シェルターの中で(ハロ嫁ネタバレあり)指先が震える。汗が止まらない。視界が狭まる。心臓の音が、うるさい。
目の前には降谷の首元をぐるりと拘束する爆弾があり、青とピンクの液体がゆらゆらと揺れている。風見がひとつでも手順を間違えれば、少しでも不要な動きを伝えたら、降谷は、そして風見は一瞬で吹き飛び、消し炭となるだろう。この小さなシェルターの中で、誰にも知られることなく、ふたりは死んでしまうのだ。
呼吸が乱れる。指先の震えを止めるように手を握った風見に、ふっと吐き出された息が当たった。
「どうした風見、怖いのか」
「…怖くないわけ、ないでしょう」
睨みつける風見のすぐそばで降谷が唇を釣り上げる。自信満々と言えるその表情に、風見は唇を震わせてきゅっと奥歯を噛み締めた。
目を伏せる。シャツの愛だから趣味の悪い首輪が見えた。
「…私が少しでも失敗したら、あなたは死んでしまうんですよ」
それが恐ろしい。彼の命が風見の腕に掛かっているのだ。
ここに降谷の同期がいてくれれば、あの、爆弾処理の天才と呼ばれた彼らがいれば。こんな恐怖を感じず、降谷をこんな狭い場所に閉じ込めておかずに、降谷はすぐさまプラーミャを捕まえるためにその足で動けたのだ。
風見に爆弾処理の腕がないから。降谷の右腕なのに、彼を救える術をすぐさま差し出すことができないから。
「あなたを、死なせたくないんです」
恐怖に染まった目を隠すように強く目を瞑る風見に、降谷がもう一度吐息だけで笑った。
「何言ってるんだ。君が失敗するわけないだろう?」
「っ、そんなのっ、っっ、」
勢いよく頭を上げて顔を歪める風見の頬を、降谷の手がゆっくりと撫でた。風見の身体が固まる。
「大丈夫だ。僕は死なないし、君も死なない。君はこの爆弾を無効化して、僕をこの部屋から連れ出してくれる。僕をここから出せるのは君しかいないし、それを託すのは僕は君がいい」
降谷の指先が風見の手を取る。温かなその体温に冷たかった風見の手からゆっくりと力が抜けていく。
「さあ、風見。頼んだぞ」
「っ、…はい」
風見を見上げる降谷の目には、恐怖も怯えも、疑念も諦念もなかった。
そこにあるのはただ風見を信じ、信頼している色のみ。
ごくりと喉を鳴らした風見の手は、もう震えていなかった。
それから数十分後、カチャリという小さな音を立てて降谷の首から爆弾が外された。青とピンクの液体は緑色に変わっており、爆弾としては無効化されている。
「っ、はっ、…はっ、は」
無意識に止めていた呼吸が再開され、風見の肩が上下に揺れる。そぅっと床に首輪を下ろした風見に対し、降谷は軽くなった首に手を当てぐるりと頭を回していた。
「ああ、やっぱり何もない方がいいな」
「そ、そうですか、…よかった。はぁ〜」
「――風見」
「はい? …え、んんっ!?」
深く息を吐き出した風見の後頭部に降谷の手のひらが回され、気づいた時には唇に柔らかなものが押し付けられていた。
眼鏡のガラス越しに降谷の目が細められる。
それが触れたのは二、三秒。中途半端に腰を曲げた体勢のまま風見は動けない。
「――良くやった」
後頭部に回る手がくしゃりと髪を撫で、固まる風見を置いて降谷が立ち上がる。
「これがダミーの首輪か。うん、良くできてる」
「…ぇ、」
よたよたと風見の足が後退する。トン、と背にガラスが当たり、壁に沿ってずるずると腰が抜けた。
思わず唇に手を当てる。ぱくぱくと唇を開閉させる風見に、ジャケットを脱ぎながら降谷が喉奥で笑った。
「じゃあ僕は行くから、君は少し休んでから来るといい」
「は、い…、ぇ?」
肩にふわりと降谷のジャケットが掛けられる。濃く香る降谷の匂いに、また風見の思考が停止する。
自分のジャケットの代わりに風見のジャケットを羽織った降谷は、「じゃあな」と告げて後ろを振り返らずにシェルターから出て行った。
「…え?」
ひとりになったガラス箱の中、風見はじわりと頬を赤くさせ目をまん丸に見開いていた。