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    李南(りな)

    @r1na_54

    表に上げにくいR-18小説や作業進捗等
    現在GS4・玲マリ多め

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    李南(りな)

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    エアコレ2023春発行予定の新刊「風待ちオレンジ」の冒頭部の続きです。去年5月のエアコレの展示小説「ミッドナイトブルーは突然に」に当たる話ですが、夏DLCのボイスドラマを聞いてから展開が大きく変わりました。昔の思い出に対する玲太くんとマリィちゃんの気持ちの違いの部分が高校時代に進展しなかった影響に関わって来そうだなと思って
    ※正式なサンプルではないので、後程加筆修正する可能性があります

    風待ちオレンジ 卒業式翌日にして初めて玲太くんとデートして、その帰りに小学生以来に教会の鐘の音を聞いた。
     あの後すぐに玲太くんと教会へ向かったが、鐘はもう鳴っていなかった。
    「鐘、鳴らなかったね」
    「だな。やっぱりかざぐるまに願い事した、あの時一回だけか」
     あれ以来にもしかしたら……なんて密かに期待していたのでちょっと残念だったが、それでも玲太くんともう一度鐘の音を聞けて嬉しかった。
    「……でも、あれ以来鐘の音が聞こえたってことは、まだ可能性アリってことだよな?」
    と、玲太くんはボソリと呟いた。可能性アリとはもしかして――。
    (もしかして、かざぐるまの願い事のこと?)
     気になって聞こうとしたが、外はもうすっかり暗くなり、門限が迫っていた。もううちへ帰らなければならず、この日はかざぐるまの願い事のことを玲太くんに聞けなかった。
     教会から自宅の前まで玲太くんに送ってもらった。
    「ありがとう、家まで送ってくれて」
    「どういたしまして。なぁ、もう次、決めとくか?」
    「えっ、次?」
     帰り際に玲太くんから早速二度目のデートの提案があった。今日初めて玲太くんとデートして、すごく楽しかったから、勿論わたしもまた玲太くんとデートしたいけれど……。
    「来週はみちるちゃんとひかるちゃんと卒業旅行へ行く約束が……」
     残念ながら来週は高校の友達のみちるちゃんとひかるちゃんと先約があった。
    「卒業旅行?」
    「うん。修学旅行でみちるちゃんとひかるちゃんと自由行動した時、卒業旅行も行こうねって話になって」
    「修学旅行か……」
     修学旅行を思い出したのか玲太くんは苦い表情になる。高校三年間で玲太くんと全く進展が無かったということは、当然修学旅行も自由行動に玲太くんを誘えず、一緒に過ごせなかった。
    「えぇと、自由行動、一緒に行けなかったよね……」
     小学校と中学校の修学旅行は玲太くんがイギリスにいたため、幼馴染ながら高校にして初めて一緒に行ける修学旅行だったのに。一緒に自由行動をしたみちるちゃんとひかるちゃんからも「風真くんはいいの?」と聞かれたが、当時のわたしは玲太くんを自由行動に誘う勇気はなかった。
    「いいって。もう過ぎたことだろ」
    「でも……」
     今更ながら玲太くんを自由行動に誘わなかったことを後悔する。もし、玲太くんと修学旅行を一緒に過ごせたら、きっと今日のデートみたいに楽しかったんだろうな……。
    「だから、修学旅行もこれから取り戻せばいい」
    「えぇっ⁉」
     玲太くんの言葉に驚いて大きな声が出てしまった。玲太くんもまたわたしの大声に驚く。
    「なんだよ?」
    「だって、修学旅行を取り戻すってことは、その……」
     今日初めてデートしたばかりなのに、旅行はさすがにまだ早過ぎるのではないかと伝えようとすると、
    「〝そういうのはまだ早い〟って言うんだろ?」
     まるでわたしの考えをお見通しかのように玲太くんは言う。
    「う、うん……」
    「今日初めてデートしたばかりで、おまえがそう思ってるくらい俺も分かってるよ。だから、今すぐ行こうとは言ってないだろ?」
    「あっ……」
     旅行という言葉の衝撃が大きくて、つい早とちりしてしまったことに気づきハッとすると、玲太くんにクスクス笑われた。
    「ほんとせっかちだな、おまえ。文化祭のときも……」
    「文化祭って……もう、あの時のことは忘れてよ!」
     文化祭のことを話そうとする玲太くんを慌てて止めた。実は高校では手芸部に所属していたのだが、勉強ばかりで部活が疎かになってしまったせいか、三年生の文化祭のウエディングドレスショーで転んで失敗してしまった。あれは今思い出すだけでも恥ずかしいのに……。
    「それは無理な話だな。折角おまえのあんな姿見られたんだし」
    「もう……」
    でも、わたしもあの時玲太くんがかけてくれた言葉は忘れられない。
    ――俺が近いうちに、そのドレスもう一度着せてやる。
    その言葉が嬉しくて「いつ……?」と聞いたら「……ったく、せっかちなんだよ。だから転ぶんだ」と笑われてしまった。これも高校生活での数少ない玲太くんとの思い出の一つだった。
    「ま、俺たちの旅行はまだ先にするとして、次のデートは花椿たちとの旅行から帰って来たら、また連絡するから」
    「うん、分かった。またね」
     ひとまず春休みのうちに二回目のデートをする約束だけして、玲太くんと別れた。
    (いつか、玲太くんと二人で旅行へ行ったりもするのかな)
     デートも初めてしたばかりで、今はまだそんなこと考えられないけれど、もっと玲太くんと親しくなれたら、とは思った。

