俺が好きなのは!! 虎杖が、恋をしている。
そのことに気付いたのは最近だ。相手は分からない。
何故気付いたかって?そんなもん、ほぼ毎日一緒にいるんだから気付いて当然だろ。強いて言うなら、虎杖の表情だろうか。
そんなことよりも、問題はここからだ。虎杖が恋をしているのだと知ったとき、俺は自覚してしまった。
俺は、虎杖が好きなんだと。
あぁ、こんなこと自覚したくなかった。
いつか虎杖に好きなやつができたら、応援してやろうと思っていたんだ。虎杖には幸せになってほしい。そしてその役目は、俺じゃなくていい、と。
それがどうだ。虎杖には俺を選んでほしいし、誰かわかりもしない相手に殺意すら抱いている。この手で幸せにしたい。虎杖には、俺の隣で死ぬまで笑っていてほしい。
こんなにも俺は浅ましかったのか。将来虎杖が結婚しようものなら、祝福なんてできはしないだろう。あぁ、釘崎が相手ならばかろうじて理性は保てるか。
ほら、今だって、隣にいるこいつをこのままどこかに閉じ込めてしまえればいいのに、なんて思っている。虎杖は太陽の下で健やかに笑っているのが良く似合うと、自分が1番思っているのに。虎杖はこのことを知りはしないだろう。どうかこのまま、気付かないでいてくれ。
2
「ふっしぐろー!遊びに来たぞー!」
どんどんどん、とドアをたたく音と共に聞こえる虎杖の声。相変わらず元気だな。
やれやれとため息を吐きながらドアを開ける。
「うるせえよ」
「へへー、ごめんな!」
虎杖は部屋が隣だからかよく遊びに来る。大抵マンガを持って。たくさん話す日もあれば、特段何をするでもなく思い思いに時間を過ごす日もある。
そしてそのまま寝落ちるまでがセットだ。今日だって…
「すかーーーー」
すっげえ気持ち良さそうに寝てやがる。俺のベッドで。よくもまぁ毎回毎回寝れるもんだ。
ていうか、無防備なんだよ。虎杖にとっては普通のことなんだろうが、男として見られていないのだと実感させられて、また嫌な感情が頭をもたげる。
俺は、いつも虎杖が帰った後、ベッドに残った匂いのせいで悶々としているのに。何故お前は、そんなに平気で寝られるんだ。なんで俺を意識してくれねえんだよ。
──このまま、取って喰ってやろうか。
無意識にベッドに乗り上げれば、宿儺が目元にニュッと現れた。
「ケヒッ、お前、小僧のこと好いているのか。いいぞ伏黒恵ならば。寧ろ大歓迎だ」
「はっ、何言って…」
宿儺から発せられた言葉に我に返る。
俺は、何をしようと…
「なんだ、喰らおうとしたのではないのか」
「そんなことするわけがっ…」
「軟弱な男だな。あんまり失望させるな」
宿儺があからさまに不機嫌そうな顔をして問うてきたので思わず言い返せば、俺の言葉に重ねるように一蹴して帰っていった。
俺はといえば、お前に期待なんてされても嬉しくないと的外れなことを考えていた。
3
虎杖が呪いにかかった。『本音しか言えなくなる呪い』らしい。呪霊は祓ってあるから、1~2日で治るそうだ。
本音しか言えなくなるとはいえ、虎杖は天性の人たらしで、さらに人の良さも持ち合わせている。故に、周りをどんどん良い意味で撃沈させていった。
例えば、
「釘崎はいつでもかっこよくてかわいいよな!」
だとか、
「おれもナナミンみたいに紳士的でかっこいい男になりたい!」
