    「………おはようございます」

    ==

    布団を上げるとすぐに香の物、玄米、すまし汁が朝食として用意され、五条先輩は味がしないと文句を言いながらも綺麗に食べていた。

    正式な祈祷の服装は「ダサいから嫌。」と言って断ったそうで、用意されていたのは白い斎服という装いで俺の服装は単なる袴だった。

    もたもたと着付けているといつの間にか先輩の腕が回って襟元をただされる。

    「ありがとうございます。」

    「んー、やっぱ細いな。細いとサマになんねぇよなこういうの。」

    自分の貧相な身体を見下ろして、何だか嫌な気持ちになりながら視線を上げる。

    五条先輩は体格が良い。

    羨ましいくらい、良い。

    和服もとても………とても似合っていて、いつもと装いが違うからか、雰囲気か、少し緊張する。

    「頂上の奥宮まで歩くから、恵はスニーカー履いて。」

    「スニーカーですか?」

    「裾で見えねぇから。」

    「………見えてますけど。」

    身支度を終えるとすぐに出発のようで、五条先輩について離れを出る。

    入って来た時とは違う道を通って、枯山水の庭を抜けると登山口へと出た。

    参道の前に鳥居がある。

    「おはよー。」

    見送りは一人だけで、かなり年配の神主は初めて見る顔だった。好々爺然としていて日本昔ばなしの絵本にでてくるような神様みたいだ。目尻の皺が深い。

    五条先輩の挨拶にひとつ頷くと、こちらに視線が流れたので軽く会釈をする。

    「よっ」

    いきなり石を拾った五条先輩が鳥居を背にして背後に石を放る。

    放物線を描いたこぶし大の石は鳥居の上に落ちると少し揺れて留まった。

    「乗ったね。」

    「お見事。」

    突拍子のない罰当たりのような行動に驚いたが、神主は笑顔のまま五条先輩を褒めた。何かの儀式なのだろうか。

    「おし、始めるか。恵、こっちきて。」

    「はい。」

    言われるまま先輩のすぐ後ろに控える。神主がお神酒を鳥居の前に垂らす。線を引く。境界だ。

    「これより先を、神域とする。」

    言葉が粒となって山を包む。結界術………こんなに単純な儀式なのに、嘘みたいに息苦しい。すごい呪力だ。

    拍手

    かしわでが空気を揺らす。

    耳鳴りがした。

    「おいで。」

    意識が遠のきそうになったところで、大きな手が腕を掴んだ。そのままひきよせられる。真っ白な斎服は思いのほか柔らかかった。

    ーーーーーお見事。

    「ッ、」

    耳元で声が響いた。

    空気が振動する。

    ザァァと葉を揺らしながら強い風鳥居へと吹き込み、まるで液体のように濃密だった空気が四散する。

    「はッ、………、」

    息が吸えるようになった。

    「おし、あとは奥宮だな。」

    五条先輩の声で急に現実が引き戻される。あたりには清涼で澄んだ………異様に清浄な場となっていた。

    いつの間にか俺を支えるようだった手が俺の右手を掴んで引っ張る。鳥居を越える。

    「一緒にくるでしょ?」

    「はい。」

    怖気付いたと思われたか?なんなんだ今更。直ぐに首肯するとわずかに先輩が笑う。

    手を引かれるまま足を踏み出し、鳥居を振り返ると年老いた神主の姿はもうなかった。

    結界術をおこなう前に下がったのだろうか。

    「あれは人じゃないよ。」

    「あれ……?」

    「呪霊でもないけどね。」

    「さっきのお爺さんのことですか?」

    「うん、恵きづいてなかったろ。」

    人でも呪霊でもない………?では一体、あの神主のような翁はなんなのだろう。悪いものではなかった、呪霊なら気づくはずだ。

    「山の化身みたいなものだよ。俺たちにあわせて人の格好をしていただけだ。」

    「山の化身………?」

    「山神かな。呪霊も神も似たような感じだろ、こっちが勝手に名前をつけてるだけで。」

    「六眼でわかるんですか?」

    「どうかな。」

    なんとなく腹落ちしないが、まぁこんなもんかとも思う。化け物がそこら辺にいるのも、自分の影の中に式神がいるのも、だいぶ前に慣れてしまった。

    日常は脆い。

    人ならざるものが呪いでも神でも、この人がそう言うのならそうなのだろう。

    細い道を歩いている。

    五条先輩が手を引いてくれる。

    なんとなく振りほどくタイミングを逃して右手を繋がれたまま緩やかな山道を登る。踏み固められただけの道はけもの道のようにも見えるが、不思議と歩くことを邪魔する葉や木の枝はない。

