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    李南(りな)

    @r1na_54

    表に上げにくいR-18小説や作業進捗等
    現在GS4・玲マリ多め

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    李南(りな)

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    5月エアコレ新刊「風待ちオレンジ」の冒頭部を先週から加筆修正しました。高校3年間全く進展がなかった卒業ED後の玲マリの恋が動き出す話です。続きを夜にまたあげるかもしれません

    風待ちオレンジ「久々の再会なのに。しかめっ面かよ」
    「もしかして……りょう――風真くん?」
     高校の入学式の日、イギリスに引っ越していた幼馴染の風真くんと九年ぶりに再会した。さらに、同じはばたき学園に通い、クラスまで同じになるなんて驚いた。
    (もしかして、わたしたち――)
     風真くんとの再会に何か不思議なものを感じたわたしは淡い期待とときめきに胸を膨らませた。

     それから三年が経った卒業式の日、小学一年生の時に風真くんと二人でかざぐるまにお願い事をした思い出の教会で、わたしたちは――。
    「俺たち進歩が無さ過ぎ」
     と、風真くんが言うようにわたしたちは高校三年間全く進展がなかった。
    (あれ? こんなはずじゃなかったんだけどな……)
     入学当初こそ風真くんと一緒に登校したので、付き合っているのかと周囲によく聞かれた。だが、実際は付き合うどころかデートらしいデートも一度も無く、それほど親しいとはいえず、ただの幼馴染のまま高校三年間が過ぎてしまった。当然教会の扉も開かず、期待とは大きくかけ離れた三年間になってしまった。
    「これから二人で大反省会だ。ほら、喫茶店行くぞ?」
    「あっ……風真くん、待って!」
     風真くんに連れられて帰りに近くの喫茶店へ向かった。二人で喫茶店へ行くのは卒業式にして初めてで、少し緊張しながら席に着く。風真くんも向かいの席に着き、紅茶とわたしの好きなスイーツを注文してくれた。
    「おまえには入学式からの三年間をたんまり振り返ってもらう」
     注文を終えると、風真くんは真顔になり、早速大反省会を始めた。改めて高校三年間を振り返ってみると――。
    「えぇと……勉強ばかりしてた三年間だったかな?」
     名門であるはば学の授業はついていくだけでも大変だったので、高校生活の中でまず優先すべきは勉強だと思い、とにかく勉強を頑張った。お陰で期末テストの順位も学年の中で上位に入り、成績優秀な風真くんと同じ一流大学にも進学できそうだけれど。
    「そうだな、確かに勉強は大事だ。でもさ、勉強だけが高校生活じゃねぇだろ?」
     勉強ばかりだったわたしの高校生活に風真くんもやはり思うところがあったらしく、勉強以外のことにも目を向ける必要があったと説いた。
    「そうだよね。部活やバイトもだし、体育祭とか文化祭とか学校行事ももっと頑張れば良かったかな」
     確かに風真くんの言うように勉強ばかりの高校生活は味気なく、他のことにも力を入れるべきだったとわたしも反省した。だが、それでも風真くんは微妙な表情のままだった。
    「そうじゃなくてさ、もっとほら……俺とのこととか」
    「えっ?」
     風真くんの言葉にきょとんとすると、風真くんは溜息をついた。高校生になってから、そんなふうに溜息をつかれることが増えたような気がする。
    「えっ、じゃねぇんだよ……ったく。とにかく、おまえが一番反省すべきはそういうところだ。分かったな?」
     そういうところとはどういうところなのか。よく分からずぼんやりした反応をすると、風真くんにまた溜息をつかれてしまった。
    (やっぱりわたし、風真くんをがっかりさせてばかりだなぁ)
     だから、この三年間で彼と全く進展しなかったのだが。改めてそれを痛感し、肩を落としていたところにちょうど頼んでいた紅茶とスイーツが来た。大好きなスイーツにパッと表情を明るくするわたしに風真くんも「出たな、食いしん坊」と呆れたように言いながらも、卒業祝いだからとご馳走してくれた。何だかんだやっぱり優しくて、昔と変わらず親しくしてくれる。
    「でも、話はまだ終わってないからな」
    「は、はい……」
     優しさに喜ぶのも束の間、再び風真くんの小言が始まった。大反省会は長く続き、紅茶とスイーツを食べ終えて喫茶店を出る頃にはすっかり夕方になっていた。
    「ねえ、風真くん」
    「なんだよ?」
     思えば、入学式で再会したあの日から風真くんを昔のように〝りょうたくん〟と名前で呼んだことは一度もない。小学生の頃からすっかり大人っぽく成長した彼を昔のように呼べなくて、同じく風真くんも高校生になってからわたしを苗字で呼んでいる。それもこの三年間で風真くんと進展の無かった一因だろう。
    「りょ……」
     せめて最後は玲太くんと名前で呼ぼうとしたその時――。
    「あら、二人とも今帰り?」
     夕飯の買い物をしていたお母さんに声をかけられた。
    「お母さん!」
    「おばさん、こんにちは」
    「こんにちは、玲太くん。今日は卒業式だったわよね。二人で寄り道してたの?」
    「うん。風真くんと喫茶店に行ってて」
     お母さんは昔と変わらず玲太くんと呼んでいるのに、わたしはついまた風真くんと呼んでしまった。相変わらず彼を名前で呼べずにいることに引け目を感じる。
    「お母さんは夕飯の買い物?」
    「ええ、今日はあなたの卒業式だから夕飯はご馳走にしようと思って」
    「ほんと? 嬉しい」
     先程喫茶店でスイーツを食べたにも拘わらず、夕飯もご馳走だと喜ぶと、風真くんにクスっと笑われてしまった。ちょっと恥ずかしい。
    「そうだ、良かったら玲太くんも一緒にどう? 一人暮らしでしょう」
     お母さんは風真くんにもうちで一緒に夕飯を食べないかと声をかけた。ご両親がイギリスにいるため、風真くんは一人暮らしだ。
    「えっ、いいんですか?」
    「うん。風真くんもおいでよ」
     折角の卒業式の日に一人で夕飯は寂しいと思うし、一人暮らしで色々大変だろうから元々うちを頼って欲しいと思っていたので、わたしからも誘った。
    「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
     風真くんは少し考えてからうちに来ると言ってくれた。
    「ふふっ、じゃあ一緒にうちに帰ろう」
     もう少し風真くんといられることが嬉しくて、そのまま一緒に自宅へ帰った。

