性癖って、いうのがあると思う。
性の癖、くっつけて性癖。いやそのまますぎて我ながらいらない説明だと思うけど。
「お、お疲れ様、です!」
「うん、君もお疲れ様」
駆け寄ると柔らかい笑顔を浮かべてくれる彼に笑顔を返して、小さく手を繋ぎ一緒にいつもの電車に乗ると。
そのまま揺られて最寄り駅から一緒に住む家まで。その間は私の大好きな彼をバレないようにコッソリと堪能することができる。
「それで、この間宇髄が―」
はぁ、本当にかっこいいなぁ。
意外とがっしりとしたその肩を包む漆黒はもう嫌です勘弁してってほどに彼の格好良さを引き立てるしその上育ちの良さを思いきり引っ張り出してくる。
「忙しい時期も落ち着いたと言ってたろう?だからこの間炭子が―」
まぁ、ネイビーもダークグレーも洒落ててでも着こなしの難しいベージュのセットアップだってこの人は着こなしてしまうのだけど。
なんならネクタイやタイピン、バッグに至るまで私のコーディネートのおかげもあってスーツ姿の彼はいつも一遍のスキもない。
「それで君が好きそうな店が―、…どうした?」
ハッと気づいたときには宝石みたいに真っ赤な混じりけのない瞳に覗き込まれていて。
心臓が一瞬まろびでそうになったのはとりあえず気づかなかったことにしよう。
「あ、えぇと、なんでも!ごめんなさい、ちょっとぼうっとしちゃってて…!」
ふと、細められた目にまた見惚れている内に優しく頭の上に手を置かれた。
「いや、いいんだ。連勤で疲れてるだろう。家に帰ってすぐに休もうか」
いや、今のは貴方に見惚れてただけなんです。
そう答えるのは恥ずかしくて思わず小さく頷けば、先の先まで美しいその指に頬を撫でられて突っつかれる。
「ちょ、煉獄さ…っ」
「ふっ、可愛いな」
「ちょっと!ちょっ、ツンツンしな…っ、…いてっ、いたたたたっ!」
「ははっ。フグみたいだ、可愛い」
なんだって?!思わず睨みあげようとしたタイミングで目の前に黒い影が見えて小さいリップ音が響いた。
それに何が起きたか理解するより先に引かれた手を絡められて、見つめてくるその瞳は。
「早く帰ろう、…善子」
まるでキラキラ輝く眩い宝石みたいな赤の持ち主が、紛れもない、私の最愛の夫だ。
今日は私が非番で煉獄さんはお仕事の水曜日。
結婚して一ヶ月記念にと用意していたネクタイを見つめ、ふと部屋の片隅のトルソー(マネキン)を見つめた。
ちなみに彼(煉獄さんは彼女だと言い切る)は私の職場でいらなくなったのを引き取ってきてからの関係で(煉獄さんには言い方がまぎらわしいと嘆かれた)新作が出るたびにコーディネートを手伝ってくれる相棒である。
いつもお世話になっている彼(煉獄さん曰く彼女)に歩み寄り、迷った末に袋からネクタイを取り出した。
「ねぇ、どう思う?やっぱりこの方が嬉しい?まぁ、もう袋から出しちゃったけどさ」
最早恒例となった彼との会話を始めながらその細めの首にネクタイを巻きつける。
「うーん、やっぱり着けてあげて『はいこれプレゼント!』は恥ずかしいかなぁ?
いやね、この前お店に来てくれた蜜璃さんの案なんだけどね?
そりゃ蜜璃さんがやってあげたらどんな男も喜ぶだろうけどさ、私だよ?私にされて嬉しいかなぁ?
ねぇ、『きょう』はどう思う?」
煉獄さんがいないときだけ密かに私に名前を呼ばれるきょう、ことトルソーの彼は、相変わらずうんともすんとも言わない。…でも、
「あぁ、うん。そうだよねぇ、やっぱ私にされても嬉しくないかぁ。
結ぶのは我ながら結構上手いと思うんだけどね。
ふふ、できた。あとは…、
『いってらっしゃい、あなた♪
ちゅっ』なぁんて―」
「なぁ、」
「…ッ?!?!れれれ、煉獄、さん?!?いいいつからそこに?!」
「……」
にっこりと、効果音すら聞こえそうな笑顔に似つかわしくない青筋なんか額に浮かべて。無言で腕を掴んできた彼に、そのまま押し倒される。
「あ、え…?煉獄、さ」
「なんだ、俺がいない間にマネキンと浮気か?ネクタイを結んだりなんて俺にはしてくれたことないのにな」
「…そうだ。『彼』に見せつけてやろうか」