    まるで頂上へさそってるようだ。

    結界を張った時のような息苦しさは消え、山の澄んだ空気と結界術がもたらした清浄な場で山道を早足で登っても身体が軽い。

    「五条先輩、手。」

    「なに。」

    「離してください、右手が使えないと困る」

    「結界張ったからなんもでねぇよ」

    そうか。

    たしかにこんな清浄な空気に呪霊は寄り付かないだろう。呪いの気配は一切しない。

    でも熊とか……いないとはいいきれない、随分田舎だし。

    「でも熊とか………」

    「熊?」

    「はい………」

    熊は…………大丈夫か………。

    なぜかじっと見つめられて、握られた手に目を落とす。変なこと言ったか?そもそもなんで手なんか繋いでるんだよ。

    「熊は俺が倒すから大丈夫。」

    そういうと手をぎゅう、と握られて、無言で歩きだした。

    そんなに険しくもない参道だが、ときおり高い段差がありそんな時は手を引いてくれた。最近の任務とか、俺のクラスの様子とか、そんなたわいも無い話をぽつりぽつりとしながら山頂を目指す。

    太陽が中天に登る。

    暑さは感じないが、袴で登山はなかなか体力を削り徐々に汗ばんできた。握られたままの手が気になって、すこし離そうと繋がれた手を控えめに引く。随分と手を繋いだままだったので、もう振りほどくタイミングがわからない。

    「あの、手………一回離してください、」

    「ん?」

    先輩の手が緩んだ瞬間、するりと手を引き抜く。すこし湿った手のひらは急に体温を失ってひんやりとした山の空気にさらされる。

    「わっ、」

    「あ!」

    突然に風が吹き抜けると、視界が一瞬、歪んだ。

    五条先輩の声が虚空にこだまする。

    「…………え?」

    ざぁぁぁぁ、と木々がゆれ、木漏れ日がまたたく。風が吹き抜け、ざわめきが収まると五条先輩は消えていた。

    さっきまで繋がれていた手が空を切る。

    「先輩…………?」

    呪霊…………の仕業ではない、な。気配がまるでしないし、先程までと同じような奇妙なほど清浄な空気にあたりはつつまれている。

    景色も、何も変わらない。

    ただ五条先輩だけが忽然と消えていた。

    「なんだ?」

    集中して気配を探るが、残穢もなにもない、山の獣の気配さえなかった。

    「…………玉犬。」

    影絵をつくり玉犬を呼び出そうとしても反応がない。閉じ込められているようだ。影の中に手を入れることもできない。ただ気配はそこにあるので、失ったわけではないようだが………困ったな。これで呪霊に遭遇したら面倒なことになる。

    どういうことだろう。

    いったん山をおりるか?

    あたりを警戒しながら今来た道をゆっくりと引き返す。先程と何ら変わらない、歩きやすい参道だ。

    スマホはこの参道に入る前から圏外だ。一応電話をかけようと手に取った画面はやはり変わらず圏外だった。

    サワサワと木々がゆれ、風が吹く。

    奇妙な静寂だった。

    鳥の声がしない。

    緩やかな下り坂を戻っていく。

    地面に目を落とすが虫の気配すらない。手を伸ばして木の幹に触れると、生命の気配がする。

    静かだ。

    山だけがゆっくりと呼吸をしている。

    「………………?」

    おかしい。

    同じような道、似たような風景。

    全く先に進んでいる気がしない。

    緩やかな下り坂はどこまでも続き覚えのあるようなないような木々が僅かな風に揺れている。

    振り返ると、中天に登りかける太陽。

    振り返ると、背中を押すように風が吹く。

    小さな石がコロコロと不自然に参道を登って、止まる。

    登れってことか。
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