    「二人とも卒業おめでとう。たくさん食べてね」
    「ありがとう、お母さん」
    「ありがとうございます、おばさん」
     わたしの家でお母さんが作ってくれたご馳走を風真くんと一緒に食べた。風真くんはお母さんの料理を美味しいとたくさん食べていて、いつも家に一人だから誰かと食べるのは賑やかでいいなと楽しそうな様子で、わたしもうちに来てもらって良かったなと思った。
    「ただいま。あれ? お客さんかな?」
     夕飯の最中、お父さんも帰って来た。お父さんは小学生以来会っていない風真くんを見て驚く。
    「あっ、お父さん、風真くんが来てるの」
    「お久しぶりです、おじさん」
    「ああ、玲太くんか! 高校からこっちに帰って来たって聞いたけど、こんなに立派に成長して……」
     お父さんは小学生の頃から成長した風真くんをまじまじと見つめる。幼馴染の父親に見つめられて、風真くんも少し緊張した面持ちになったが、心配しなくても風真くんなら大丈夫なのに。
    「うん。玲太くんなら、安心してうちの娘を任せられるな」
    「えっ⁉ お父さん?」
     風真くんを見て何やら満足そうに頷くお父さんに驚く。
    「そうよね。玲太くんなら、安心よね」
     さらにお母さんもお父さんに頷く。
    「お母さんも……。もう、風真くんの前で変なこと言わないでよ!」
     お父さんもお母さんも風真くんを信頼しているようだが、まるでわたしたちが将来結婚するかのように話が飛躍し過ぎて恥ずかしい。風真くんだって、そんなことを言われてもきっと迷惑だろう。
    「だって、あなたたち帰りも一緒だったし、付き合ってるんでしょう?」
    「えぇっ⁉」
     どうやら、わたしたちが付き合っていると思い、お父さんとお母さんはそう言ったらしい。だが、実際のわたしたちはとても付き合っているとは言えない。
    「お父さん、お母さん、わたしたちは……」
     期待するようにわたしたちを見つめるお父さんとお母さんに何と言えばいいのか困惑していると、風真くんが口を開いた。
    「すみません、おじさん、おばさん。残念ながら高校三年間ではそこまで至りませんでした」
     風真くんはわたしたちのありのままをお父さんとお母さんに話した。いいのかと戸惑うわたしに「嘘ついてもしょうがないだろ」と小声で言う。
    「そうなの?」
     お父さんもお母さんもわたしたちが付き合っていないと知り、やはり残念そうな表情になる。
    「はい。ですが、今後とも娘さんとは親しくさせて頂きたいと思いますので、改めてよろしくお願いいたします」
     と、風真くんは丁寧にお辞儀をした。改まってそんなふうに挨拶されると、何だかわたしまでドキドキする。
    「勿論よ。玲太くんみたいな素敵な男の子が娘と仲良くしてくれて嬉しいわ」
    「こちらこそ、これからも娘を頼みます」
     お父さんとお母さんも改めて風真くんにわたしのことをよろしくと挨拶すると、わたしからも挨拶するように目配せした。
    「あっ、えっと……これからもよろしくね、風真くん」
    「ああ、よろしくな」
     風真くんはにこやかにそう返してくれたが、どこか寂しそうにも見えた。どうしてだろう。