     初デートから一週間が経ち、みちるちゃんとひかるちゃんとの卒業旅行の日がやって来た。
    「おはよう、マリィ」
    「おっはよー! マリィ、元気にしてた?」
    「うん。みちるちゃんもひかるちゃんも元気そうで良かった」
     二人に会うのは卒業式以来なのだが、高校生の頃と変わらずわたしをマリィと呼び元気そうだった。四月からみちるちゃんはイタリアへ行くことになっていて、ひかるちゃんも新体操で体育大学へ進学に加えて芸能活動も始めるらしい。高校のように三人でこうして集まれることはしばらくなさそうなので、一緒に卒業旅行へ行けて良かった。
    「ねぇ、マリィ……」
     突然ひかるちゃんはじっとわたしを見つめてきた。
    「えっ、どうしたの?」
     そんなふうにじっと見つめられると、何か変なところがあるのかと心配になる。家を出る前に身だしなみは確認したはずだが……。
    「マリィ、やっと恋したんだね!」
    「えぇっ⁉」
     ひかるちゃんは目を輝かせていた。こんなにも嬉しそうに喜んでいる姿は初めて見る。
    「ひかるには分かる! 卒業式からマリィの恋に進展があったこと」
    「こ、恋?」
     恋とはまさか玲太くんとのことを言っているのだろうか。卒業式からの出来事を二人にはまだ何も話していないのに。
    「み、見ただけで分かるの?」
    「もちろん。マリィ、卒業式からますますかわいくなってるもの」
    「みちるちゃんも……」
     みちるちゃんも嬉しそうに微笑んでいる。卒業式からかわいくなったなんて自分ではよく分からないのだが、二人には分かるらしく、やっとマリィの恋が動いたねと盛り上がっていた。
    「で、卒業式から何かあったの?」
    「実は玲太くんと……」
     二人に玲太くんとのことを話した。卒業式の日にしてやっと玲太くんへの気持ちに気づいたこと、そして、その翌日に遊園地で初めてデートしたこと。
    「アハ! 高校の時から大進歩じゃん、マリィ! 風真くんのことも名前で呼んでるし」
    「昔もそう呼んでたけど……どうかな?」
    「その方がいいよ~。幼馴染カップルらしくて」
    「そうね。風真くんもマリィのことまた名前で呼んでくれるようになったんでしょ? 良かったじゃない」
    「うん……」
     高校生の頃から恋バナを期待されていただけにようやくそれらしい玲太くんとの話を、二人は終始楽しそうに聞いていた。
    「で、風真くんと付き合うの?」
    「えっ⁉ 付き合うって、まだそんなんじゃ……」
     ひかるちゃんに玲太くんと付き合うのかと聞かれ、恥ずかしくて赤面してしまう。
     初めてのデートで手を繋いだり、抱きしめられたりはあったけれど、手を繋いだのは遊園地で迷子にならないようにするためだったし、抱きしめられたのも私が泣きそうだったから慰めてくれたようなものだった。何より「好きだ」「わたしも」のような告白がない。だから、玲太くんと付き合うなんてまだ早いのではないかと思う。
    「もうっ、マリィったら、相変わらず鈍いんだから~」
    「えぇっ? 鈍い?」
     高校生の頃もひかるちゃんや周りから鈍いとよく言われたが今でもそうなのか。誰かと付き合った経験が無いから、恋愛について疎いとは自分でも思っているけれど……。
    「ねぇ、高校生の頃もずっと思ってたんだけど、どうして両想いじゃないの?」
     そもそも玲太くんとわたしが恋人でないこと自体を疑問だとみちるちゃんは言う。
    「だよねぇ? マリィと風真くんの〝好き〟の意味が違ってるのかなぁ?」
     ひかるちゃんも首を傾げた。
    (玲太くんとわたしの〝好き〟の意味が違う?)
     一体どういうことなのだろう。わたしにとって玲太くんはたった一人の大切な幼馴染で、玲太くんにとってもわたしはそうなのだろうと思っていたけれど、実際はそうではないのか。
    確かに遊園地デートで、観覧車での様子から玲太くんはわたしに何か隠している気持ちがありそうだったけれど、まさかそれが……?
    (玲太くんはわたしをどう思っているんだろう……)
     改めて玲太くんに自分はどう思われているのか初めて気になった。
    「とにかく今のマリィにとって、風真くんと二人で一緒に過ごして、風真くんのことをもっと知るのが大事だと思うからさ、ひかるにまた何でも相談してよ」
    「私も。デートのオシャレのことなら任せて」
    「ありがとう、二人とも」
     みちるちゃんとひかるちゃんは卒業してからも変わらず、というか本格的にマリィの恋のキューピッドができると、玲太くんとのことを応援すると言ってくれた。
    「で、風真くんとデートをするなら、二人きりになれる所がオススメかな。他にはショッピングも~」
    「服は今マリィが着てるキュートもいいけど、セクシーとも組み合わせて小悪魔系を……」
     こんな感じで旅行中もみちるちゃんとひかるちゃんから色々とアドバイスをもらった。もちろん旅行も楽しかったけれど、卒業後にして二人とガールズトークで盛り上がれてわたしも嬉しかった。その大半が玲太くんとのことなので、ちょっと恥ずかしかったりもしたけれど。

