金色が重なる私を抱きしめながら眠ってしまった彼、―煉獄さんの髪へと手をのばす。
昨日の夜は眠れなかったみたいだし(私の寝顔を見つめながらテーマパークのことを調べてたら眠れなかったらしい)運転もしてくれたんだから疲れてるんだろうな。
髪から指をすべらせ、包み込んだその頬に小さくそっとキスをして。
昨日からずっと見ないようにしていたスマホの画面をつける。
【今日は悪かった、あとで話せるか?いつ空いてるか教えてくれ】
最低だ、って。自分でも思う。
だけど、違うの。
煉獄さんのことが好き、一緒にいられるなら一緒にいたい。
…でも。
腕の中から抜け出してジッと見つめるその人の、髪も、顔も、身体も全部。全部、私のものではないんだから。
【私もごめんなさい
仕事終わりか週末ならいつでも大丈夫だから
私も話したい】
返信はすぐだった。
木曜日の仕事終わり、迎えに行く。
今までと違って簡潔な文章に、きっと今度は本気で会ってくれると確信して安堵のため息を吐いて。
…もう少しだけ。
天元さんに会うその日まで彼のそばにいたら、天元さんと話してちゃんと別れて。
その後どうなるかはわからないけれど。煉獄さんが何を考えてるかもわからないのだけれど。
「…好き、…れんごく、さん」
小さく呟いてもう一度キスをして。腕の中に潜り込み体温を感じるように目を閉じた―。
☆
「いらっしゃいま―、お疲れ様です」
勤務先のアパレルブランドの店頭で服を畳みながら目があったその人に思わず足がすくみそうになった。
「お疲れ。別に仕事じゃねぇんだからそんなかしこまんなくていいだろ」
「…タイムカード押してきます」
彼にあいさつや声をかける同僚の声を背中越しに聞きながら裏へと足を進める。
天元さんは私の勤めるブランドも抱えるアパレル部門で働いていたことがあって。(でもそもそもの会社が大きすぎて色々な分野の部門があるから今は違うところにいるけれど)
出会いもそのときで、私と付き合いだしても特に隠していなかったせいで私が副店長に昇格したとき陰口を言われたからって、お店に来たり目立つようなことはしないでいてくれてたのに。
…まぁ、新しいスタッフも増えているからその人たちからしたら会社の人って分からないと思うけど。
みんなに囲まれる天元さんを見ても大して何も思わない自分に嫌悪すら抱きながら、扉を出たところでどうしようかと立ち尽くす。
例えばこれが、煉獄さんならどうだっただろうか。
煉獄さんが女の人に囲まれて。やたらと近い距離で話しかけられたり笑いかけられたりなんてしていたら。
…そうしたら、私はきっと―
「おい、早く行くぞ」
気がついたら目の前にいた彼に腕を取られていて、返事をするより先に歩き出す。
「チッ、だりーな」
「だから来なくて大丈夫って言ったのに」
「は?んだよ、可愛くねぇやつ」
なんだか涙が出そうになった。
きっと彼とこの店に一緒にくることはもうないな、とか。前に、止めるのもきかずに仕事用にってたくさん服を買ってくれたことがあったな、とか。
なのにそうは思っても感傷にも浸れずに、また彼を怒らせるばかりの自分が情けなくて。
「…どこ、行くの?」
「あ?何回か行ったことある個室の店予約してあるけど。他に行きてえとこあんの?」
あるき続けられなくて、立ち止まる。
私の手を掴んだままつられて止まった天元さんの顔を見上げて。
「天元、さん。今までごめんなさい。…私と、別れてほしい」
「は?」
ずっと苛立ったような雰囲気だった彼の表情が固まり、私を見据えた。
「なんで?」
「だって…、あんなことして一緒になんていられな―」
「怒ってねぇっつってんだろ」
「…前みたいに、天元さんのこと思えない。ごめんなさい」
「はぁっ」
わざとらしくため息を吐いて、私の手を振り落とすように離す。
そうして半笑いで目を細める彼はやっぱり、あの日と同じ。
「前みたいに好きじゃねぇっつうんなら、まずは話し合うとかあんだろ。
…それで?それだけで済ますつもりか?」
分かってる、きっと私の気持ちなんてこの人はわかってて。だけど、でも―
「…煉獄さんのことが好きに、なったの。…本当にごめんなさ―」
「で?アイツはなんて?お前のことが好きだから竈門とは別れるって?」
「…違う」
「じゃあ別に俺と付き合いながらキープ―」
「天元さんじゃない人のことが好きなのに、一緒になんていられない。
ねぇ、なんで天元さんは別れないって言うの?天元さんだって、ほんとは―」
遮ろうとするように引っ張られ見上げたその目に映るのは―。
「『お前のこと好きだから』とでも言えばいいのかよ?…くだらねぇ」
その温度に怯えて震える馬鹿みたいな自分の姿で―。
「お前らさぁ、俺たちのことなんだと思ってんの?
俺と向き合うことから逃げて、お前のこと心配する竈門を裏切ってアイツとヤって、楽しかったかよ。
そうやってお前ら二人で俺たちのこと笑ってたんだろ?」
「そんな…っ、違―」
「お前のそういうところが昔から嫌いなんだよ。
被害者ぶって逃げて、自分のことばっかで。
お前からすりゃ俺は自業自得なんだろうな?
けどあいつは。竈門はどこが自業自得なんだ?」
「」
分かってるよ。
炭子は何も悪くない。なのに巻き込んで裏切って傷つけて。そんな自分が大嫌いで。
だけど、でも。天元さんは。天元さんは、そんな炭子と二人で―、
「…そんなに。庇うほど大事なんでしょ?
私のことは庇わないのに。炭子のことはそうやって―」
「そりゃあな。拗ねて他の男とヤるようなやつと、浮気されて泣きそうでそれでも健気に待とうとしてる奴がいたら誰だって後者の方守ってやろうと思うだろ」
なら、と。言いかけた言葉を遮るように腕を掴み直される。
悲鳴を上げてしまいそうなほどに、強く握り込むように。
「とにかく、お前と別れる気はねぇ。
お前だってせっかく頑張ってきたのに仕事失いたくねぇだろ?
それか、アイツクビにしてやろうか?」
ヒュッと、小さく喉がなった。
え、なんで…?だって、だって―
「アイツの会社の一番の取引先がうちの会社でさ。アイツのせいで取引中止になんてなったら、クビじゃすまねぇだろうけど…、どうする?それでもいいのかよ?」
「なん、で…?」
「なにが」
「だって、…親友、なんじゃ―」
「…いい加減にしろよ」
静かに、でも目の奥は今までにないほど燃えていて。
…それはきっと全部、私ではない女の子のためなのに、どうして。
「ま、心配しなくてもどうせ煉獄は竈門と別れねぇだろうけど」
「アイツさぁ、昔から俺のもん取るのが好きなんだよ。趣味なんじゃねぇ?」
「可哀想にな。俺よりあいつの方が真面目に見えるから、女はみんな絆されんだよな」
「…待って、ねぇ…っ、天元さん…っ」
「なんだよ、まだ離れたくねぇ?ホテルにでも連れてってやろうか?」
「…天元、さんは…っ。炭子のこと―」