     夕飯を食べ終えると、自宅へ帰る風真くんを玄関まで見送った。
    「ごめんね、風真くん、お父さんとお母さんが変なこと言って」
    「変じゃねぇよ。当然のことだろ?」
    「えっ?」
     風真くんがお父さんたちの言ったことを変に思わなかったのは良かったが、当然のこととは……? 首を傾げると、風真くんはまた溜息をついた。
    「ほんと、おまえだけ分かってないのな」
    「えっと……ごめんね」
     高校生活最後の最後まで風真くんをがっかりさせてしまった。申し訳なくて俯くと、風真くんはふっと力なく笑った。
    「けど、それがおまえだもんな? 夕飯誘ってくれてサンキュ。また大学でな」
     と、切り替えるように風真くんはそう言い、いつものように「じゃあな」と手を振った。
    「うん、またね」
     わたしも手を振り返すと、玄関のドアが閉まり、風真くんの姿が見えなくなった。これで風真くんとの高校生活が本当に終わる――。
    (本当にこれでいいの……?)
     その時、心の中でそう呟く自分がいた。高校を卒業してからも大学も風真くんと一緒だし、家も近所だけれど、このままぼんやりしていたら、きっとまたあっという間に卒業式を迎えてしまう。そうしたら、もう――。
    「ちょっと行って来る!」
     気づいたら、玄関を飛び出して風真くんの元へ走っていた。

     * * *

     高校の入学式に幼馴染のあいつと運命的な再会を果たしてから三年が経ち、迎えた卒業式の日。あいつの家で夕飯をご馳走になり、一人の帰り道で今日何度目か分からない溜息をつく。
    (まさかこの三年間で何も無かったなんてな……)
     そもそも最初から不安の方が大きかった。あいつとの再会に喜び、俺たちにとって大切なあの時のことを覚えているか早速聞くと、あいつは「いろんな時があったけど、どれかな……」と覚えていない様子で、出鼻をくじかれたようで落胆した。
     後日、昔のことをふっと思い出すかもしれないとはばたき城へ連れて行くと、あいつはあの時に二人で聞いた教会の鐘の音もかざぐるまの願い事も忘れていないと言った。無駄な心配をしていたと力が抜けたと同時に、あいつがあの時のことを覚えてくれていて、かざぐるまの願い事に希望が持てた。
     だが、それからは時間ばかりが過ぎて行き、俺たちに進歩は無かった。あいつが鈍いのは重々承知とはいえ、少しくらい何かあってもいいのではと期待していたが、本当に何も無かったとは……。
    (高校三年間で何も無かったからって、かざぐるまの願い事が叶わないってわけじゃないしな……)
     これであいつとの縁が切れるわけではないと自分に言い聞かせるが、そう思えば思う程、この三年間に対する後悔の念は大きくなるばかりだ。結局のところ未練がましいのだ。イギリスから帰国して、卒業式後に出会ったあいつに「俺は卒業しないでおくよ」と言った通り、やはり俺はまだ卒業できそうにない。でも、卒業しなければいけないのだと頭では分かっていると、今日で着るのが最後であろう制服のポケットから家の鍵を取り出した時だった。
    「風真くん」
    俺を呼ぶあいつの声が聞こえた。
    (なんで、あいつの声が……?)
    にわかには信じがたいことに鍵を持つ手が止まる。