だとか。あぁ、五条先生に関しては、
「ちょっとうざいときもある」
という虎杖の一言に別の意味で撃沈していた。そのあとにつらつらと並べられた褒め言葉は先生の耳には届いていないようだった。
そして、俺には一切近づこうとしなかった。
何故だ。本当はうざいとか嫌いとかそういうこと考えてんのか。
ネガティブな思考というものは1度始まると止まらないわけで、俺の機嫌は悪くなる一方だった。
翌日、釘崎と任務から帰って来て高専に入ると、遠くの方で虎杖と五条先生が喋っているのが見えた。
…なんだか楽しげだし距離が近いな。いつものことではあるが、昨日のことで機嫌が悪い俺は全部悪いように捉えてしまう。
五条先生がからかうようにして何かを言った瞬間、虎杖の顔が一気に赤くなった。口を手で押えて何も喋らないようにしているようだが、五条先生がニヤニヤしながらも言葉を続けると、観念したように虎杖が手を口元から離して発言した。その後も、顔を赤くしながら愛おしそうに何かを喋っている。つられたように五条先生も顔を赤くした。
なんだかその一連の流れが、告白の瞬間のように見えて。
──気づけば俺は、虎杖の元へ駆け出し、その腕を掴んでいた。
「…え、伏黒!?」
「あれ、恵どうしたの?」
2人も釘崎も大層驚いただろうが、俺はそれに構っている余裕はなかった。
「…ちょっと来い」
「ちょっ、おい!!」
ぶっきらぼうに言ってそのまま腕を引っ張って、未だに困惑している虎杖を連れていく。
周りが見えてない俺に、いつの間にか一緒にいた五条先生と釘崎の会話は聞こえるはずもなかった。
4
「なぁ、伏黒ってば!…痛ってぇ!!」
虎杖を連れたまま、俺は自分の部屋までやってきた。
乱暴にドアを開けそのままの勢いで虎杖を部屋の中に突き飛ばす。その拍子に虎杖はバランスを崩して尻餅をついてしまったが、俺は気にせずドアと鍵を閉めた。
「何すんだよ伏黒、なんか変だぞ……へ?」
俺の行動にさすがに少し怒りを感じていたのか顔をしかめていたが、体勢を崩したままの虎杖に俺が上から覆い被されば、虎杖は呆気にとられた。
「五条先生と両想いだったのか」
「は?」
「だから、五条先生と付き合うのかって聞いてんだ」
小さく呟かれた俺の言葉は2人しかいない部屋に存外しっかりと響き、虎杖の耳にも届いたらしいが、予想外だったのか怪訝そうな声を出した。そんな虎杖にもう一度、今度はさっきよりもはっきりした声で問い直した。
すると、虎杖は首を傾げて言う。
「えっと?なんでそんな話になったん?」
「…さっき、五条先生と喋ってたのが告白に見えたからだ」
質問に質問で返すなと思わなくもなかったが、そもそもいきなり部屋に連れ込んだ挙げ句説明もせずに脈絡のない話を持ち出した俺に文句を言う資格などないだろうと素直に返答した。
「ん~、いまいち納得できんけど…別に告白なんてしてないよ?だって俺が好きなのは、ああぁ!!」
よく考えたらこれだけで拉致なんてはた迷惑な話だな、と幾分か冷静になってきた頭で思うような理由。虎杖もそれに苦笑いをしながら先ほどの俺の問いに答え始めた、かと思えば言葉の途中で焦ったように声を上げ自分の手で自分の口を塞いでしまった。
今なんて言おうとしたんだ?俺が好きなの、は、だって…?
