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    bintatyan

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    恋人になる滝安

    据え膳「薄々ね、そうかな、と思っていたんですけど」
    ぽつりと、小さな声で安原がこぼすのを、滝川はある種の感動を持って聞いていた。
    普段は堂々と、明瞭とした話し方をする彼が、視線を逸らして暗がりでもわかるくらいに首まで真っ赤にしている。そうさせたのが己の言動によるものであること思うと、自分の顔にまで血が上ってくる。出会った頃はあれほど可愛げのないこまっしゃくれた少年だったというのに。
    「やっぱり、僕が二十歳になるの、待ってたんですよね?あなたって結構律儀というか真面目というか……うん、まあ、知ってましたけど」
    ずいぶんと寒さも和らぎ、桜の蕾も膨らんできた3月の半ばの夜。2人きりの帰り道である。


    来月には二十歳ですよ僕、と2月の初めにいつもの事務所で笑っていた安原に時間が経つのは早いもんだねえとぼやいた滝川に、彼は「いいえ全然。すごーく遅い」と笑っていた。その日、麻衣とナルとリンは調査に出かけていて、他のいつものメンバーは不在だった。事務のバイトとして安原だけが留守番をしていたので、心霊について勉強中の彼からの質問に答えたり、たわいのない無駄話をしていた。その流れでの、もうすぐ二十歳、という発言だった。
    安原とは、彼が高校3年生の頃からの付き合いだ。早生まれの安原は当時17歳だった。そこそこ長い付き合いと言ってもいいだろう。それぞれに本業があるとはいえ、事務所でよく会う上に調査に同行していれば何日も共に寝泊まりすることになるし、共に修羅場をくぐるわけで、長さだけでなくわりあい濃い付き合いをしてもいる。
    その中で、滝川は彼に惹かれた。麻衣を妹のように思っているのだから、安原だって弟のように思えたらよかったのに。人の感情とはかくもコントロールの難しいものであったかと再認識することになってしまった。
    調査中に男部屋と女部屋に別れれば当然安原とは同室になる。そういう時の気を抜いた無防備な姿にどれだけ惑わされてきただろう。部屋数に余裕があるときであっても、自らを守るすべを持たない安原は必ず拝み屋の誰かと同室だ。となれば、ナルとリンは当然のように二人部屋だし、女性陣とはもちろん別なので、ジョンがいれば3人、いなければ滝川と安原のペアになる。
    役得、と言えばそうなのだが、出会った当初から安原は滝川にばかり「滝川さんはもっと好き」だの「恋だと思う」だのと言いたい放題で、それは今に至るも変わっていない。たまには他のメンバーに向けて好意を示すこともあるが、大半は滝川に対してだった。表面上は冗談と流していても、気のある相手にそんな扱いを受けながら未成年であるがゆえにこちらからのアプローチもできない、というのは非常に歯がゆく、有り体に言えば生殺しだ。
    しかも、途中でからはおそらく、冗談めかしているだけで彼にもその気がありそうだということがわかってしまった。
    気安い大人に懐いているだけだとか、年齢は多少離れていても気の置けない友人扱いをしているのだとか、そういうふうに思おうとした。そのたびに、安原はそれを見透かしたように『ほーら僕は美味しいお膳ですよ、どうぞ』とばかりに自ら据えてくるのだ。
    そのたびに子供扱いで乗り切っていたのだが、とうとう彼は二十歳になるという。そして、彼にとって二十歳までは長かったと。その言葉を聞いたら口から勝手に『なら飯でも行くか、成人祝いに』という言葉が飛び出していた。それを聞いた安原の嬉しそうな笑顔がたまらなく、お互い他の誰かに声をかけようとは言い出さなかった。
    だというのに、彼の誕生日の数日前に事務所に厄介な依頼が入り、いつものメンバーが入れ代わり立ち代わり現地入りすることになった。当然滝川も駆り出されたし、安原は調べ物にあちこち飛び回って結局調査は10日間。尻尾を出すまでが長かったが、幸い怪我人もなく円満に終了し、打ち上げをして解散したところだ。