     * * *

     風真くんを追いかけて夢中で走ると、ちょうど彼の家の前で玄関の鍵を開けようとするその姿を見つけた。まだ間に合う。
    「風真くん」
     帰宅する彼を呼び止めたが、聞こえなかったらしくこちらを振り向かなかった。でも、ここまで来て諦めちゃダメだ。めげずにもう一度大きな声で彼を呼ぶ。
    「玲太くん!」
     十年ぶりに彼の名前を呼んだ。その声は静かな夜の街に響き、今度は風真くん、いや、玲太くんにも聞こえたようで驚いたような表情で振り向いた。
    「おまえ、なんで……?」
    「え、ええと、わたし……」
     自分で呼んでおきながらいざとなると上手く言えない。でも、言わなきゃ。でないと、きっとこの先ずっと後悔する。それだけは分かるから意を決して口を開いた。
    「わたし、玲太くんとの高校生活がこのまま終わるなんて嫌!」
    「えっ……?」
     今までにないくらい強い口調のわたしに玲太くんはさらに驚いて切れ長の目を丸くするが、構わず話し続ける。
    「入学式の日、玲太くんが九年ぶりにイギリスから帰って来て、わたし、すごく嬉しかった。玲太くんとまた昔みたいに仲良くできたらいいなって」
     小学校一年生以来に玲太くんに会えて、同じはばたき学園へ通えるなんて、本当に奇跡みたいで何かを感じずにはいられなかった。
    「でも、玲太くんに進歩が無さ過ぎって言われて、このまま高校生活が終わるって思ったら、本当にこれでいいのかって思ったの……」
     卒業式にしてやっと気づいた、わたしの本当の気持ち。玲太くんに伝えなきゃ――。
    「わたし、もっと玲太くんと一緒にいたい……!」
     本当は高校三年間もずっとそう思っていた。でも、どうしてか玲太くんの隣に行く勇気がなくて、どうしようと躊躇しているうちに三年間が過ぎてしまった。今更遅すぎるのは分かっているけれど、それでも伝えたかった。
    「最後の最後にやっと、だな?」
     玲太くんを見上げると、嬉しそうに目尻を下げて微笑んでいた。こんな表情は初めて見たかもしれない。
    「それと、名前も……やっと呼んでくれたな」
    「あっ……」
     玲太くんはわたしが名前で呼んだことも喜び、わたしのことも小学生以来に名前で呼んだ。十年ぶりに呼ばれた名前にドキドキする。
    「入学式の日は、タイミング逃したけど、昔はこうだったよな? だからさ、俺たちにはこっちの方が普通。……だろ?」
    「うん、そうだね。わたしもずっと〝玲太くん〟って呼びたかった」
    「マジでこのままだったら、どうしようかと思ったよ」
     やっと昔のように名前で呼び合えて二人で笑い合う。なんだかちょっとくすぐったいけれど、今度こそ玲太くんと何かが始まりそうな予感がした。
    「それで、これからどうしよう……」
     ほとんど勢いで家を出て玲太くんに会いに来たから、これからどうするか考えていなかったし、どうすればいいのか分からない。やっと一歩踏み出せたと思ったのに、このままではその先に進めない。見兼ねた玲太くんが口を開いた。
    「そんなの決まってるだろ。早速だけど、明日、空いてるか?」
    「えっ? うん、空いてるけど……」
     明日は特に何の用事もないが、一体何をするのかと首を傾げる。
    「よっし。じゃ、明日デートしよう」
    「えっ! デート⁉」
     高校三年間全く縁が無かった言葉に思わず大きな声が出てしまう。この三年間玲太くんと何の進展も無かったのに、卒業式翌日にデートなんて急展開過ぎる。
    「そんな驚くことかよ……ったく」
    「だって、デートだなんて急だって思って……」
     玲太くんはデートを急な話ではないと言うが、これまでデートらしいデートの経験がないわたしにとっては大事だった。
    「今までが遅すぎたんだ、むしろ。高校三年間でできなかった分、これから取り戻そうぜ」
     確かに玲太くんの言う通り、これくらい勢いがなければ、わたしたちは前に進めないのかもしれない。それでもやはりデートという言葉に対して躊躇してしまうと、玲太くんは再び穏やかな表情になり、こう言った。
    「そんな難しく考えなくていいから。また昔みたいにさ、二人で遊ぼうぜ」
     そうだった。幼稚園や小学生の頃も玲太くんとよく二人で遊んでいて、またあの頃みたいに二人で過ごせたらと思っていた。そう考えると、少し気持ちが楽になった。
    「うん。行こう、明日」
     卒業式翌日にして初めて玲太くんとデートへ行くことが決まった。