「お前が好きなのは、なんだよ」
「んー!!」
「答えろよ、お前が好きなのは誰か!」
「んーんー!!」
問う声が震える。虎杖は焦っているのかそれに気付く様子もなく全力で顔を横に振る。そんな様子に苛立ちのような焦りのような悲しみのようなよくわからない感情が湧き上がり、俺は声を荒げてしまう。そんな俺に全くひるまず虎杖は更に顔を大きく横に振った。
そんなに、答えたくないのか。
そんなに、俺には知られたくないのか。
そんなにも俺のことが嫌いなら、その、太陽のような笑顔を向けないでほしかった。
「……え?」
「え?─────ッ!?」
虎杖が本日何度目かの間抜けな声を出した。それで俺は、全て声に出ていたことに気づいた。思わず口を手で塞ぐが、それは無意味な行動で。
「なん、で、もない」
「なんでもなくないじゃん」
「なんでもないって言ってんだろ」
「いやだからそんなわけないでしょ。そもそも俺が伏黒を嫌いとかないからな。俺はむしろお前が好きなのに」
どう弁解していいかわからず、とりあえず言葉を口にするが、虎杖はそれを否定する。ヤケになってもう一度繰り返すがそれでも虎杖は否定してくる。どうすれば、と考える前に継がれた言葉が俺はすぐには理解できなかった。
「なん、だって…?」
「だぁから、俺は一人の男として伏黒が好きなの」
「でもだって、おまえ、おれをさけて…」
「当たり前だろ。元々伝えるつもりなんてなかったんだよ?それが呪いのせいで、いつうっかり言ってもおかしくなかったからさぁ」
「え、あ、それは…」
「だって伏黒のこと好きすぎるもん俺。不機嫌な顔もイケメンだし、とにかく顔がいいし、頼りがいがあるし、普段かっこいいのに式神達を大事にしてるところなんかかわいすぎてマジギュッとしたくなるし、無愛想に見えてめちゃくちゃ優しいし……まだまだあるよ、伏黒の好きなとこ。好きなとこ多すぎてこんなん呪いかかってる状態で近くにいたらすぐ声に出るって。普段どんだけ我慢してると思ってんの」
「……は?」
衝撃の事実にたじたじになりながらも勘違いをして悪かったと伝えようとしたが、それを遮ってマシンガントークが始まり、俺はぽかんとしてしまう。
「……えっと、ありがとう…?」
「どういたしまして?」
どう反応すべきかわからなくてとりあえず感謝を述べてみたら、虎杖も少しすねた顔をしながら返答した。
そんなおかしな会話に、2人とも笑ってしまう。
「……でも、言うつもり無かったのに、なぜ言ってくれたんだ…?お前なら、俺を突き飛ばして逃げることだってできただろ」
「だって伏黒なんか思い詰めてたし。そんな思いを伏黒にさせてまで、黙っておく理由なんてないだろ。好きなやつ苦しませたいわけない」
しばらく笑ったあと、虎杖のマシンガントークの衝撃で忘れていた疑問を思い出し、恐る恐る聞いた。そしたら虎杖は、さも当然のようにそう言ってのけた。
本当のことしか言えない今、それは間違いなく本心で。
「………かっけぇかよ」
「はは、伏黒に言われるとすっげえ嬉しいね。今なら地球真っ二つにできそう」
「お前が言うとシャレにならないからやめろ」
「いや、シャレになるだろ。それぐらい嬉しいけど普通に無理だからね?」
虎杖の言葉にまた一緒に吹き出す。さっきまでの俺の中のモヤモヤは、このたった数分であっという間になくなってしまった。
「……で、返事は?」
「…へ?」
「だから返事。俺、告白したも同然なんだけど?」
「あー…」
さっき盛大にやらかしたので俺の好意なんてバレバレだろうし、改めて言うのは恥ずかしい。だが、虎杖にここまで言わせておいて俺は逃げるなんて男が廃る。だからしっかり告白しなければと思っていると、しばらく黙っていたからか、虎杖が思わぬ爆弾発言をした。
「振るならさっさと振ってくれよな〜。宿儺の指20本飲んだら死ぬんだし、伏黒とどうこうなるつもりなんか元々なかったからさ。あとはお前から言われれば諦めつくと思うんだよね」
これはつまり、俺の好意には全く気づいていないし、本気で諦めるつもりなわけで。更に、自分が死ぬことをなんでもないように受け入れていて。
諦めたように苦笑いする虎杖に、俺はたまらなく悲しくなって、考えるより先に直球に言葉が出ていた。
好きだ、と。
「、え?」