水鏡 3 連れて行かれそうだった。攫われてしまいそうだった。
現実世界と紙一重のところにある異界の気配が、瘴気のようにあの場に満ちていた。
重雲ほど壊滅的ではないが、行秋とて霊感が強い方ではない。それでも事の異常さにはすぐに気が付いた。四時四十四分が近づいていくにつれ、重雲を狙うナニカの息遣いが大きくなっていった。二人をぐるりと取り囲むかのように、重雲を欲しがる視線が増えていった。
無論、行秋もただ手をこまねいていただけではなかった。離れないように重雲の手を固く握りしめ、大鏡から意識をそらすために会話を誘導した。最後の方は、懇願するような調子になってしまったけれど。
しかし、そんな彼のささやかな抵抗は実を結ぶことなく――〝重雲〟は鏡の中に閉じ込められてしまったのだった。
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