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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、続・続キス

     マリオンは、自室のベッドに腰掛けて脚を組んだ。ジャックの夕食で腹がいっぱいだと、心が落ち着く。
     落ち着いて、マリオンが思い浮かべたのはガストの顔だった。今ごろまたヘラヘラ笑って、弟分とやらたちと遊んでいるだろうか。ノースの研修チーム部屋にいないなら好都合だ。
     いたなら、大体いつもアイツはヘラヘラとマリオンに声をかける。「マリオン、何してんだ?」など言って顔を見せるので、手が空いていれば、別に声をかけられて嬉しいわけではないがマリオンはリビングで紅茶を淹れることにしていた。
     自室で一人、マリオンは自身の唇へ指を当てた。
     先日はガストにこの唇を好き放題されたのだった。ゆっくりと唇で上下に食まれ、厚い舌が内側を甘く舐り、息の仕方がわからずいる間に唇へ歯先をたてられた。
     ぞくぞくする感覚に呑まれていたところへ、急に鋭く刺激があれば身が跳ねてしまったのだって仕方がないのだ。
     ガストに翻弄された、なんて表すつもりはないが、自分がああいった口づけに慣れていなかったのは確かだった。マリオンにできないことがあるはずない。自身の指であのキスを思い出しながら、マリオンは「うん」と小さく頷いた。努力は嫌いだが準備は必要だ。
     ガストは舌先でマリオンの唇を割った。思い浮かべて、マリオンは自分の指を唇と唇のあいだへ置いた。本当ならもっとずっと熱くて柔らかかったはずだ。思い出すと胸元がそわそわしたので、努めて感覚を追い払う。
     あのとき、マリオンも舌先をガストへ伸ばしてやればよかった。そうしなかったのは身がこわばっていたからで、ガストの舌へ触れていたら一体どんなふうだったろう。唇に挟んだ指を舐ったところでマリオンには想像もつかない。
     このあいだ見た映画で性的に盛り上がるシーンは、もっと食らいつくようにあからさまで興奮露わの雰囲気だった。その映画のカップルはすぐに怪人に襲われてしまったので、マリオンには何の参考にもならない。
     あのときはしっとり味わうようなキスをされた。アイツは何を考えてあんなことをしたのか。気づいたらそうしていた、なんて言っていたような気がする。
     マリオンは指を舌先で舐った。舌みたいに熱くはなくて、唇に当たっている爪の背は硬い。これがあの熱い舌だったら、唇をもっと食み合わせて、舌先で舌先を繰り返し舐って、マリオンは喉を鳴らして唾を飲み下した。食むまま指を吸い、小さく音がたつ。
    「マリオン、部屋にいるか? いや、別に用事があるわけじゃねぇけど」
     ドアの向こうでガストが言った。
     マリオンはびっくりしたが取り繕って、ガストに部屋へ入る許可を言った。ガストはいつもどおりヘラヘラ笑ってマリオンへ手を振っている。
    「何かしてたとこだったか?」
    「いや。考えごとしてただけだ。オマエこそ、外を遊び歩いてたんじゃないのか」
    「タワー内にいたよ。ははっ、夜遊びしてると思われてんのか? そういうのはもうやめにしたんだ」
     下のフロアの自販機でアキラたちと会って、話が盛り上がったと言う。
     ガストは今聞いたばかりのサウスの研修チームの話をしながら、マリオンの隣に腰を下ろした。ベッドがへこみ、マリオンは身体が傾いたので傾くに任せてガストへ身を寄りかけた。
     ガストの話はくだらない話だが、不思議といつも退屈ではない。同意を求めてガストが語尾を上げたので、まぁそのように思われなくもない、とマリオンは返事してやった。ガストが嬉しそうに笑う。
     こんなことでいちいち喜ぶなんて、コイツは単純なヤツだった。マリオンが見上げてやって、目が合えばガストは笑う。「どうした?」とガストはマリオンに訊ねた。
