両片想い福さにでひとつ「だから、ふたりとも飲みすぎだって……」
呆れた声を出す福島さんを見上げると、ほら、と水の入ったコップを渡された。
「まだそんな飲んでませんー」
「顔、赤くなってる」
この辺り、と手袋のつるりとした感触に頬を撫でられる。
「そうですか? でも顔が赤くなるかどうかとお酒の強い弱いは関係ないって聞いたことありますよぉ?」
誤魔化すように手の平で押さえると、確かにいつもより熱く感じられた。でも、これはきっと、福島さんに触れられたせいだ。
「そういう問題じゃなくて……」
お説教が始まるかと思いきや、一緒に飲んでいた日本号さんが日本酒の入っているグラスを揺らしながら笑った。
「いやいや、主はそんなに酒弱くねえぞ。結構イケる口だ」
「ですよねえ?」
「だよなあ?」
「号ちゃん!」
無茶な飲み方などしていない。そもそも、福島さんは飲まないから少しでも酔っていると飲みすぎているように感じられるだけなのではないだろうか。
「駄目だって。今だって普段よりふにゃふにゃになってるじゃないの」
強引に日本号さんと私の間に身体を割り込ませてきた福島さんが顔を覗き込んでくる。その途端、一気に顔が熱くなる。
「ほーらぁ、顔真っ赤。もう飲んじゃ駄目」
手から御猪口を奪われる。もう少しだけ、というお願いは聞いてもらえない。
「意地悪」
「意地悪じゃありません。君の身体のことを考えてるんだよ」
「でも」
「でも、じゃないの」
彼は私の身体を抱くようにして立たせると、日本号さんに「おやすみ、号ちゃん」と言ってそのまま外へと連れだした。なんて強引な、と少々むくれていると、小さな溜息が聞こえてきた。
「私、子供じゃないです」
「知ってるよ」
「……いっつも、子供か妹かみたいな扱いする癖に」
絡むように言って身体を寄せれば、福島さんは少し眉をひそめて顎を上げた。その反応に、調子に乗りすぎて呆れられたか? と背筋がゾッとする。表情を強張らせた私に、彼はまた大きな息を吐いて「あのね」と首筋を掻く。
「そりゃ、主のことなんだから。だれだって心配するでしょうが」
完全に特別には思われていなさそうな言葉。胸の奥がズキンと痛んだ。
紳士的で、でもどこか思わせぶりに思える言葉も態度も、きっと長船で光忠な彼の自然な振る舞いなのだろう。それでも、心奪われてしまった。片想いでもいいと自分に言い聞かせていたのに、ここに来てついつい不満が溢れた。
「福島さんにとっては、私はただの主かもしれませんけど、でも、私にとっては」
そこまで言ったところで、唇を人差し指で塞がれた。
「それ以上は、言っちゃ駄目」
明確に振ることすらしてくれないなんて、なんて残酷なんだ。それも彼の優しさと思えれば良かったのだろうけれど、この時の私は冷静ではなかった。
「福島さんは、私のことなんて、どうとも思ってないかもしれないですけど」
「だから、言っちゃ駄目だって言ってるじゃないか」
こら、と言いながら頬を手で包まれて、視線を合わされる。まるでキスをされるポーズのようで、どうして気を持たせるような仕草をするのか、と腹も立ってくる。
「こ……な、かっこ、勘違い、する、じゃないですか」
身を捩っても離してくれない。そればかりか「しても良いよ」だなんて言ってくる。
「されたら、困る癖に。だって、私のことなんて、主としか、思ってな――」
「何とも思って無いわけないだろ?」
苦笑いの顔が近付いて、額に優しく唇が触れ、一瞬で離れていく。
「さっきだって、号ちゃんとの距離、近すぎ」
「……え?」
「俺以外にあんな風に寄り添われるのは、ちょっと心穏やかじゃいられないかな」
目を丸くする私に、福島さんは少しだけ照れたように笑って。
「告白は、今度俺からするから。だから、先に言わないでよ」
「福島さん?」
「さ、もう遅いから寝るよ」
「ちょっと待っ……ねえっ、福島さんってば!」
何度呼びかけても、私の手を引いて歩く彼の背中は振り返ってくれなかった。