意地悪な彼「お待たせ、少し待たせてしまったかな?」
目の前に居るのは、うちの自慢の演出家。女性と出かけるというのに相変わらずの服装である。類のいつも通りの姿に少しオレは安堵してしまった。
大丈夫だと首を振ると類はオレの手を引いた。
「そうかい、じゃあ行こうか」
類の金色の目に反射して今のオレの姿が見える。金髪の長い髪が靡いて、誰が見ても女性にしか見えないだろう。我ながら可愛らしいその姿に少し複雑な気持ちになった。
「…はい、神代さん」
咲希に借りたマフラーで男特有の浮き出た喉仏を隠し、身体のラインが分かりづらいようにコートワンピースを纏った。誰が見ても女性にしか見えないだろう。
現在オレは素性を隠して類に会っている。
——いわゆる『デート』を始めているところなのだった。
叶わぬ片思いをしている。一生それは実ることはない。失恋というかたちですら、報われることはないだろう。
神代類、それがオレの片思いの相手の名前である。
男同士、もちろんこれ以外にも障害は沢山あるが、類は異性愛者である。当たり前のことだが、いざそれを突き付けられると、覚悟していたとしてもつらいものだった。
「好きな人が居るんだ。すごく可愛らしい人なんだよ」
寧々は類の隣で砂を吐くような表情をしていた。それもそうだろう、それほどまでに類は優しい表情で笑っていたのだから。
可愛らしいとなれば、それはきっと華奢で心優しい女性だろうか?類の言う可愛らしさがどんなものなのか、オレは勝手に想像を膨らませていた。
「…いやだ…」
想像のなかでオレではない誰かと笑って、寄り添いあっている類の姿を見た。
くるしい、くるしい、くるしい…!
類の笑っている顔がなによりも好きなはずなのに、苦しくてしょうがない。
もしオレが女性だったなら、既に想い人の居る類を無理矢理にでも惚れさせるような気概を見せただろうか。
どうして類が好きなのに、類がしあわせそうだともやもやとするのだろうか。
相手がオレでなくたって、類がしあわせならそれでいいじゃないか。
ぐるぐると考えているうちに、オレは気が付いてしまった。
「……あぁ、そうか」
オレは、はなから類の都合なんて考えちゃいないんだな。
類の一番になれれば、それでいい。
オレと類をいつだって繋いでくれるのはショー。
ショーよりも優先される可能性のある、厄介な恋という感情。それを他の奴に向けられてしまっては、どう足掻いてもオレは類の一番になんてなれない。
だったら、オレがその相手になればいい。
「…好きな奴がもう居る、と言っていたが…、まだ、間に合うだろう…絶対、惚れさせてやる…!」
こうして、オレはまず類にメッセージを送った。
『類にどうしても会いたいと言っている知り合いがいるのだが、会ってくれないだろうか?』
もしかしたら類は一途なタイプかもしれない。最初から好意をひけらかすようなことを言ったら、会わずにここで断られる可能性もある。だからオレはあるメッセージを付け足した。
類の演出について話したいそうだ、と。
すると類は快く承諾してくれた。会う日程を決めるとオレは暁山や咲希にファッションについて相談した。準備は万端である。
そして今日はその約束の日なのだった。
「……あの、神代さんの演出って」
「類、でいいよ」
最初は当たり障りのないことを言って警戒心を解こうと思った。多少打ち解けたところで、アプローチを仕掛けようと思っていたのだが。
「えっ、名前で、ですか…?」
「うん、ついでに敬語はやめてくれないかな?司くんからは同い年だと聞いているから、なんだか落ち着かないし」
同い年だなんて言ったか?
予想よりもはるかに展開が早くて驚いた。もしかしたら類好みの姿だったのかもしれない。
「え、っと、類…?」
いつも名前で呼んでいるはずなのになんだか慣れなくて面映い気持ちになる。それに類が優しく笑うから胸がとくとくと落ち着かない。
「あ、オ、わたしの、名前…まだ伝えてなかっ」
「それも司くんから聞いてるから大丈夫」
「」
いよいよ類の考えていることが分からない。
そんな設定を考えてメッセージを送った覚えもないし、類はどういうつもりなのだろうか。ひょっとしてオレは自分で送っておいて忘れたのか?もしそうならば早く確認して名前を思い出さなければと焦る。聞いている、そう類が飄々とした表情で言ってのけたということは、多分オレが忘れているだけなのだろう。焦っているオレをよそに類はオレの手をぎゅぅっと掴んでいる力を強めながらも、指を絡めて恋人同士繋ぎをしてきた。
「へぁっ!?!?」
「……どうかしたかい?」
どうかしているのはお前の行動だ馬鹿。
類ってこんなに距離感近かったっけ?そんなにお前ちょろかったのか?もしかして一目惚れ?
