蝉の鳴き声が響く夏の日。
夏休み中の潔と凛は、練習帰り馴染みの店へアイスを買いに行く。幼い頃から続いているこの習慣は高校生になってからも続いていた。
昔はここに凛の兄である冴もいたのだが、彼は現在日本を飛び出してスペインで活動中の身。今は潔と凛だけとなってしまったが、不思議とこの習慣を止めようという気は二人には起こらず、今日まで変わること無く続いていた。
そして今日も近くの公園のベンチで二人揃って買ったアイスに齧りつく。
「あー! 練習後のアイスうまー!!」
「うるせぇ、静かに食えよタコ」
「いいじゃん、こういう小さな幸せを噛みしめるのも良いもんだぞ」
「……確かにテメェにはこれくらいの小ささがちょうど良いかもな」
「……なーんか意味深なんだけど」
「さてな」
ほんっとかわいくねーやつ!と小突く潔をひょいと躱す凛。こんな他愛もないやりとりもいつも通りだ。そんなじゃれ合いの後、だいたい潔が本当にしょうがない奴、と溜息をついて凛の頭をわしゃわしゃと撫でる。ここまでが決まった流れだったのだが、その日は少しだけいつもと違った。
いつものじゃれ合いの後、潔はふと何もない空を見つめる。そんな様子に凛が不思議そうに見つめていると、潔がそっと口を開いた。
「こうやって、凛とアイス食べて帰れるのも、あと少しなのかなぁ……」
「……は?」
食べかけのアイスキャンディーが暑さで少しずつ溶けてぽた、と水滴が落ちる。
「な、んでだよ」
「何でって、そりゃそうだろ。俺は来年卒業するし、大学へ進学する。そしたら今までみたいに一緒に帰るのも無くなるだろ」
「……サッカーも辞める気なのか」
「まさか! サッカーは続けるよ。でも流石に今までよりは一緒に練習できる時間減っちゃうかもな」
潔としては至極当然の事を言ったつもりだった。卒業して大学に入れば、今までと違う生活になる。住む場所が変わらなくても時間の流れががらりと変わるのだ。そうなれば凛とはもちろん時間の流れが異なるし、過ごしていた時間が減ってしまうのは当然だろう。
もちろん寂しさはあるが仕方のないことだし凛も当然その事を理解してるだろう、そう思って発した言葉だったが、ふと凛の方を向けば驚いたような信じられないものを見たような表情をしていた。
「凛?」
予想していなかった凛の反応に潔が声をかけるが、凛からの反応は返ってこない。
凛と潔の手に残ってるアイスが更に溶けて、ぽたぽたと落ちる水滴が増えていく。
「……、……よ」
「え?」
ようやく凛が口を開いたようだったが、発せられた声がか細く潔の耳までしっかり届かず、反射で聞き返す。
「そんな理由で、俺から離れるのかよ」
今度ははっきりと潔の耳にも届いた凛の声。いつもより低く、少しだけ震えてるように聞こえた。
「離れる、て、別に会えなくなるわけじゃ……」
「俺は」
潔の言葉を遮るように、凛が言葉を重ねる。
「そんなもんでテメェとの時間を無くすつもりはねぇよ。卒業して大学行こうが何しようが関係ない」
ぐいっ、と凛はアイスを持っていない方の手を潔の後頭部に回し、潔の顔と己の顔を近付ける。わっ、と驚きの声を発する潔を気にすることなく凛は続ける。
「テメェはこれからも俺とサッカーするし、その後はアイス食ってテメェのくだらねぇ話に付き合ってやる」
「ぁ……」
りん、と紡ごうとした潔の唇が凛によって塞がれる。
「これからも、俺は何も変える気はねぇよ」
蝉の鳴き声が響く中、翡翠の瞳が見つめるまま潔の手に持っていたソーダ味のアイスが溶けてべちゃりと地面に吸い込まれていった。
「今日も暑っちぃ……」
外は相変わらず蝉の鳴き声が響いて、日差しが凶悪なくらいに強い。室内にいても感じる暑さに、流れる汗をタオルで拭いながら潔はリビングのソファにぐったりと寄りかかっていた。エアコンは稼働しているが、先程まで外にいた為汗はまだ止まる気配を見せない。
それなのに潔の表情はどこか晴れやかでご機嫌だ。それもそのはず、この後に来るはずのとっておきに胸を躍らせているのだから。
それから間を開けず、玄関の扉が開く音がする。潔は一瞬ぴくりと身体を震わせたが、そちらの方は見ない。誰が来たのかはわかっているから。
足音がリビングに近付いてくる。
「おかえり、凛」
「もうぜってぇこの時間に外には出ねぇ……」
「ジャンケンに負けたくせに文句言わない! ほら早く早く!」
「チッ……」
せがむように潔が手を伸ばせば、舌打ちをしつつ凛はガサガサと手に持っていたビニール袋に手を突っ込み目的のものを手に取る。
「おらよ」
「やったー! やっぱ夏はこれだな!!」
潔が受け取ったのは、アイスキャンディー。今日はあの夏の日と同じソーダ味。
ビリッ、とビニールを破って中身を取り出してご機嫌な様子で齧りつく。
「はぁー、生き返るー」
「おら、もっとそっち詰めろ」
ソファで受け取ったアイスを堪能していた潔の隣にいつの間にか移動した凛がどかりとソファに沈む。
その手には潔と同様ソーダ味のアイスキャンディーが握られていた。
「くっつきすぎだよ凛さん」
「うるせぇ」
しゃくしゃくと二人分のアイスを齧る音が響く。まだソファのスペースに余裕があるはずなのにぴたりとくっついている体温に潔はくふくふと笑う。
「暑くねぇ?」
「すぐ涼しくなんだから、余計な心配すんな」
いつもの仏頂面でそう告げる凛だったが、潔には今の凛がご機嫌であることはお見通しだった。
「ふーん、そっか。このままだとまた汗だくになりそうだから、この後一緒に風呂入ろうと思ったんだけど」
「あ?」
「涼しくなるなら別にいっか」
「……入らねぇなんて言ってねぇだろ。これ食ったらすぐ風呂行くぞ」
「ぶっ、あははっ!」
予想通り過ぎる反応を返してきた凛に耐えきれず、潔は盛大に吹き出してしまう。そんな様子が気に食わないのか、むっとしたまま凛は潔の手に残るアイスに思いっきり齧りついてやるのだった。