今日は久々に二人共何の予定もない休日。
そんな休日について、凛と潔の間に決まり事があった。
──それは。
「今日は俺の番だからな!」
「言われなくともわかってるっつーの」
「ちゃーんと甘やかしてくれよ、凛」
「うるせぇな……、ほら」
そう言ってソファに座ったまま、凛は腕を腕を広げる。その様子を満足気に見つめて、潔は勢いよくその腕の中に飛び込んだ。その衝撃で一瞬うっ、と凛の息が詰まる。
「テメェ……、加減てもんを知らねぇのか」
「とか言ってもさ、絶対受け止めてくれるだろ凛は」
「チッ……」
二人の決め事。
それは『休日は片方をひたすら甘やかすこと』
お互いの予定が何も無い休日は、交代で片方をひたすらに甘やかす。ただそれだけ。
今回は潔が甘やかされる番なので、凛は悪態をつきながらも潔の要望を全て叶えるのだ。
「で、まずは何をさせる気だ」
「人聞きの悪いことを言うなよー、そうだな……まずは飯! 俺お昼はラーメンが食べたい」
「……前に実家から送ってもらったインスタントしかねぇぞ」
「それで良いんだよ。あ、でもちゃんとトッピングは準備してくれよ。半熟煮卵に海苔とー、メンマと野菜も欲しいな、あとチャーシューたくさん!本当はぐるぐるのなるとが欲しいところだけど、さすがにこっちじゃ手に入らないしな。我慢する」
「つまり用意できるもん全部、てことじゃねぇか」
「そういうこと! 美味しいラーメン頼むぜ」
腕の中でにっ、と笑みを向けられて、凛は思わず溜息を一つ吐き出すが、すぐに作業に取り掛かろうと立ち上がる。
「喜べ、餃子もつけてやる」
「あは! 凛も俺の甘やかし方が分かってきたな」
満足気な潔の頬にキスを一つ落として、恋人の要望を叶えるため凛はキッチンへと向かったのだった。
昼食に凛の用意したラーメンと餃子を堪能して、潔は満足そうにソファに沈む。少し遅れて片付けを終えた凛が隣に腰掛ける。
「で、次は何をご所望だ」
「んー……」
少しだけ考えるふりをして、潔はそのまま凛の膝の上に頭をぽすりと乗せる。
「しばらく枕になってて」
「他は?」
「あとはそのまま好きにしてていいよ」
「わかった」
それだけ言うと凛は潔の頭に手を乗せて、ゆったりと撫で始める。さらりと髪に指を通してその感触を楽しんでいるようだった。
「今更だけどさ」
「あ?」
「男の膝枕ってかってぇのな」
「わかりきったこと言うんじゃねぇ」
「お前よく俺の膝枕で寝てるからさー、どんなもんかな、と思ってやってみたんだけど」
「……」
「お前の体温感じるし、悪くないな。確かにクセになるかも」
にやりと笑みを浮かべて、体の向きを変える。視線を凛の方に向ければ、パッと見いつもと変わらないクールな顔立ち。しかし、よく見ればその双眸のターコイズから隠しきれない感情が滲み出ている。
喜びも悲しみも怒りも愛しさも全てが詰まった、潔だけが見れる凛の想いの全てがそこに現れているようだった。
「やっぱ、お前の目って綺麗だなー」
そう呟いて潔は体を起こす。そのまま頬に手を伸ばして凛の瞼に唇を落としてやる。ちゅっ、と軽いリップ音が響いていたが、すぐに頬に伸ばされていた潔の手を掴み、凛が顔を寄せてくる。
唇が触れるその直前で、他でもない潔の手によって止められる。
「……オイ」
「あはは、まだ早いっての。もう少しだけ我儘言わせてくれよ」
そのまま凛の胸元にぐりぐりと顔を寄せて、潔は再び甘えるような視線を凛に送る。
凛がこのような潔の甘えるような視線に弱いのはすでに承知していて、これはもちろん確信犯である。
「もうちょっとしたらさ、散歩がてらいつものカフェ行こうぜ。前はパフェ食ったから、今日はパンケーキが食いたい」
「また食うのかよ」
呆れたように再び溜息を吐く凛に、その反応を待ってましたとばかりに笑みを浮かべて、潔はとびきり甘さを乗せて言葉を耳元で紡いでやる。
「夜にたくさん運動すれば問題ない、だろ?」
かり、と凛の首筋に爪を立てて、にんまりとしてやったりの笑顔を浮かべる潔と目を見開いてる凛。だがすぐにいつものすました表情に戻り、少しばかり怒気を含んだ声色で潔に告げる。
「テメェ……、煽った分夜は覚悟しやがれ」
「おーこわ。日付変わるまでは俺を甘やかすっていうの忘れるなよ」
「……次の休日も覚悟しとけクソが」
次は俺の番だからな、と付け加えて外出のために支度を整え始める。
「着てく服、凛が選んで持ってきてくれよ」
「チッ……」
ソファで寛ぎながらそう告げれば、いつもの凛の舌打ちが響く。だがすぐに潔の服を見繕うためクローゼットに向かった。そんな様子をくふくふと楽しげに笑いながら見つめる。
──あの糸師凛が、俺の為だけにご飯を作って、俺の為だけに服を選んで、多分この後着替えまでしてくれる。
今日の凛の一挙一動全ては潔の為のものなのだ。そう思うと、凛の全てを独占してるのだと実感できて、堪らなく満たされていく。
多分、それは凛も同じで。
普段の凛を知ってる人なら、凛が絶対に了承しないだろうと思うようなバカップルみたいなやり取り。
まぁ、バカップルみたいなことをしてるのは事実だが、蓋を開けてみればそれは互いに抱く底無しの独占欲を満たすための大事な日なのだ。
(いつかこの一日を撮影して、ドキュメンタリーとして全世界に発信するのも良いかもな)
──そして、全世界に改めて『糸師凛は潔世一のもので。潔世一は糸師凛のもの』と宣言するのだ。
そんな壮大な計画を想像しつつ、今日の残り時間あとはどんな我儘を言って凛に甘やかしてもらおうか、そんな事を思いながら潔は凛の戻りをソファに座ったまま待つのだった。
まだまだ、休日は続く。