降風で昨日のキスを踏まえた話。渋谷の処理も済み、ようやく息をつけるようになったのは11月も半ばを過ぎた頃だった。
ここ数ヶ月の中では比較的被害総額が少なかったのが幸いし、大量の書類はあれど謝罪行脚はほどほどですんだ。
いつもと全く変わらない降谷とふたり、彼の愛車の助手席に座る風見は、気付かれないように降谷の唇に視線を向けていた。見ないようにしようとしつつも、どうしても見てしまう。
彼が何かを話すたびに、形のいい薄ピンクが上下に動きその奥にちらりと赤が見える。
「〜〜の警備体制だが、風見には、…聞いているのか、風見?」
「ぇ、っっ! す、すみません、あのっ、もう一度、」
怪訝そうな降谷の声にハッと顔をあげる。嫌な速度で心臓が早鐘を打っていた。冷や汗が滲む。
「…」
唇を引き結んで平静を装うとする風見に降谷の手が伸びる。狭い空間だ。下手に身を仰け反らせることもできない風見の頬に、降谷の手は簡単に届いた。指先の腹が生毛を撫でるように触れる。ぞわぞわと背筋が粟立つような感覚だった。
「ぁ、あ、の…」
吐き出した吐息は震えていた。それに降谷が気づかないはずがない。
フッと笑った降谷の顔が見せつけるような速度で近づいてくる。綺麗な、風見が今まで見たことのある中で一番美しい顔が、風見とのわずかな距離を詰めてくる。
「――なんだ、随分と熱心な目だな。またされたかったのか?」
「ぁ、…ん、」
ちぅ、と、そんな子供騙しのようなリップ音だった。
凹凸を重ねるようにくっついた降谷の唇は、一瞬の熱だけを置いて離れていく。だが離れる代わりに額がすりっと擦り合わされた。焦点がぎりぎり合う場所にある降谷の青い瞳が甘さを滲ませる。
「…物欲しそうな顔してる」
「っ、そ、んなこと、は…」
どろどろに蕩けたような声に風見の喉が震える。否定しようとして発した言葉はひどく掠れていた。
降谷の手が後頭部に回り、短い髪を梳くようにくしゃりと撫でる。その動きが、あとシェルター内で褒められた時と同じ仕草で。
「ぁ、」
気づいた時には、ふたりの距離はゼロになっていた。柔らかな部分をお互いに押し付けるようにくっつけ、角度を変えるときも離さない。膝の上にあったはずの手は降谷の袖を必死に掴んでいた。
「ん、ふっ…、っ」
鼻から漏れるくぐもった吐息が羞恥を煽っていく。時折襟足や耳朶を撫でる降谷の指先が風見の官能を引き出すようだった。
「ん、はっ、は…、はっ、ふるや、さ…」
ずれた眼鏡の向こう、肩で息をする風見とは違い、降谷は飄々とした表情を崩していなかった。それがなんだか悔しいと思う前にまた唇が重ねられる。
「ん、ぅ、ふるゃ、さ、」
ちょっと待ってください、と首をそらす風見に降谷が目を細めて距離を取る。
視界に映る降谷の唇は少し赤みを増し、重ねるだけだったのに風見の唇も熱っぽくなっていた。
「――またシてほしければ、目でおねだりするんじゃなくて、その口で言うといい。風見が望むならいくらでもシてあげるから」
「っ、ち、が…」
目の前にいる男が本当に風見の知る降谷零なのか一瞬分からなくなった。甘さの溶けた瞳の奥にちらりと揺れる何かが怖くなってぎゅっと目を瞑る。
触れた唇の感覚はどれだけ振り切ろうとしても、風見の中に深く深く入り込んで取り除けそうになかった。