     卒業旅行から帰った後、旅行中に聞いた二人からのアドバイスを元に次の玲太くんとのデートに向けて一人で服を買いに出かけた。四月から大学生になるので、何にせよ私服はもっと必要だし。
    (ちょっとセクシー過ぎないかな?)
     勧められたセクシー系の服を手に取って悩む。今までにこんな服着たことないし、キュートと合わせるにしても、わたしが着るにはまだ早いかと躊躇ってしまう。
     でも、折角のアドバイスだし、わたしも大学生になるから、ちょっと大人っぽい服も着てみたいかもと思い、悩んだ末に買うことにした。
    (わたしがこんな服着たら、玲太くん何て言うかな)
    なんてドキドキしながら店を出ると、その玲太くんにばったり出会った。
    「あっ、玲太くん!」
     こんなところで出会うとは思わずちょっとドキっとした。
    「あっ、おまえ。旅行から帰って来たんだな。今日は買い物か?」
    「う、うん、そうなの」
     何となく買った服の入ったショッパーを後ろに隠してしまう。今すぐ見られるわけでもないのに。この服を玲太くんの前で着るのは少し勇気が要るかもしれない。
    「えぇと……玲太くんもお出かけ?」
    ショッパーを隠してしまったことを怪しまれないように話を逸らす。
    「俺はおじいちゃんの店の手伝いの帰り」
    「おじいさんのお店?」
     玲太くんのおじいさんもわたしたちの近所に住んでいて風真骨董店を営んでいる。高校生の頃も玲太くんは雑貨屋シモンのバイトの他におじいさんの骨董店も時々手伝っていて忙しくしていた。
    「ああ。高校卒業してからもこっちに残れることになったから、大学からは本格的に手伝うんだ」
    「そうなんだ。すごいね」
     詳しいことはよく分からないながらも、高校生の頃以上におじいさんのお店を手伝う玲太くんに感心する。
    「まあな……将来のためにも」
    「将来?」
     どこか意味深に言う玲太くんが気になって聞き返すと、
    「あれ? 玲太じゃん!」
     誰かが玲太くんに声をかけて走って来た。ランニング中らしく、背が高くがっしりした身体つきの男の子でヘアバンドを身につけている。玲太くんの知り合いだろうか。どこかで見覚えがあるような……。
    「なんだ、颯砂か」
     やはり玲太くんの知り合いらしく、彼は颯砂くんというらしい。颯砂くんに声をかけられると、玲太くんは何とも言えない表情になり「折角二人きりだったのに……」とボソっと呟いていた。
    「なんだってなんだよ? あれ? 彼女は?」
     颯砂くんも玲太くんの微妙な反応に少しムッとした表情になるが、すぐに玲太くんと一緒にいるわたしに気づいてわたしのことを聞いて来た。
    「あっ、わたしは……」
     颯砂くんに自己紹介をすると、颯砂くんもわたしに改めて名乗った。そう言えば、颯砂くんは高校生の頃もうちのクラスに来て、玲太くんと話していたことがあったと思い出す。だから見覚えがあったのか。
    「えっと、颯砂くんは玲太くんと知り合いなの?」
    「ああ、知り合いっていうか――」
    「幼馴染」
     玲太くんが口を挟んだ。
    「俺たち三人、同じ幼稚園に行ってた幼馴染だろ」
    「えっ⁉ そうなの⁉」
     玲太くんだけでなく、颯砂くんとも幼馴染だったなんて。颯砂くんとは高校生の頃に互いに面識が無かったため、卒業後にして初めて知った事実に驚いた。
    「二人とも、わたしと幼馴染なんだ? なんかすごいね」
    「オレも玲太と一緒だったのは、親にも聞いたし、玲太本人からも聞いたよ……だけど、きみも?」
     颯砂くんも玲太くんのことは知っていた一方で、わたしのことは覚えていなかったらしく驚いていた。
    「きみみたいな子、いたかな……? 全然覚えてないけど」
    「颯砂は俺のことも、ろくに覚えてなかっただろ。こいつのことだけ覚えられても困るんだよ」
     幼稚園の頃をほとんど覚えていない颯砂くんとわたしに玲太くんは呆れたように溜息をつく。
    「なんで、玲太が困るんだよ?」
    「べ、別にいいだろ」
     逆に颯砂くんにそう指摘されると、玲太くんは誤魔化すように頬をかいた。その様子にわたしも首を傾げる。
    「ふーん。ま、これで幼馴染三人揃ったわけだし、みんなで一緒に帰ろうよ」
     颯砂くんはわたしが幼稚園の頃を覚えていなくても、幼い頃はそれが普通だと特に気にせず、幼馴染三人が揃ったことを喜んでいた。
    「だな。みんな同じ方向だし」
     帰り道も三人同じ方向だからと玲太くんも頷き、このまま幼馴染三人で一緒に帰った。同じ高校に通っていたはずなのに、まさか卒業後にして初めてになるとは。
    (高校生の頃に颯砂くんとも知り合っていたら、玲太くんと三人でこんなふうに過ごしていたりしてたのかな……?)
