『凛へ
こうやって手紙出すのも何度目かな? ま、お前は返事一回もくれなかったけどな!
こうやって文通始めてから色んなことあったな。サッカーのこと。仲間のこと。家族のこと。そして、お前のこと。本当に、色々あって。その度にこうやってお前に手紙を出してた。
お前は返事くれなかったけど、ちゃんと読んでくれてるのは知ってるよ。だってたまに話してる時、手紙にしか書いてないこと、ちゃんと把握してくれてたもん。
あ、バレてたって知ったら、お前は怒るかな? 頼むからここで破り捨てないでくれよ。まだもう少しだけ続くんだから。
あー、そういえば何度か送らなかったこともあったな。お前に熱愛報道があったりして喧嘩した時。流石にその時は俺も手紙送る気になんてなれなかったし。
一度別れる寸前くらいまで大喧嘩した時のこと、覚えてるか? 今思えば何が原因だったかちゃんと思い出せないけど、結構派手に喧嘩して手紙もメッセージもしばらく送らなかった。このまま自然消滅するんじゃないか、って思うくらい全く会わなくて、その時間がすごく長く感じた。
その時、最終的になんで仲直りしたか覚えてるか?
突然お前が俺の家に殴り込みに来てこう言ったんだ。
「定期便、勝手に止めてんじゃねぇ」って。
勝手に俺の文通を定期便扱いしてるし、そもそも返事出さないくせにさぁ。
でも、何かおかしくて笑っちまった。そんで、なんか意地張ってるのも馬鹿らしくなっちゃって、そのまま仲直りしよって。
本当にお前は不器用だよな。あ、やば。思い出したらちょっと笑い止まらないや。
はー、笑った。
でもさ、こうして振り返ってみると結構楽しかったな、この文通。
でも。
お前もわかってると思うけど、この手紙が最後。
これからは────』
最後の一文を書き終え、カタン、とペンを置く。
丁寧に便箋を折りたたみ封筒に収める。少しだけ感慨深げに見つめて、封を閉じる。
完成した手紙と筆記用具を鞄にしまい、潔はがらんとした何もない部屋を見回す。
ドイツでプロとしてプレイし始めてから数年間。この部屋でずっと生活をしてきた。慣れない異国の地での生活は最初は苦労の連続で。楽しいことも苦しいことも、この部屋で色々あった。
そんな苦楽を共にしたこの部屋とも、今日でお別れ。
「今まで、お世話になりました」
そう告げて、潔は玄関へ向かう。
扉を開けると、外の暖かな陽気が流れ込んできた。バタン、カチリ。
最後に扉を閉めて鍵をかける。
そうして最後の仕上げを終えて、潔は歩き出そうと振り返った先によく知ってる人物の影を捉えた。
「凛」
「おせぇ」
「待っててくれたのか、ごめんな待たせて」
「迷子にでもなられたら困るからな」
「そこまでお子様じゃねーし!」
ぶっきらぼうに答える凛に駆け寄れば、すぐに行くぞ、と歩きだす。特に気を悪くするでもなく、潔は凛の隣に並んで歩調をぴったり合わせる。
春の暖かな日差しが二人に降り注ぐ。
「あ、そうだ凛。はい、これ」
「あ?」
「最後の文通」
「わざわざこれ書いてたのかよ」
「ちゃんと終わらせるならしっかり締めておかなきゃと思ってさ。あ! ここで読むなよ!」
「そもそも読まねーよ」
「ふーん、でも受け取ってくれんだよな」
「……チッ」
全てわかってますよ、と言わんばかりにくふくふ、と楽しそうに笑う潔に、凛は眉を潜めて仕返しに頬を抓ってやる。
「いててて、引っ張るなよ」
「うるせぇ」
潔の頬から手を離して、そのまま今度は潔の手を握る。
「へ?」
「おら、さっさと帰るぞ。……俺らの家に」
「!! おう!」
凛の言葉に満面の笑みを浮かべて、潔は手を引かれるまま凛の隣にぴったりと並ぶのだった。
『これからは────
手紙じゃなくて、直接全部伝えるから。よろしくな。』