     * * *

     卒業式の翌朝、昨日の今日で玲太くんとデートへ行くことになったとお母さんに話すと「やっぱり付き合ってたんじゃない」とニヤニヤされながらも、快く行ってらっしゃいと言われた。
    (服、どうしよう……)
     一方のわたしは部屋のクローゼットの前でデートに着て行く服について悩んでいた。高校生の頃、バイトもしていなかったからあまり服も買えず、デートに着て行けそうなかわいい服が少ない。玲太くんは昔みたいに遊ぶような感じで難しく考えなくていいと言ってくれたが、一緒にいて恥ずかしくないように少しでもかわいくして行きたい。
    「ええっ⁉ もうこんな時間⁉」
     家を出る予定だった時間をとっくに過ぎていた。これでは初デートにして遅刻だ。手持ちの服の中で一番かわいいと思う白いリボン付きのブラウスとスカートに着替えると、急いで家を飛び出して待ち合わせ場所へ走った。

     待ち合わせ場所のバス停に着くと、やはり玲太くんは既に来ていた。すぐに待たせてしまったことを謝る。
    「ごめんね、待った?」
    「ええ、待ちました」
     丁寧な物言いではあるものの、どこか含みのある言い方だ。初デートから遅刻なんてやっぱり怒っているよね……。
    「……ごめんね?」
     上目で玲太くんを見つめてもう一度謝った。すると、玲太くんの顔がかあっと赤くなる。
    「…………おまえさ、それわざとやってる?」
    「え?」
    「んなワケないか……なんでもない。次から気を付けるよーに」
     遅刻したことは許してくれたみたいだが、何か変なことをしてしまっただろうか。デートの最初からいきなり失敗してしまったかと心配すると、
    「へえ……いいじゃん」
     玲太くんはわたしの服装を褒めてくれた。
    「えっ?」
    「その格好。おまえらしいって言うか、すごく似合ってる。自分のこと、わかってる証拠だな」
    「あ、ありがとう」
     心配だった服装を玲太くんに気に入ってもらえてホッとした。わたしも玲太くんの私服姿を高校生の頃はあまり見たことがないので、改めて見るが、白いシャツとジーンズを着こなしていてやっぱりかっこいいなと思う。そして、偶然にも玲太くんもわたしもトップスが白なので、お揃いみたいでちょっとドキドキした。
    「ほら、バス来たぞ」
    「あ、うん」
     待ち合わせから程なくしてバスが来て、玲太くんと一緒に乗り込む。そして、向かった場所は――。