     もし、そうだったら、もっと賑やかな高校生活になっていたかもしれない。
     三人で帰っている間も幼稚園の頃の話になった。幼稚園のコマ回し大会で優勝した玲太くんのコマを颯砂くんが手で止めてしまったこと、節分の時に鬼の役をした颯砂くんが玲太くんばかりを追いかけていたこと……どれもわたしは覚えていなかった。
    「ほんと何も覚えてないのな、おまえら……」
    「玲太が特殊なんだよ」
    「うん、すごい記憶力」
     わたしが幼稚園の頃のことをほとんど覚えていない一方で、玲太くんは本当に昔のことをよく覚えている。幼稚園から十年以上経っても、まるで昨日の出来事のように話している。わたしが覚えて無さ過ぎなのかもしれないけれど、どうして玲太くんはこんなによく覚えているのだろう。
    「じゃ、オレこっちだから。じゃあな、幼馴染たち」
    「うん、またね、颯砂くん」
    「大学でも陸上頑張れよ」
     途中の曲がり角で颯砂くんと別れた。高校で陸上部のエースだった颯砂くんは一流体育大学へ進学するそうで、わたしたちと別れると、再びランニングを始め、あっという間に姿が見えなくなった。
    「もう行っちゃったね、颯砂くん」
    「颯砂は幼稚園の頃もクラスで一番足が速かったからな。で、鬼ごっことかになると、俺ばっか追いかけてくんだよ。あいつ。俺より、捕まえやすいヤツいっぱいいるのにさ。なぜか俺のことばっかり」
     また幼稚園の頃を思い出したのか玲太くんはやや苦い表情になる。先程聞いた節分の話もそうだったのだが、颯砂くんは玲太くんと走って楽しかったと言っていたような……。
    「颯砂くん、玲太くんのこと、大好きだったんだね」
    「好きっていうより、そうだな……ちょうどいい感じ? 適度な獲物みたいな扱いでさ。怖ぇの」
    「ふふっ」
    「おい、笑いごとじゃねぇよ。恐怖だぞ、自分より足速いヤツが笑いながら追いかけてくるって」
     そう言うが、玲太くんも十分足が速いのに。勉強も運動も何でもできちゃうし、平凡ではないと思うのだが。
    「だから、幼稚園の運動会の時も……おまえが見てるのに二番の旗、持たされた。今でも夢に見る」
     幼稚園の運動会のことを玲太くんは苦々しく話した。何故玲太くんが颯砂くんと走ることに苦手意識を持っているのかと思ったら、幼稚園の運動会でわたしに負けた姿を見せたかららしい。
    「えぇと……わたし覚えてないよ?」
    「それがせめてもの救い」
     幼稚園の頃はほとんど覚えていないため、当然ながら運動会のことも覚えていない。これに関しては玲太くんもわたしが覚えていなくて良かったと言う。
    「……でも、あの時、おまえ――」
     苦々しく話していた玲太くんの表情が変わった。切れ長の目を細め、切なげに夕焼け空を見上げる。まるで昔の思い出に浸っているような――。
     しばらくして玲太くんは隣を歩いていたわたしに視線を戻した。表情も元に戻っている。
    「それも、覚えてないのか?」
    「うん、ごめんね……」
    「そっか……」
     その時の出来事を覚えていないと正直に言うと、玲太くんはがっかりしたように肩を落とす。高校生の頃にもそんなことが何度もあった。
    (だって、ほんとに小さい頃のことだもん……)
    卒業式から玲太くんと少し親しくなれたと思うけれど、やっぱりまだ――。
    「…………」
    「…………」
     それから話はあまり盛り上がらず、微妙な雰囲気のまま帰宅した。家の前で玲太くんと別れた後、自室に戻って久しぶりに幼稚園のアルバムを開いた。いくつか写真を見ると、玲太くんと一緒に颯砂くんらしき体が大きな子も映っていたので、やはり同じ幼稚園に通っていたらしい。
    (やっぱり覚えてない……)
     幼稚園の頃の写真を見ても、わたしはほとんど何も覚えていなかった。玲太くんはあんなに覚えているのに……。
    「……ふう」
     アルバムを閉じると、何故だか溜息が出た。
     玲太くんが昔のことをよく覚えていて、わたしとの思い出を大切にしてくれるのは勿論嬉しい。でも、再会した今でも昔をよく懐かしんでいて、先程のように思い出に浸っている姿を見ると、そればかりなのかと思ってしまう。折角高校生になってまた会えたのに、玲太くんはあの頃から時が止まったままのようで、離れていた十年の空白をより大きく感じるのだ。
    (わたしたち、幼馴染なのになぁ……)
    一緒にいてどこか寂しいと思うなんて。だから、玲太くんとわたしは再会してからあんまり親しくなれなかったのかな……その時ハッと気づいた。
    (もしかして、わたしと玲太くんの〝好き〟の意味が違うって、こういうこと?)
     次にまた玲太くんとデートの約束をしているが、このままで大丈夫なのか不安になってきた。

