春の訪れ、恋の始まり 四月某日。暦の上では春だが、春だと感じるにはまだ肌寒い日だった。
「行ってきます、父さん、母さん」
「行ってらっしゃい、玲太」
空港で父さんと母さんに見送られながら九年間過ごしたイギリスを後にした。日本の高校に通うため、四月の入学式に合わせた帰国だ。
「玲太、夏には帰るんだぞ」
「ああ……」
搭乗口へ向かう時、父さんからの一言に小さく頷いた。九月が新学期のイギリスから四月が新学期の日本の高校へ通うことは、入学手続きも大変だった通り簡単な話ではない。だから、父さんにも夏にはイギリスに戻るように言われていた。俺に与えられた時間はほんの僅かだった。その僅かな時間で気持ちの整理をつけなければならない。
飛行機に乗ると、いつか彼女に渡そうと決めている髪飾りをポケットから取り出して見つめる。彼女がいつも身に着けていた髪飾りとよく似たものだ。
(九年ぶりに会えるんだよな……)
この髪飾りもイギリスに着いてすぐの頃に買ったものだから、もう長いこと持っている。この髪飾りを見て彼女を想い続けていた。その彼女に九年ぶりに会えると思うと緊張してきた。彼女は昔から変わっていないだろうか。何よりあの時のことを覚えているのだろうか……?
(これを渡すのはもう少し先かな……)
髪飾りを渡すタイミングは彼女に会ってから決めようと髪飾りをポケットにしまった。
* * *
帰国した日、早速彼女の家を訪れたが、生憎彼女は入学の準備に備えて買い物に出かけているとのことで、彼女に会うのは翌日の入学式当日になった。彼女の母であるおばさんから聞いたのだが、驚くことに彼女も同じはば学に入学するらしい。小学校以来に彼女と同じ学校に通えるとは、ますます彼女との再会に俺は舞い上がっていた。
そして、翌日。高校の入学式の日に小学生の頃も通学路だったあの坂道で俺たちは九年ぶりに運命の再会を果たした。
「久々の再会なのに。しかめっ面かよ」
「もしかして……りょう――風真くん?」
太陽の光に眩しそうにしていた彼女はあの頃から変わらない様子で、あの頃と同じ髪飾りを身に着けていたから一目で彼女だとすぐに分かった。一方の彼女は俺を見て小学生の頃から雰囲気が変わったと驚いていて、りょうたくんと名前で呼んでいた昔とは違い、風真くんと苗字で俺を呼んだ。昔のように名前で呼んでくれるかと期待していたが、こういうのも含めて彼女だ、期待し過ぎた俺が悪いと割り切ることにした。何より彼女が元気そうで嬉しさの方が勝ってしまう。
ちょっと感動の再会が長引いてしまったが、彼女と二人で学校へ向かう。
「小一のときもさ、この坂道のぼって二人で学校行ってたよな」
「うん。……あ、そうだ!」
彼女は何かを思い出したように言う。
「何だよ?」
「おかえりなさい」
昔から変わらない笑顔で彼女はそう言った。
「ただいま……」
ずっと欲しかった彼女の言葉が聞けて、照れ隠しでよそを見ながらそう返した。やっぱりそうだ、俺が大好きな彼女のままだと先程の笑顔を見て確信した。
「……おまえ、覚えてる? あの時のこと」
ドキドキしながら彼女にあの時のことを聞いた。
「あの時……?」
俺にあの時のことを聞かれ、彼女は考え始める。果たして彼女はあの時のことを覚えているのだろうか。幼い頃のことのため朧げかもしれないが、どうかあの時のことだけは忘れないでいて欲しい……。少ししてから彼女は口を開いた。
「かざぐるまにした二人のお願い事のこと?」
彼女が口にしたのはかざぐるまの願い事のことだった。
「ソレ。見るからにおまえ、元気そうだし。“願い事”は問題なく叶いそうだな……」
彼女はあの時のことをはっきり覚えていてくれた。ほっとしたと同時に、あの時の“願い事”が順調に叶いそうな予感がした。
「ふふっ」
すると、彼女は突然笑った。そう言えば、彼女は昔からそんなふうに笑っていたことを思い出す。
「風真くんとこんなふうにまた一緒にいられるなんて、これから楽しくなりそう」
彼女のその笑顔がまた俺を舞い上がらせる。夏にはイギリスに帰るという父さんとの約束も消し飛び、これからの高校生活を全て彼女に捧げると決めた。
「ああ、俺も……。ほら、あそこ、桜が咲いてるぞ」
「ほんとだ。きれい……」
坂道から見える桜の花に彼女は小学校の入学式と同じように爛漫と咲く満開の桜の花と彼女の笑顔に、やっと春の訪れを感じた。