    「遊園地か」
    「やっぱりデートって言ったら、ここかなーと思って」
     定番かもしれないけど、デートと言われて真っ先に浮かんだのはここだった。小さい頃、家族でよく来たけれど、玲太くんと来るのは初めてだ。
    「春休みだからかすごい人だな」
    「そうだね」
     やはり春休みだからか遊園地はいつも以上に賑わっていた。家族連れ、学校が休みの学生グループ、そして、カップルも。ふと、カップルを見ると、みんな手を繋いでいることに気づいた。何となく玲太くんの手をじっと見つめる。
    「何か言いたげだな?」
     玲太くんに気づかれてしまいドキっとする。
    「えっ、えっと……」
     わたしたちも手を繋いだりするのかな、なんて。幼稚園や小学生の頃は玲太くんと手を繋いでいたけれど、高校生ともなれば手を繋ぐ意味が変わってくることくらい、わたしも分かっている。デートすら初めてのわたしたちが手を繋ぐなんてまだ早いかな……と思ったら、目の前に玲太くんの手が差し出された。
    「ほら」
    「えっ?」
    「迷子になったら困るだろ?」
     玲太くんは手を繋ごうともう一度わたしに手を差し出した。小学生の頃は手の大きさもほとんど変わらなかったのに、今は一回り以上も大きい。
    「えっと……いいの?」
    「いいから手、貸せよ」
    「う、うん……」
     差し出された玲太くんの手にそっと自分の手を重ねると、玲太くんはわたしの手をしっかり握った。大きくて温かい手に包まれたその瞬間、ドキっと鼓動が大きく跳ねたのを感じた。
    「なんか、ドキドキするね……」
    「ああ……難しいよな、手繋ぐタイミング」
     と、頬をかきながら照れたように言う玲太くんになんだかわたしまで照れてしまう。手を繋ぐって、こんなにドキドキするんだ……。小さい頃にはなかった気持ちで、これが幼い頃の遊びとは違うデートなんだと認識させられる。
    「さて、どうしよっか?」
    「えっと、まずは……」
     わたしも遊園地自体久しぶりだし、玲太くんと乗りたいアトラクションはたくさんある。ジェットコースター、コーヒーカップ、バンジージャンプ……玲太くんと今まで一緒に行けなかった分を取り戻すように遊園地のアトラクションを堪能した。
    「お化け屋敷は夏しかやってないみたいだな」
    「あと、ナイトパレードも八月だけみたい」
     残念ながらお化け屋敷とナイトパレードは三月の今は行けない。アトラクションによっては季節限定のものもあるらしく、高校生の頃に夏に一緒に行っていればと後悔すると、玲太くんは手を繋いでいない方の手をわたしの頭にぽんと置いた。
    「そんな顔すんな。夏にまた来ようぜ、な?」
     優しく微笑んで玲太くんはそう言った。そうだ、昔一緒に遊んだ時も玲太くんはいつもこんなふうに優しくしてくれた。
    「……うん! ありがとう、玲太くん。一緒にまた来ようね」
     だから、わたしも玲太くんと一緒にいるのが楽しくて、もっと二人の時間を過ごしたいと思うのだ。
    「ほら、次行くぞ。時間的に次が最後だな」
    「えぇと、それじゃあ最後は……」
     玲太くんと手を繋いで最後のアトラクションへ向かった。手を繋ぐのはまだドキドキするけれど、一日中繋いでいたお陰か、最初に比べて少し自然にできるようになった気がする。
    「最後は観覧車がいいな」
    「OK。何色のゴンドラが来るかな?」
     玲太くんと最後に乗ったのは観覧車だった。なんとなく最後は観覧車って感じがしたけれど、玲太くんは観覧車好きかな……? 観覧車から景色を見ながら玲太くんと何気ないことを話す。
    「周りにはたくさん人がいるのにさ、これに乗ると、完全に二人になるな」
     観覧車が頂上付近に差し掛かった時、不意に玲太くんはそう言った。確かに遊園地にはたくさんの人がいるけど、この観覧車には今、玲太くんとわたしの二人しかいない。ということは……。
    「何しててもわからないよね?」
     何気ない気持ちでそう言った。すると、玲太くんは真剣な表情になり、何かを考え始めた。
    「確かに頂上までいけば、前のゴンドラからも角度的には見えないな……シチュエーションとしても最高だし」
    「玲太くん?」
     一体何の話をしているのだろうか。全く分からず首を傾げると、玲太くんはハッとして頬を赤らめた。
    「いや、わりぃわりぃ。こっちの話。何でもありませーん」
    「えっ……?」
     今の様子から何でもないようには見えないのだが。一体何を考えていたのだろう。
