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    2022.01.29 曦澄WEBオンリー
    ペーパーラリー参加作品
    テーマ:『愛情表現』

    ##MDZS
    #曦澄

    雪道をゆく 雲夢江氏の宗主である江晩吟は、次回清談会の打ち合わせのため厳寒の雲深不知処を訪れていた。姑蘇の冬は厳しい。特に標高が高い場所にある、この藍氏の本拠地では雪が多かった。
    「では、この件については以上の対応ということで」
    「了解した」
     ふう、と手元に出されていた茶杯を飲み干し、ほぼ二日をかけて重ねられた談義の終わりにひとつ息をつく。ちらりと向かいに目をやると、相手であった藍㬢臣もおなじようにちょうど息をついており、それを見た江晩吟はほんの少しだけ口角をあげた。
     音も立てず優雅な所作で茶杯を卓上へと置いた藍㬢臣はすっと表情を切り替え、江晩吟に対しやわらかく微笑んだ。
    「江澄」
     その親密な呼び方は、今では蘇った元師兄とこの目の前の男しか呼ばないものである。
    「藍渙」
     そう返すと、目の前の男は嬉しそうに頬を緩めた。
           *
     裏山へ行きませんか、と藍㬢臣は遠く雲夢よりはるばる来訪していた愛しいひとへと声をかけた。なにがあるのかと問えば、行ってのお楽しみですよと言われ。陽は高いとは言い難いものの、落ちるにはまだ猶予のある刻限であったため、諾と応えた。
    「しかし、あなたの着てきたものではいささか心許ないでしょうから」
     そう言われ、差し出されたのは新しいであろう柔らかで重厚感のある外套と、雪道を歩くための靴であった。わざわざ用意したのか? と首を傾げて問うと、あなたは薄着すぎます、此処では雪が重いですからと返された。衣の色は冬の夕暮れのようであり、江氏の校服にぴたりと寄り添うような色合いであった。
           * 
     雪の降り積もった道を、ざくざくと音を立ててふたりは肩を並べて進んでいった。雲深不知処の主要部については子弟たちが雪かきを行なっているため問題はないが、ひとたび裏山へと続く細道へ足を踏み入れると一気に雪が深くなる。登り進んでいると、顔は痺れそうに冷たいというのに、さきほど渡された外套の下は少しばかり汗ばんできたのを感じる。はぁっと白い息を吐き出しながら、江晩吟は隣の白い男を眺めた。
    (まるで雪山の中にこのまま溶けてゆきそうだ)
     と考え、頭を軽く振った。
     この男が弱った姿を見たことがある。かつての自分であれば、まさかあの沢蕪君がと一笑に付したであろう。この男も確かに人間であったのだと、そう、思った。その時のこの男であればなるほど如何にも雪山に溶け消えてしまうという発想も然もありなんといった風情であった。しかしこの男は確かに俗世へと帰ってきたのである。そして今、自分の隣を雪を踏みしめながら共に歩いている。
    「どうしたの」
    「なんでもない」
     不思議そうな顔をされたが、そう答えるとにこりと笑い、そう、なんて一言を返してきた。まったくあの頃のあなたに今のあなたを見せてやりたいものだ。そんなことを考えながら、くんっと軽く外套の袖を引いてやるともう一度こちらを見て手を伸ばし、そのまま片手を握りしめてきた。分厚い手袋越しではあるがその手は力強く、どこか暖かく感じられるものであった。
    「雲夢はな、雪こそ滅多に降らないが、底冷えをするんだ」
    「そうなのですか?」
    「そうだ、湿度が高いからな。家の造りは風通しよく作られているし、石造りの部分も多い。それで室内でも冬場はおそろしく冷える」
    「なるほど」
     ではこの雪用の外套はこのまま寒室へ置いておきましょうか、それとも御剣の時に使われますかと問われ、はじめて今着ているこれが自分のためだけに用意されたものであるということに気付いて動揺した。
    「わかっていなかったのですか」
     手の動きで悟られたのか、少しばかり残念そうな声を俯いた頭越しに聞いた。
    「言わなくても気付いてもらえるかと思ったのだけど」
    「言われないとわからないだろう」
     だってまさかこの地を訪れるのも不定期である自分のために新しいものが一式用意されているとは思わないだろう。そう俯きながら小さな声で訴えると、私があなたに着て欲しかっただけだよと笑いを含んだ声で言われてしまった。冷たい風に晒された顔の一部分だけが熱くなるのを感じながら、ぎゅうと繋がれた手に力をこめると、おなじだけの力が返された。
           * 
    「ああ、着いたよ。あれだ」
     半刻ほど登り歩いたのちに出た、ひらけた場所には岩場がありその上の方を白い男は指し示した。その先に視線を送ると、驚くばかりの光景が目に入った。
    「凍ってる……」
     冬場以外は力強く優駿に流れていたであろう大きな滝が、飛沫のひとつひとつまでをそのままにし、まるでそこだけ刻が止まったかのように静かに優美に凍りついていた。
    「こんな大きな滝が……初めて、見た」
     思わずぽかんと口を開けて、その雄大な自然の様に見入ってしまう。
    「よかった、是非あなたに見せたかったんだ」
     姑蘇の山々は急峻で滝の数も多いけれど、ここの滝が一番大きくて。でもこの季節になるとこんなにも見事に凍りついてしまうんだ。我々は仙師で、すこしばかり市井の民たちよりも力を持っている。けれどこんなにも大きな滝を凍りつかせてしまうような力はとても持たない。
    「わたしはこの滝のこの姿が好きなんだ」
     慣れない寒い雪の中を歩かせてすまなかったね、とすこしだけ眉を下げて藍㬢臣は笑った。
    「いや……ありがとう」
     あなたの好きなものを見せてくれて。あなたの好きなものを教えてくれて。あなたの、好きなひとに、選んでくれて。
    「藍渙」
    「なんだい、阿澄」
     好きだ。
     そう呟くと腕を引かれて。強く強く、その両腕に抱きしめられた。
                             終
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