    誕生日のアポを取り直そうか、と思ったが、つい今しがたの打ち上げで麻衣が「そういえば安原さん、何日か前に誕生日じゃなかった?」と言い出し、みんなでケーキまで注文してお祝いしてしまった。さらにこの上というのは不自然ではないか、と思うと同時、人気のない公園に差し掛かったところで、なあ少年、と隣を歩く彼に呼びかけていた。
    「もう、いつまで少年って呼ぶんですか」
    表情はいつも通り明るく笑っていたが、声はいつもより真剣だった。メガネの奥で、瞳がほんの少し揺れるのを見て、ようやく本当に、覚悟が決まったのかもしれない。
    「俺、お前のことが好きだよ」
    口に出してしまえば呆気なく、言ってしまったことでむしろ心が落ち着いた。それでようやく、自分が緊張していたことに気付いた。
    目を見開いたままじわじわと赤く染まっていく安原の顔に笑ってしまう。
    そんな滝川の反応にむくれたように、安原は薄々わかっていただとか、二十歳まで待ってたのは律儀で真面目だとか言うのが、有り体に言えば、可愛かった。
    「僕も、あなたが好きです。前から言ってましたけどね」
    「うん、待たしてごめんな」
    「18になれば法律上問題ないでしょう?そもそもが男性同士であれば性交渉に分類されないはずですけど、それについては?」
    「ま、気持ちの問題だよな。ルール上ダメだからできなかった、てんなら俺謝んねーもん。手を出すならちゃんと大人のお前がいいなっていう俺の身勝手で待たせてたからこそ、悪いと思ってんの」
    どうしても、子供を手籠めにするみたいで気が引けた。平均よりも上背がありたいへんに頭も良く、越後屋だのなんだのとあだ名される安原は簡単に他者に餌食にされる男ではないのだが、そういう問題ではなかった。本当に、感覚の話なのだ。10日前の安原と今の安原とでは、何が違うのか。あの時ダメで今ならいい理由。産まれて20年経ったかどうかがそれほど大切か。彼に魅力を感じているからこそ何度も自問したが、結局は据え膳をいただかずに我慢し通してしまった。
    「……まあ、法がどうであっても未成年の僕とどうにかなってるのがもしも露見すれば、実際のところは悪い意味で話題になる可能性は否定できませんし。だから僕も真面目な告白はしませんでした。……お互い様ですね」
    確かにその通りだ。そして、その場合ダメージの度合いが大きいのは明らかに滝川の方だった。スタジオミュージシャンというのが世間的にはどうしても固い職業ではないと同時に『タキガワノリオ』はある程度の知名度があるし、副業にいたっては胡散臭さの極みの拝み屋である。しかも、頻繁に出入りしているあの事務所には、麻衣や真砂子もいる。所長のナルも未成年で、性的な醜聞は大問題に発展しかねない。対して、安原はバイトの大学生だ。基本的には悪い大人の被害者と見られるだろう。もちろんそれでも、彼の人生においては瑕疵になるだろうが。
    「だから、僕としてもですね、お待たせしましたっていう気持ちです」
    真っ赤な顔をしつつもいつも通りに笑っている安原の肩に額を押し付けるようにして、ぐりぐりと懐く。
    「はー……好き、好きだよ。よーやく言えるわ。ほんっと、長かった……」
    先月は時間が経つのは早いって言っていたじゃないですか、とかなんとか言われるかと思ったが、意外にも安原はからかうようなことは言わなかった。かわりに、「抱きしめてもいいですか?」と躊躇いがちに言うのでいいよ、と頷く。
    「じゃ、遠慮なく」
    背中に回った腕が、本当に遠慮のない力でぎゅうと抱きしめてくる。滝川が抱き返すと、ふふ、と小さく笑った。出会った頃より、少し体の厚みが増しただろうか。
    キスしたいな、と自然と頭に浮かんだが、手が早すぎるか。そもそも屋外だ。人が通りかからないとも限らないし、大人の男2人が抱き合っているだけでも相当シュールだろう。当然男女だって女同士だってものすごく邪魔だし、誰だって他人のラブシーンなど見たいものではない。
    かといってお付き合い開始直後にそのまま家に連れ込むのはさすがにがっつきすぎて大人の面目丸つぶれではないか。相手は現役大学生なのだ。
