事務所の廊下に、那由多の舌打ちが響く。
彼の視線の先は、壁に貼られたとあるフェスのポスターだ。
◇
ArgonavisとGYROAXIAに、バンドやDJからアイドルまで約20組もの若手有名アーティストが集う大型フェスへの出演依頼が来たのは、少し前のこと。
ドームで行われるかなり注目度の高いフェスゆえ、出演しない選択肢は無いだろうとどちらのバンドもすぐにオファーを快諾した……のだが。
このフェスにはいつもと違う点がひとつあった。
男性の出演者が、ArgonavisとGYROAXIAのみだったのだ。
◇
「那由多くん!先に来てたんだね!」
横から響く大声に、那由多の肩が跳ねる。声の主である七星蓮は、手を振りながら那由多に近付いてきた。
今度のフェスではArgonavisとGYROAXIAのコラボパフォーマンスが予定されており、今日はその打ち合わせのためにArgonavisのメンバーも事務所に呼ばれていたのだった。
「わあ、ここにも貼られてるんだ!これの撮影、楽しかったなあ……皆すごく良い子でしっかりしてて、僕、最年長なのに色々助けてもらっちゃった……」
多くのアーティストが出演するだけあって、今回のフェスは公演日に向けた広報にかなり力を入れているらしい。
このポスターもその内のひとつだ。出演アーティストのうち選ばれた数名が集められており、ポスターの中で蓮は唯一の男性として数人の女性に囲まれていた。
「えっとね、この子とはすごく仲良くなれたよ!」
そう言って蓮が指さしたのは、女子高生達に人気のガールズバンドでギターボーカルを努める少女だ。
「向こうから話しかけてくれたんだけど、ボーカル同士色々お話して勉強になった!遥くんもだけど、ギターボーカルって凄いよね。僕にはできそうにないや……」
Argonavisとは音楽性が似ているようで、彼女も蓮も元からお互いのバンドを知っていたらしい。そのせいか撮影現場では随分と話が弾んだようで、連絡先まで交換したそうだ。蓮はその時の様子を楽しそうに語っている。
「この〇〇さんはアイドルで────××さんはDJをしていて────」
蓮はポスターに映る女性陣を1人ずつ紹介しながら、撮影時のエピソードを夢中で話し続ける。どうやら先程のギターボーカルの少女の他にも、随分と彼女らと仲良くなったらしい。
「当日が楽しみだね、那由多くん!」
一通り喋り終えた蓮が那由多の方を向くと、彼はいつも以上に不機嫌な表情を浮かべていた。
「那由多くん?……もしかして、ヤキモチ焼いてる?」
「……」
「えっと、心配しなくても僕は那由多くん一筋だよ!それに、皆に那由多くんのこともたくさん話したよ!」
「…………!?」
「今みたいに素直になれないところとか、実は優しいこととか……そしたら皆『旭さんって怖い人だと思ってました!』とか、『意外と可愛い部分あるんですね!』って」
「てめぇは勝手に何してやがんだ……!?」
◇
確かに那由多の中に嫉妬と焦りのような感情が生まれていたのは事実だった……のだが、今の彼は恋人の身勝手な行動に頭を抱えていた。
当日は自分の出番以外で楽屋から一歩も出ないことを決めた彼が、決意虚しくフェスの当日に沢山の女性出演者に囲まれて質問攻めをされ頭を痛めることになるのは……また別の話である。