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    Nurta

    @NurtaNinurta
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    Nurta

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    ロ兄 生前様が耳飾りをつける話

    粧い その日両面宿儺は珍しく機嫌が良かった。
    昨晩、臨月間近の妊婦の腹を裂いて取り上げた胎児が骨まで柔らかくそれは素晴らしい歯応えで、更に女の腹の奥に秘されていた胎盤が大変な美味だったからである。
    腹を抉られ我が子を目の前で平らげられて発狂した女の叫びは耳を劈くほど煩わしかったが、それを許せるほどにその肉は甘く外界の穢れを知らぬ血は瑞々しく溢れて味蕾を刺激した。
     その喜びあってか常ならば都人の好むような煌びやかで豪奢な装いになど興味がなかったのが、この時ばかりは自分自身を可愛がってもよいではないかといつになく寛容さを見せているのだ。
    天上天下唯我独尊の塊と言へど、不思議なことに欲に関しては加虐欲と食欲を除いた他は(非術師と比較してしまえばいずれも強欲の類に属しているが本人からしてみれば)慎ましくある。
     特に己が身を飾る、化粧を施すと言った行為は必要性を感じず攫ってきた女の衣やその顔に描かれた眉墨なんかを見ても「色がついているなあ」程度の認識であったし、自分に見惚れた稀有な下人が差し出してくる百済渡来の品々を手にしても「邪魔な置物だなあ」ぐらいにしか思わなかった。
     御帳台からのそりと這い出ると、二階棚の側に誂えてある唐櫛笥を開いてあれでもないこれでもないと装飾品を物色するが目当てのものは見つからず、はてあのぶくぶくに肥えて脂身ばかりで不味かった貴族が生前寄越した品は何処にあったか?と記憶を掘り返しながら、二階厨子の鍵を外してみしりと詰まった木箱の山を引っ張り出してはごっそりひっくり返す。
     巣作り中の雀のように部屋中をがさごそ荒らしていると、主人の異変を察してか従者が部屋を訪れた。

    「宿儺様?如何なさいました」
    「耳環はどこにやった」
    「どの者が寄越した品でしょう」
    「あれだ、よう肥えて脂身のくどいことといったらなかった浅葱色の直垂の」
    「でしたら蔵に。どのようにいたしましょうか」
    「持って参れ」

     几帳の向こう側で削り氷のように白い頭を下げた従者は、身を翻すと蛇のようにするりと去る。やがて戻ってきた従者の手には小ぶりの桐箱が載せられていた。
     恭しく捧げられた箱を開き包まれている布を解くと中には金色に輝く一対の耳環が鎮座していた。耳環には繊細な造りの垂飾が枝垂れ柳のようにぶら下がり、最端部には赤瑪瑙か何かの玉が括り付けられている。男によれば高句麗より取り寄せたという話だったが、肝心の男をとっくの昔に胃袋へ収めてしまったためその真相はわからずじまいである。
     一対の片割れを摘み上げて繁々眺めていると、従者はその様子を不思議そうに見つめてくる。

    「重いな。耳が伸びそうだ」
    「...」
    「裏梅」
    「はっ」
    「鏡はあるか」
    「すぐご用意致しまする」

     自身の両耳に嵌めている鉄輪を取り除けば、支えを失った耳朶は張りを失い孔を開ける前の大きさに萎んだ。金色の耳環の輪を握り込み孔を通るようぐりりと押し通すと、孔は新たに現れた支えを呑みこむように開いて包む。片方も同様に耳環を貫通させれば両の耳朶は慣れぬ重みによって引っ張られ下に伸びたが、思いの外つけ心地は悪くなくひんやりとした鉱物の質感を受けてじわりと冷えていった。
     指先で耳環を揺らしちりちりとその感触を楽しんでいると、鏡台を組み立て終わった従者が傍らに控えているのに気がつく。手招きすればまるで重力などないように静かに鏡台を持ち上げて己の前へと差し出した。艶めいて光を返す鏡に己の顔貌が映り込む。
     無垢な鏡が映しだしたのは何者にも喩えようがない己の、いつもと少し違う姿だった。
    大木のような首に支えられた力士像のごとき顔、正面に走る鋭い四つ目はよく晴れた空の色をしており、無骨ながらも高い鼻梁と真一文字に引き結ばれた厚みのある唇がその涼しげな眼光を引き立てている。蘇芳香の頭髪は風に吹かれた叢のようにうねり頭部を彩るが、ふわふわと浮いてまとまりがない。そこに灼熱の太陽のように輝く黄金の耳飾が付け足された事で、全体としていつも以上にちぐはぐで威圧感のある姿となっていた。
     これではまるで子供が絵に描いた想像の天津神か異邦の益荒男である。

    「酔狂なものよな。斯様なものがこの俺に見合うとは、捧げた男の気が知れぬ」
    「...」
    「似合うか?」
    「...恐れながら申し上げまする」

     ふと、傍らに傅いていた従者に所感を求めてみた。この従者は己が見込んで側に置いている術者であり、僧の身なりこそしているが己同様人肉に執着する邪教の信徒で、即ち己同様欲に正直で他人に興味を持たぬ者だった。故に大した返事は期待していなかったが。

    「宿儺様、まことにお美しゅうございます」

     従者はどういうわけかほのかに頬を桜色に染め、眩しそうに此方を一瞥したかと思えば震える手で三つ指をつき頭を垂らした。
    ...成る程、どうもこいつは目がおかしいらしい。
    聞いた自分が馬鹿だったかなと思いながらも、宿儺はその日新たな粧いをたっぷり楽しんだのであった。
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