    そんなよこしまなことを考えていると、安原のほうが身動ぎしたので、腕から解放してやる。
    「あのう、つかぬことをお伺いしますが」
    「なーに」
    「滝川さん、僕のこと抱きたいとか、抱かれたいとか、そういう希望ってあります?それとも逆にプラトニックな関係を築きたいとか」
    「……青年」
    「雰囲気ぶち壊しなことはよーくわかってます、わかってますけどね、今この勢いで聞いておかないとタイミングが難しいでしょう」
    「そらそーだ」
    男同士なのだから、これは必ずぶち当たる問題である。
    突っ立ってるのもなんだから、と公園に入り、自販機でコーヒーを2つ買って片方を渡す。ありがとうございます、と素直に受け取った安原を促してベンチに並んで座った。どこかの店に入ってできる話ではない。
    「あー、ぶっちゃけると、俺はお前を抱きたい」
    「そうなんですか」
    「うん。男の経験ないし、実際のところやってみなきゃわかんないけどな。お前は?」
    「僕は、どっちかっていうと抱かれたいです」
    「それ忖度してない?」
    あまりにも都合の良い展開に滝川が突っ込むと、安原はくすくすと笑った。
    「してませんよ。うーん、紙に書いておいて同時に見せ合えばよかったかな」
    「そこまでせんでいいわ。……ま、なんか不満があったら言えよ。俺、抱かれんのが嫌だから抱きたいって言ってるんじゃないし」
    「はい。僕も、抱きたくないから抱かれたいって言ってるんじゃないですよ」
    抱くだのなんだの話していると、ついついその気になってしまいそうになる。落ち着け自分、と滝川は缶コーヒーを飲んだ。缶コーヒーっていうのは、缶に入ったコーヒーではなくもう缶コーヒーという飲み物だよな、と飲むたびに考えてしまう。どうでもいいのだが、頭のどこかであえてどうでもいいことを考えていないと色々と保たない。
    「ま、とりあえず、本業の方の知り合いにバイの男がいるから詳しいこと聞いてみるかな」
    「先達のアドバイスはありがたいですけど、それ、なんて言って聞くつもりなんです?」
    「えー、彼氏ができたんだけど実際どーすんの?って。そのまんま」
    実は、既に以前1度聞いてみたことがある。『今いいなって思ってるのが男なんだけどさ、どうなの男相手って』と。曰く『女とはやっぱ入れてる感じが違うのと、事前に洗っとかないとそういう趣味がなければ悲惨だからそれは面倒かもね。でも逆に生理ないんでどっちのが気楽かは人によるかな?毎回は挿れないで基本は触るだけ、とかも多いけど』とのことで、ものすごく平べったい返事だった。付き合うことになったらおすすめのローションやらなにやらを教えてくれるらしい――つまり結果を報告しろということであるーーので、遠慮なくご享受いただこうと思っている。
    「いいんですか?」
    「いいんです。そういうのがわりかしオープンな業界っていうのかなあ……もちろん人によるけど」
    「なるほど」
    「そういうわけで、下心バッチリあるから心の準備しといてちょーだい。武士は食わねど高楊枝でやってきたけど、ホントは腹ペコなんだ」
    ふふふ、と安原青年は笑って、ゆっくりと頷いた。そうして、いたずらっぽく覗き込んでくる。
    「そんなにお腹が空いてるのなら、つまみ食いくらいは今、しませんか」
    ごくり、と唾を飲んだ音は、聞こえてしまっただろうか。
    「……それ、余計に腹減るだろ」
    「空腹は最高の調味料、と言いますし」
    「ああ言えばこう言う……」
    ベンチに着いていた安原の手をつつき、浮いた手のひらを握って指を絡める。
    言っている内容の余裕とは裏腹に緊張ですこしうるんだ瞳をレンズ越しに覗き込んだ。ゆっくりと降ろされる瞼を見届けて、ほんの少し、触れたか触れないかという程度のキスをする。コーヒーの香り。
    「やじゃない?」
    「はい」
    「よかった」