     どうもしないし、マリオンは特に何を考えたわけでもなかった。ガストと距離が近づいてから、しばしばこういう気分になる。身を寄りかけたのもそうだし、ガストへ顔を寄せている今だってそうだ。
     ガストの肩へ手をやって引き寄せて、マリオンは唇にキスしていた。ガストが息を止めたような、驚いた様子を見せた。気分がよくてマリオンは唇をゆがめる。
     離れてやるとガストがマリオンを見つめるので、もう一つキスをして、二つキスした。感触は柔らかく、ガストのまとう気配へ割り込むみたいに唇を長く合わせる。柔らかい感触をマリオンはそっと食んだ。
     前にガストからやられたようなヤツを、知らず真似てやり返していた。唇の先でガストの唇を淡く挟む。挟んだ唇へ舌先を当てて、揶揄うみたいに小さく舐る。
     始めガストはマリオンにされるままいたが、やがてマリオンの頬へ手をやった。マリオンの顔の向きを変えてやろうとか、引き寄せようとか考えているふうでなく優しく頬を撫でてマリオンと唇を合わせている。
     突然仕掛けたのはマリオンだが、素直に従うガストを見てマリオンは褒めてやりたいような心地になった。心臓の辺りがうずいてきゅっとする。もう少し深くコイツを知りたい。
     思わず開いたマリオンの唇にガストが舌を伸ばしていた。唇の内が舐られるのを感じて、おかしな感覚に頬の筋肉が緩む。やめさせたいがやむのは惜しく、マリオンはガストの舌を舌先で掻いた。
     気づいたガストが舌同士絡めた。ほんの少し強引に引かれて耳の後ろがじんとする心地だ。マリオンはかすかに身体が震えて、先を求めて絡めた舌を扱く。しかしマリオンが身を震わしたせいか、ガストはマリオンの肩に手をやって唇を離した。
    「ぁ、がすと?」
     見上げてやったら、ガストは赤い顔で照れたように笑って、目を伏せた。
     おかしなもので、マリオンは押しやられたようなものなのに妙に気分がよかった。先日の好き放題をマリオンが咎めたとき、キスしていたガストはこんな気持ちだったろうか。もっとしたい、とばかり感じて逸る。
    「マリオン、さん、あのっ!! これ以上はちょっと」
    「何」
    「我慢が」
    「我慢?」
     何の我慢だ。
    「我慢、してればいいだろ」
     言ってマリオンはガストの肩を突き、ベッドへ身体を押し倒した。
     ガストは図体がデカいので、座っていても身体の高さに差があった。倒してしまえばそれも関係ない。押し倒したガストに続きのキスをする。
     高ぶった頭はどこかぼんやりしているのに、合わさる唇の心地良さは鮮明だった。前回「覚悟しておけ」とマリオンは伝えたのだから、戸惑うなら覚悟の足りないガストが悪い。
     マリオンは仰向けのガストの腹を跨いで、ガストへ再び顔を寄せた。拍子に身体同士が触れて、自身の尻辺りに違和感を覚える。
    「え?」
    「うわーっ! ちょっ、待……いや! これは仕方ねぇだろ!」
     焦って言うガストは股座が主張していた。
     マリオンは状況の把握に二呼吸くらいかけて、理解ができると頬に血が集まった。
    「なっ、何考えてるんだ、オマエ!」
    「いやっ、いやいやいや、マリオンのせいだって!! 好きなヤツにあんなふうにされて、興奮しない方がおかしいだろ!」
    「っ……」
     慌てているのか、いつも以上にあけすけなガストの物言いはマリオンの頬を余計に熱くした。
     普通のことだ、当たり前だとガストが主張するなら、普通と違うマリオンが理解できないのこそ当然だ。言い返そうと肺へ息を溜めるが、マリオンはふと気がついた。今の自分たちは、"そういうこと"に臨まんとする体勢そのものだ。思わず息が止まる。
     ガストも顔を真っ赤にして、マリオンを見上げたり、顔を逸らしたり、また視線を戻したりはするが泳ぐ視線が思い切り混乱している。
