二人が出会ったばかりの頃の自分に言ったら、絶対に信じてもらえないだろう。自分でもそう思うくらい不思議ではあるのだが、糸師凛と潔世一は先日から所謂恋人としてのお付き合いを始めた。
告白という甘いものはなく、ちょっとした口論から流れで気付けばお付き合いすることになっていた。
口論のきっかけは青い監獄で過ごしてしばらく経つが、相変わらず凛が周りと全く溶け込もうとせず、それを心配した潔の一言から始まった。
「お前なぁ……、そういうのあんま好きじゃないのはわかってるけど、もう少し周りと交流しようとしたほうが良いぜ」
「あ? んなもん必要ねぇよ」
そんな感じのお決まりの台詞から始まり、ああ言えばこう言う凛に潔も若干キレ気味に食って掛かるようになってしまった。
「あーもうー!! お前がそんなんじゃ声かけたくても誰もかけらんねーだろ!」
「別に困らねぇ」
「んなわけねーだろ! このままじゃこれから先、できるはずだった友達も仲間も恋人もできなくなっちまうかもしれねぇじゃん……そんなの……」
寂しいだろ、そう言いかけた潔の言葉を遮るように凛は言葉を重ねてきた。
「お前は」
「へ?」
「お前は、気にせず声かけてくるだろ」
「え、あ? まぁ、俺は別に今更お前に遠慮することないしな??」
「なら、何の問題もねぇじゃねぇか」
そう言ってこの話は終わりだ、と言わんばかりに凛は去ろうとする。一瞬戸惑ってしまった潔だったがすぐに我に返り、逃がすかと腕を掴んで凛の足を止める。
「いやいや! 俺は例外だろ!」
「あ? なんでだよ」
「なんでって……」
「お前がいりゃあ十分だろ」
「そっ……」
普段無愛想で他意はないと分かっていても、その見目麗しい男からそんな言葉が出てきてしまえば、潔と言えども動揺してしまうのは仕方のないことだった。
一瞬大きく跳ねた心臓を抑えて、潔は言葉を続ける。
「……そりゃあ、俺は友達みたいにどっか遊びに行ったり、同じチームなら誰よりお前と息合わせることができるけどさぁ……」
「そら見ろ」
「待て待て聞けって! でも恋人ポジはさすがに無理だろ!」
「だからなんでだよ」
「俺たちは付き合ってもいない、ただのチームメイトだからだよ!!」
話がすんなり通らない苛立ちから思わず潔がそう叫べば、凛は何か考えるように少しだけ視線を逸らす。そして、再び潔を真っ直ぐ見つめてきた。
「なら、付き合え」
「……は?」
「付き合えば、心配していた恋人とやらもお前がいれば解決だろ」
──何を言い出すんだこの男は。
潔の頭にはそんな言葉しか浮かんでこなかった。
予想以上に話が突飛すぎることばかりが出てきて、潔は思わず頭を抱えてこの場にいない目の前の男の兄に助けを求めたくなった。
「お前……、本当にサッカーしかやってこなかったんだな」
「あぁ? 何が言いてぇんだよ」
「……付き合うっていうのは、好き合った二人がするもんなんだよ」
「馬鹿にしてんのかてめぇ」
「馬鹿にしてるというより、小学生の道徳の授業をしてる気分だよ俺は」
「殺すぞ」
「お前はマジで一度小学生の教室行って、一緒に道徳の授業受けてこいよ」
もはや呆れを通り越してため息しか出てこなかった。それくらいに凛の提案は常識なんてぶっ飛んでいた。
「だいたい、恋人になったところでお前、恋人にするようなこと俺と出来んのかよ」
「たとえば?」
「そ、そりゃあ……、手ぇ繋いだり、キス、したり……とか……」
ゴニョゴニョと語尾が小さくなっていくのを感じる。さすがに気恥ずかしくなり、潔は言いながら視線を逸らす。少しだけ顔が熱を持っているのを感じた。
そんな潔をじっと逸らさず見つめていた凛だったが、おもむろに潔に近づき手を取る。
「り、凛……??」
戸惑う潔を余所に、凛は潔の手と自分の手を合わせて、指を絡めてきた。
「へぁっ……!?り……っ」
凛、と名前を紡ごうとした潔の唇は、近付いてきた凛の唇に塞がれた。
「……できるぞ」
触れるだけの優しいキス。そっと唇を離して、凛はそう囁くように呟いた。
一瞬何が起きたのか理解できず、ぽかんとしてしまった潔だったが、理解した瞬間、顔に熱が灯るのを感じた。今顔真っ赤になってるだろうな、と思いつつ口は言葉を紡ぐことができず、ぱくぱくとさせることしか出来なかった。
「お、おま……っ、いま……!!」
「あとはセックスくらいか」
「セッ………!?!?」
凛からの直接的な言葉の追撃で、潔はいよいよ言葉を紡げず、顔を更に真っ赤にすることしか出来なかった。
そんな潔の様子を満足そうに凛は見つめていた。
「で?」
「……はへ?」
「手ぇ繋ぐのもキスをするのも問題ない。セックスもまぁ問題ねぇだろ。付き合うのに何の問題がある?」
淡々と事実のみを告げてるようだが、内容はめちゃくちゃだ。そして潔の頭の中も。
変わらず真っ直ぐ見つめてくる凛の視線から少しだけ逃れるように、潔は目を閉じて俯く。まだ握られた手も、離れたはずの唇も熱を持っているように感じる。
(言ってることはめちゃくちゃなのに……!)
それなのに。
(断る、という選択肢は俺には無いんだよなぁ……)
実のところ、潔世一は糸師凛に惚れていた。もちろんLOVEの意味で。
凛を心配していた気持ちは本当だったが、そこにほんの少しだけ凛の心に潜り込めないかという下心があったのも、また事実であった。
──こんな展開になるとは、全く予想していなかったが。
「オイ」
なかなか動かない潔に、痺れを切らした凛が声をかけてくる。
この年下の男の全て思い通りになるのは、何だが悔しい。そんなことを思い、精一杯の強がりを言ってやる。
「……わかったよ、凛。お前の友達も仲間も恋人も、ぜーんぶ俺が担ってやるから、感謝!しろよな!!」
そう真っ赤な顔のまま照れ隠しに強がりの言葉を告げれば、いつも無愛想な目の前の男の口元が心なしか少し緩んだように見えたのだった。