    2度、3度と同じようについばみ、次はゆっくりと押し当てると、絡めたままの指先がぴくりと反応した。それで、もしかして安原はこれが初めてのキスなのではないか、と思った。ナルのような絶世の美形、というわけではなくとも、スペックからしてモテないわけがないような男なので過去に恋人くらいいてもおかしくないのだが。そういえばゲイなのだろうか、とようやく考えた。滝川の想像でしかないが、学校という狭い世界で同性の恋人を作るのは、少々難しそうだ。彼の出身校はただでさえ教師の締めつけが酷かったし、安原はそこで『みんなの人気者の安原会長』だった。ーーその安原修が今、必死に滝川を誘惑している。
    腹の底でぐらぐらと沸騰するような興奮をどうにか宥めながら、離れた。
    「……あの、滝川さん。眼鏡って外したほうが、いいですか」
    「んーん。メガネが邪魔になるようなのは今日はお預けだから、そのまんまでいいよ」
    「おあずけ」
    「じゃないとつまみ食いで済まなくなっちゃうでしょーが」
    「そ、……れは、困りますね」
    「だろ?」
    でもまあ、もう一回くらいは……、と欲を出しかけたとき、遠くから足音と話し声が聞こえてきた。夜中というわけでもなし、通行人はいて当然だろう。
    「タイムアップだな」
    「ですね」
    「しゃーない、帰るか。あ、俺今回の調査が立て込んだぶん明日から仕事で何日かスタジオからほとんど動けなさそうだから、一段落ついたら事務所に顔出すわ。そんとき改めて誕生日祝いの話しようぜ」
    立ち上がって、駅側の公園出口に向かって歩き出す。さりげなく安原が滝川の手から空き缶を回収して自販機横のゴミ箱に入れた。この男のこういうところがモテそうなのだ、と滝川は思う。
    「お祝いなら今日してもらいましたよ?」
    「おいおい、せっかくのハタチだぞ?今日は調査明けだったし麻衣や真砂子がいたからともかく、酒だって解禁だろ」
    なんとなくアルコール耐性は強そうに思うが、こればかりは個人差が大きい。一口でギブアップかもしれないし、顔に出ないが酔ってはいるようなタイプの可能性もある。滝川の知らないところで失敗されるのは嫌だった。
    「それはつまり、あたし酔っちゃったみたい♡みたいな王道を期待されていたり……」
    「やってくれてもいーけど?」
    「考えときます」
    「本当に悪酔いしても介抱は任しときなさい、俺吐かせるの上手いから」
    「さすがに吐いてるところはまだ見られたくないなあ」
    などとくだらない話をしていたら、気付けば駅だ。明るいところで見ると、既に安原の顔色は平常運転だった。越後屋の意地かもしれない。
    乗る電車は別なので、ホームに降りてそれぞれ別の電車の時刻を確認する。残念ながら、すぐに安原の乗る電車がやってきた。
    「じゃあまた、滝川さん。お先に失礼します。お仕事頑張ってくださいね」
    手を振って乗車口へと歩き出す安原に、ちょっとした悪戯心が湧き上がる。
    「おう。ガッコとバイト頑張れよ、修」
    目をぱちくりと見開いて、数秒その場で固まった。そして、『ドアが閉まります。ご注意ください』という定型のアナウンスに我に返り、急いで車内へ向かいながら再び真っ赤になった顔で口を開く。
    「ズルいなあ、もう!事務所で待ってますよ法生さん!」
    「はいはい」
    閉まる扉の向こうにひらひらと手を振る。
    笑ったような怒ったような顔が遠ざかり、やがて電車が完全に去ってから、その場にしゃがみ込んだ。
    10日間の調査は長かった。調査としてもわりと長い部類だが、今回は間に安原の誕生日を挟んでいたのでそれはもうとてつもなく長く感じた。
    「よく我慢したわ。偉いよ俺……」
    誰にも聞こえない程度の声量でぽそりと呟き、特大のため息をつく。
    今まで、格好悪いところだって見られてきたという自覚が滝川にはある。あるけれども、それは、好きな男に格好つけたいという男心を失わせるほどのことではなかった。
    いい彼氏になってやりたいな、と漠然としたことを考えながら、乗車予定の電車の到着を知らせるアナウンスを滝川はぼんやりと聞いていた。


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