復讐「る、類……急に起こしてすまん」
今目の前でかわいらしく布団にくるまって、その隙間から僕を覗いているのは司くんである。司くんはお酒の飲み過ぎで昨夜の記憶がないらしく、起きたときに置かれていた状況を未だ飲み込めずにいる。司くんが言うには、起きたときに裸の僕がなぜか横に眠っていたらしい。驚いて自分が布団から飛び出すと、なぜか自分自身も脱いでいて、咄嗟に僕を叩き起こした、という話だった。
「……その、昨日、なにがあった……?」
「うーん、僕もあまりよく覚えてないな。たしか……、ああ、思い出した。昨日はむし暑かったから、二人で裸で寝ちゃったんだ」
事実無根、すなわち嘘八百である。思い出したもなにも僕の頭にはしっかりと昨夜の記憶が刻まれていた。ついでに言うなら、昨日はむし暑くもなかったが、僕にとっても司くんに忘れられていた方が好都合である。それに、司くんにとってもそれが一番いいだろう。僕の言葉に司くんはあからさまにほっとした表情を浮かべている。
「………はぁ、なら、よかった」
「逆になにがあったと思ったんだい、司くん」
「っ、オレは、如何わしいことなんて想像してないぞ……!」
揶揄うように聞くと、司くんは健康的な肌色を真っ赤に染めて目を逸らしながら誤魔化した。わかりやすい反応に思わず吹き出してしまうと、司くんは決まりが悪そうに布団に潜って顔を隠した。
「なんだか急に布団を洗濯したい気分になっちゃったな」
「ぎゃー!! やーめーろーッ!!」
いちいち司くんの一挙手一投足が面白くて布団を取り上げようと司くんから布団を剥ぐと、司くんが諦め悪く布団に顔を埋めながら布団を抱きしめて抵抗してくる。今の司くんは全裸で、顔よりも他の部分を隠した方がよいのではないだろうか、と呑気に思うが、今の彼にはそんな言葉も届かないだろう。そんなことを考えているうちに、僕はついに司くんの布団を奪うことに成功した。
「ひどい追い剥ぎだ……!」
「そんなことよりも服を着替えたらどうだい?」
「類だって布団を奪うことより先に着替えたらどうなんだ!?」
そんなことを言い合っているうちに、僕達の間に冷たい風が吹く。僕がぶるりと体が震わせていると、司くんも肌寒いのか小さくくしゃみをした。
「……着替えるか」
「そうだね」
二人とも冷静になったのか徐に立ち上がり、結局は同時に着替え始めたのだった。
「………アルコールの力って恐ろしいな」
「なんで?」
「いくら暑いからって、全裸で寝ようとは思わんだろ。……百歩譲って他の人が居るのに、」
「多分どちらかがそういう提案をして、酔った勢いで便乗しちゃったんだろうねぇ……。でも意外と気持ちよく寝れたからいいんじゃないかな」
司くんは少し悩んだあと、小さくむー、と唸りながらまぁいいかと頷いた。司くんって、ちょろいな。
「しかし下まで着ていないなんて……流石に肝が冷えた」
「フフ、僕達がそういう関係になると思うかい?」
「まったく思わんな」
「だろう?」
正直、僕もそんなこと思ったことがなかった。昨日司くんが酔った勢いで僕の家に訪問してくるまでは。べろべろに酔ってへらへらと笑う司くんの姿は、僕にとっては新鮮そのものだった。いつも司くんはお酒の量を制限していて、どうしてここまで酔っていたのかもよくわからなかった。おそらく司くんは昨夜は僕もお酒を飲んだと誤解しているだろう。
「そういえば、司くんはどうして昨日、そんなに酔っ払ってたんだい?」
「ん……新人が無理矢理酒を勧められていてな、それを全部オレのジュースとすり替えた。それで、頼まれた酒が勿体無いから全部飲んだんだ」
「……司くんらしいね。そういえば、昨日初めて知ったけど、司くんって笑い上戸なんだね」
「そうなのか? 泥酔していたせいで記憶がないからわからんが、そんなこと言われたのは初めてだ……昨日、そんなに笑ってたのか?」
「うん、ずーっと、にこにこしてて、かわ……、」
「かわ?」
「……言おうとしてたこと忘れちゃった」
「ふむ。類と一緒に居たからかもな」
「へ」
「? なにかおかしいこと言ったか?」
「………いや」
ふと昨日のことを思い出した。
あのとき、ドアを開けると司くんはふらふらとした足取りでこちらに近付こうと踏み出した。そんなことだから足を段差に引っ掛けて躓きそうになって、咄嗟に僕が司くんの体を受け止めるハメになったのだ。ため息をつきながら、もう、大丈夫? なんて声をかけようとすると、司くんの笑い声が聞こえてきて。
『ふふん、さすがはるいだな! このオレを受け止められるのはお前しかいない!』
ふふ、へへへ、と笑いながら、ぎゅ、っと服を握られるのを背中で感じて胸がどきりとした。相手は友人であり仲間で、変な気なんて起こすはずがなかったのに、なぜだかかわいく思えた自分が居る。そんな自分の心情に戸惑っていると、司くんが静かになっていることに気がついた。
『つ、司くん……?』
『………きもちわるい、吐く』
『えっ、ちょ、待……』
そして司くんが吐いた。当然僕と司くんの服は汚れたので洗濯。しかも適当に家にある服を着てと指示をしたのにも関わらず洗濯している間に司くんは全裸のままで寝ているし、僕も僕で疲れていたので司くんに布団をかけてやることだけして、ズボンだけ履いて上半身は裸のままで一緒に寝たので、司くんが誤解した、というわけだ。
「…………」
思い返すと本当にろくでもないことが起きた気がする。昨日司くんへの想いを自覚して、ゲロを吐かれて、起きたらなにも覚えてないし、“オレが笑っていたのは笑い上戸ではなく、類が一緒だったから„(意訳)なんて爆弾も今落とされて、本当に自分が哀れに思えてきた。どうしてこんな酷い男を好きになったのだろう、屈辱である。
「類?」
「……いつか絶対、この恨み、晴らさせてもらうから」
は? と素っ頓狂な声が横から聞こえてくる。いつか君にも、こんな屈辱を味わせてやれますように。