     * * *

    「ただいま」
     あいつを家まで送ってから誰もいない一人の自宅に帰ると、部屋のベッドに倒れ込む。
     俺の部屋はイギリスに引っ越した小学一年生の時のままだ。部屋の何を見ても、あの頃の思い出が引っ付いている。この部屋は十年前と今がくっついている俺そのものだ。
    (あいつ、困ってたよな……)
     帰りに幼稚園の運動会の話をした時に覚えていないと困惑していたあいつの顔を思い出す。昔のことを覚えていなくて、俺をがっかりさせたとあいつは申し訳なさそうにしていたが、俺もまたあいつを困らせていることに気づいた。
    (でも、まさか幼稚園の運動会のことも覚えてなかったとは……)
     あいつが覚えていないと言った幼稚園の運動会のこととは、俺が颯砂に負けた後、あいつは俺の側にやって来て、俺が負けたことをまるで自分のことのように悔しいと泣き出したことだ。幼いながらに俺のことで涙を流すあいつの泣き顔に心が揺さぶられ、あいつをまた大好きになった、大切な思い出だ。
     そんなあの頃の思い出を俺はイギリスに引っ越してからも何度も思い出していたから、懐かしいって感覚とは違う。
    (これって、周りからすれば普通じゃないよな……)
     先程颯砂も含めて三人で幼稚園の頃の話をした時もそれを痛感した。こんな俺に付き合わせて、きっとあいつも困っているだろう。高校時代、進歩が無かったのはもしかすると俺のそういうところもあるのかもしれない。
     このままじゃダメだ。頭では分かっているけれど――。
    「……よしっ」
     ベッドから身体を起こして、考えていた次のデートプランをもう一度練り直した。
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