    (そう言えば、高校生の頃も……)
     高校三年生の夏に教室のカーテンの中で玲太くんと二人きりになった時のことを思い出す。玲太くんをすごく近くに感じて、そこに二人だけしかいない世界みたいだった。高校三年間全く進展が無かった玲太くんとの数少ない思い出。あの時も玲太くんはわたしに何かを言おうとしていたようだったが、結局分からずじまいだった。
    (玲太くん、わたしに何か隠してる……?)
     玲太くんの隠されたその気持ちを探るように長い前髪越しに見える目をじっと見つめるが、すぐに逸らされてしまった。まるでわたしに知られたくないような……気になるけれど――。
    「もう一周回ったか。ほら、足元気を付けろよ」
    「あっ、うん。ありがとう」
     そんなことを考えているうちに観覧車は一周回り終えていた。差し出された玲太くんの手を取り、ゴンドラを降りると、空はオレンジ色に染まって夕暮れだ。
    「もう帰る時間だね」
    「ああ。どうせ近いんだし、家まで送ってやる」
     帰りも玲太くんは家まで送ると言ってくれた。家が近所だからという理由でも、もう少し玲太くんと一緒にいられて嬉しかった。
    遊園地からの帰り道、いつもの坂道で玲太くんは突然足を止めた。小学生の頃に玲太くんと教会の鐘の音を聞いたのも確かこの辺りだった。
    「やっぱり聞こえないか、鐘の音」
    「そうだね……」
     玲太くんは切なげに教会の方を見つめる。二人でかざぐるまにお願い事をしたあの時を最後に教会の鐘の音は聞いていない。玲太くんがこっちに帰って来てからも、もう二度と聞けないのだろうか。
    「でも、今日、玲太くんと一緒に遊園地に行けて、すごく楽しかったよ。ありがとう」
     玲太くんを何とか元気づけたくて、今日のデートのお礼を伝えた。玲太くんと再会してから初めてのデートまでに三年もかかってしまったけれど、今日のことはわたしたちにとってきっと大きな一歩だと思うから。
    「俺の方こそ、今日はサンキュ。俺、こっちに帰って来て良かった――そう思える一日だった」
     と、玲太くんもわたしにお礼を言い、満面の笑顔を見せた。心からの笑顔――玲太くんのこんな笑顔は再会してから初めて見たような気がする。ずっと見たかったその笑顔に、胸の奥がきゅんっとときめくのを感じた。わたしも玲太くんと再会してから、こんな気持ちは初めて――。
    「…………」
    「おい、どうした?」
     黙り込んでいるわたしに玲太くんは心配そうに聞く。
    「あっ、ごめんね。……わたし、玲太くんからずっとその言葉が聞きたかったの」
     玲太くんがはばたき市に帰ってわたしが嬉しかったように、玲太くんにもこっちに帰って来て良かったと思って欲しかったから。玲太くんの心からの笑顔でその言葉を聞けたのが本当に嬉しくて、涙が溢れそうだった。折角のデートの帰りに泣いてはダメだと堪えようとすると、玲太くんはわたしを腕の中に引き寄せた。全身が玲太くんの温もりに包まれる。
    「えっ……玲太くん?」
     玲太くんに抱きしめられていることに気づくと、今日一番胸が高鳴った。手を繋いだことは幼い頃にもあったけれど、抱きしめられたのはきっとこれが初めてだ。今までにない出来事にどうしたらいいのか分からず、ただただドキドキしていると、玲太くんが口を開いた。
    「こっちに帰って来て良かったなんて、そんなの、入学式の日のここでおまえに会ってからずっとそう思ってるよ」
     玲太くんはそう言って、わたしの目に浮かぶ涙を指で優しく拭った。
    「そう、なの……?」
    「当たり前だろ」
     屈託のない笑顔を玲太くんはわたしに向けた。再会してから玲太くんをがっかりさせてばかりだと心配していたけれど、玲太くんは入学式に再会した時からずっとそう思ってくれていたなんて……ホッとしたり、嬉しかったり、色んな想いが込み上げてきて、わたしも玲太くんに腕を回した。その時だった。
    「鐘の音……?」
     教会から鐘の音が聞こえた。小学生以来に玲太くんと聞いた懐かしい音。
    「こっちに帰って来てから初めて聞こえた、鐘の音」
    「うん、わたしも。玲太くんと一緒に初めて聞いた」
    「おまえも? ……ってことはさ、俺たちちょっとは進歩したよな?」
    「うん、そうだね」
     久しぶりに聞いた鐘の音に嬉しそうに喜ぶ玲太くんにわたしも頷いた。
    やっと今、玲太くんとわたし――久しぶりに聞いた鐘の音はわたしたちの本当の始まりを告げているようだった。
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