     ガストの言った「好きなヤツ」のとおり、自分とガストは恋仲だ。手に触れ合うし、身を寄せたくなる。キスもする。でも肌を合わせたことはなく、マリオンはまだ具体的な想像すらしていなかった。まだ、と表してたしかにまだだったのだ。もうマリオンは想像ができてしまう。
     心、身体ともに何の準備もないし、同性同士の行為の進め方も詳しくない。では準備や知識があれば行為したいだろうか、と考えると、自身は恐らく前向きだった。さっき感じた「もう少し深くコイツを知りたい」だ。
     だからといって今この体勢でいるのが正かというと、まったく関係ないことだった。
    「わかった、マリオン。俺が悪かった、です。でもな! この体勢も俺には刺激が強いっていうか、その、マリオン、どいてくれるか?」
    「お、オマエの指図なんて……」
     マリオンは言い返すが、マリオンだってガストを押し倒すままいたいわけではない。
     ガストは耳まで赤いまま、弱った顔になってしまった。こっちだって弱っている、どうしたらいい。そのとき、膠着状態の部屋へ外から声がかかった。
    「マリオン、入りますよ。私の部屋でもありますし、構いませんね」
     ヴィクターの声が聞こえた瞬間に、マリオンはガストの身体を投げていた。
     ガストは受け身を取って床を転がり、部屋の入り口近くまで身体が行った。息を切らしたマリオンの返事で、ヴィクターがドアを開けた。
    「おや。何か取り込み中でしたか」
    「いや! ドクター、助かったよ」
    「マリオンの癇癪にも困ったものです」
     ヴィクターが勝手な想像をしたことにマリオンはむっとしたが、こらえて言葉を飲み込んだ。しかしそのせいで、「おや?」と不思議そうにされてしまったので、興味を持たれる前にマリオンはドアへ向かった。
    「行くぞ、ガスト。ジャックの作った料理がとってある。どうせ夕食がまだだろ」
    「お、おぉ、もらうよ」
     ヴィクターは、ガストが虐げられていたわけではないのかと訊ねたが、マリオンは「オマエに関係ない」と突き放してガストをリビングへ急かした。いつものとおりの振る舞いだ。
    「マリオン、なんか悪かったな。ヘンな空気にしちまって」
    「……ボクも。投げたりして、悪かった」
    「ぇっ! あぁ、いや、謝られると思ってなくてさ」
     あからさまに焦ったさっきの様子はどこへやったのか、ガストは普段どおりヘラヘラ笑う。
     せっかくのジャックの料理を下手に扱われても腹立たしいので、夕食はマリオンが手ずから火に掛け直してやった。ガストが喜んでいるのを隠そうともしないのが、マリオンには少し気恥ずかしい。
    「美味い。部屋の掃除といい、ジャックにはマジで感謝しないとな。マリオンもありがとな、温めてくれて」
    「ジャックの料理を台無しにされたくなかっただけだ」
    「ははっ、さすがにそこまで不器用じゃねぇつもりだけど」
     頬杖をつくマリオンを正面に、ガストがおいしそうに食べ進めていく。
    「……」
    「マリオン? どうした。もしかして、さっきのこと思い出してんのか? ……戸惑わせたのは悪かったけど、あれこそ不可抗力っつうか、何つうか」
    「ボクはまだ何も言ってない。でもああいうのは……そのうちにまた、今度」
     ガストが思い切り食事を噎せた。
     あまりにも派手にガストが噎せ込むので、ボクの話をちゃんと聞いていたのか?とマリオンが責めるどころではなかった。水のグラスを手渡してやる。
     ガストは数分も咳き込んでいただろうか。ようやく落ち着くと、ガストは何故か目を逸らして水を渡したことへマリオンに礼を言った。

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