頭の中に疑問符が沢山浮かぶ。好都合だがこれはこれで複雑だった。おそらく類に好感を持ってもらえているのは間違いない。
「あ、はは…なんでもないよ…」
口調は女の子らしくするために咲希の真似をした。これなら問題なく演じられる。だがさっきから類の行動に心を乱されてばかりだ。もしかしたら途中で口調が崩れてしまうのではないかと心配になった。
「…君には、相談があって来たんだ」
「え」
「あいにく相談できるような人も周りにいなくてね。演出の話も聞くから、僕の話も聞いてくれないかな、と思って…」
「もちろん大丈夫だ…、だよ。わたしも司さんから多少はる、類の演出の話を聞いてるから、演出の話は後でもいい。だから類の相談はなんなら今からでも大丈夫」
目的は類の演出の話ではないし、いつでも類からは『天馬司』として演出の話は聞ける。もちろん類の相談の内容も気になったのもあるが、そこは好きな人のことはなんでも知りたい、というものだ、許してほしい。
「…!ありがとう」
「じゃあ、ここじゃなんだし、どこかのカフェにでも入ろうか」
「あまり人に聞かれたくないから、あそこがいいな」
そうして類が指を指したのはオレにはあまり馴染みのない、インターネットカフェ、というものだった。
「わかった」
よく考えず承諾してしまったことを、今ではとても後悔している。
「これが、ネカフェ…!?」
「おや、もしかして初めてだったかい?」
「あっ、ああ…」
思わず素の反応で返してしまったが、密室で二人きりとか聞いてない…!!と、それどころではなかった。
「フフ、反応がつか、……君らしいね」
君らしいと言われるほど知られた覚えもないが。自分のことでいっぱいいっぱいで特に気にも留めなかった。
「じゃあ、類の相談…」
「あぁ、ありがとう。…好きな人が居るんだけどね。結構、その人とは仲が良くて」
「……うん」
「でも、最近会ってほしい人がいるって言われたんだ」
それって、恋人の紹介、とかだろうか。
もしかして振られたばかりだったのに、オレが漬け込むような真似をしてしまった?だから類はオレに対して最初から好意的だったのかもしれない。
そう思ったら顔が上げられなくなった。
「で、ちょっとだけ悲しかったんだけれど、実際会ってみたらね?」
「好きな人だったんだ」
「…は?」
意味がわからん。
普通に類の言っている意味が分からなかった。好きな人が紹介した相手が好きな人。矛盾していて、本当に意味がわからん。
顔を上げようとした瞬間、突然類に押し倒される。
「…ちょ、え、まて」
「……好きだよ」
「ん…っ」
類の冷えた手が、オレの腹部に当たる。
いつの間にかコートは前を開けられて、中に着ていたニットが捲られていく。
「まって…って…!ひぁ、」
やばい、このままだと男だとバレる。下手したらオレだってことも。性別はバレても、オレが『天馬司』だとは悟られてはいけない。
「ッお、オレ、男、で…っ!ほんとに、かわいくもないし…っ」
「……かわいいよ」
「へ?」
「そうやって、男だって分かったらやめてもらえるって思ってる純粋さも、狡さも、愚かさも、全部全部、かわいい」
「は…っ?」
「好きだよ。ずっと君だって分かってたよ。だから名前だって『君』としか呼ばれてないの、気が付かなかった?」
「司くん」
名前を呼ばれて、全部、見透かされていたのかと呆然としてしまった。類の好きな人、それって、オレのこと、だった?
「ぁ、る、ぃ…?」
「フフ、やっと分かってくれたんだね、嬉しいな」
「類、オレのこと、好き…って」
「うん、言ったよ。それで司くん、君はどういうつもりで会いに来てくれたのかなぁ」
わざわざ女装までしてきて、さ。
ウィッグの髪に指を通して、類がそんなことを言ってくる。そんな意地悪い笑みを浮かべて、分かってるくせに。
これから起こることがなんとなく分かってしまって、正直逃げたい。
「ねぇ、教えてよ」
類が悪戯っぽく囁いた声が、オレには悪魔の声としか思えなかった。