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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、夜食を作っただけの話

     レンとヴィクターはそれぞれ自分たちの部屋へ行った。読書と、コレクションの手入れと言っていたか。マリオンはお腹がすいたので、ホットサンドを作ることにした。まともに食事をとるには少し時間が遅く、ちょっとした夜食にあたる。
     食パンならキッチンにまだあるし、中に挟む具材になるようなものも冷蔵庫を探せば見つかるだろう。自分でホットサンドを作ったことはないものの、ジャックが出してくれたことがあるので形にはできるはずだ。
     具材になりそうなものを調理台へ並べて、ふとマリオンはガストの視線に気がついた。テレビ前のソファの背もたれ越しに半身、キッチンの方を向いてこちらを眺めている。
    「おい。なんだ」
    「何作るんだろうなって、見てただけだよ。えっ、邪魔しなければいいんだろ」
     邪魔になってないよな!?とガストが狼狽えたので、マリオンはふんと息をついた。
     邪魔をするヤツは鞭で打ってやると先ほど言ったのはマリオンだ。マリオンと同じように夜食がほしくなったヤツが、一緒になってキッチンを使いたがったら迷惑だ、だのでマリオンは邪魔をするなと口にしてから作業を始めた。
     少し前までだったらこんなとき、ガストは自分の居場所がない、など言って談話室かどこかへ出ていっていた。ルーキー部屋にはレンがいるし、メンター部屋にはマリオンが入れてやらない。リビングはマリオンがキッチンを使うと言えば、当然ノース部屋にガストだけの居場所はない。
     それが最近ガストはリビングに残って、それどころかこうしてマリオンに構いさえした。
     マリオンはガストから食パンに向き直って、保存袋の口を開いた。ガストのことは気にせずおく。ツナのパウチとチーズがあったので、ホットサンドの具材はすぐに決まった。しかしこれではやや物足りないだろうか。
    「ツナメルトか? ベーコン軽く焼いて加えると美味いぜ。それにタマネギもたしか冷蔵庫に――ほら、どっちもあった。物足りないなら、卵を別で使ってもいいよな」
     そうしてマリオンが気づくと、ガストはベーコンと、タマネギと卵を調理台へ出していた。
     この男、お節介なのだった。いつの間にかキッチンへやってきて、冷蔵庫の中を覗いている。マリオンは食パンを必要な枚数取り出して、保存袋の口を閉じた。唇を引き結ぶ。
     今さっき、ぎゅう、とこっそり鳴ったマリオンの腹は、ガストが鍋を火にかけて音がかき消えた。マリオンはベーコンもタマネギも使う予定はなかったのに、出来上がりを想像したらどうしようもなくおいしそうだった。それと別にタマゴを挟んだのを作るのも、食べごたえを考えたらきっとちょうどいい。
    「……オマエも、お腹がすいてるのか?」
    「俺? そういうわけじゃねぇけど、まぁマリオンが作るなら手伝おうかと思ってさ。使う具に悩んでたみたいだし。前にカフェでバイトしてたって言ったろ? 軽食も作ってたんだぜ。あぁ、でもマリオンがよければ、俺も少しもらおうかな」
     ぺらぺらと喋りながらガストは熱湯の鍋に卵を入れ、まな板にタマネギを刻み始めた。タマネギの辛み成分で目を瞬いている。
     ガストは世話を焼きたがりの性分なのか、パトロール中もことあるごと、何かというとマリオンを構った。頼んでもいないのに飲み物を寄越すし、狭い道で車が向かってくるのを知らせて、ときにはマリオンを道の端へ引き寄せた。
     マリオンが腹を立てても、そのたびガストはヘラヘラと笑うばかりだった。鞭を振るって躾けてやることもある。
     今回に限っては、マリオンは鞭を振るわなくてもよいかもしれなかった。ガスト本人も食べると言うのだから、マリオンの"世話を焼く"というのとは違う。それならば仕方がなく、ガストも加えて二人で二人分を作るよりない。
     別にマリオンが、腹を立てようにも空腹だというわけでも、二種類のホットサンドをどうしても食べたいからというわけでもない。
     ゆで卵の方もつぶしたり味をつけたりを終えて、出来た二種の具材をそれぞれパンに挟んだ。フライパンにバターを一欠け放って、熱で溶けたころに具入りのパンを置く。すぐにいい匂いが広がった。
     フライ返しで軽く押すと、じゅっと表面の焼ける音がする。
    「焼き色をよくつけるんだったら、強さはもっと、このくらい――」
     ガストの手がマリオンの手ごと、フライ返しを握ってヘラ部分をパンへ押しつけた。
    「おい、指図するな」
    「っ、いや! これは指図じゃなくて!! えぇーっと、これくらいで焼いてくれたら、おいしいし俺好みだなーって!!」
    「オマエの好みなんて知らない。……このくらいか」
    「へ? あ、あぁ、そうそう」
     上手いなとガストが言ったので、マリオンは当然だと返してやった。
     ガストは要領が良いようで、マリオンが焼くのにかかりきりのあいだ、使ったものをすっかり洗い終えていた。この辺りもカフェのバイトとやらで身に付いた振る舞いなんだろうか。
     マリオンがパンをひっくり返したら、焼けた面はこんがりと色がついていた。フライ返しを引っ掛けたときガリッと立った音も相俟って、食感の想像と空腹がはっきりとマリオンの意識に上った。お腹がまた鳴る。
    「え? 今の、あぁ悪りィ! 聞こえちまった」
    「なんだよ。お腹がすいたからこうして夜食を作ってるんだ。空腹なら鳴る」
    「うん、そうだよな。でもマリオンの腹も鳴るんだなーって、ちょっと意外、うっ、いや、なんでもないです」
     マリオンが睨んだらガストはやめた。人をなんだと思ってるんだ。
     パンは裏側もよく焼けて、ちょうどいい具合になっていた。焼き目のついたパンはとにかく香りがいい。マリオンは焼けたパンをいそいそとフライパンからまな板へやり、ガストが包丁の刃をパンへ丁寧に当てた。
     さっさと切れ、とマリオンは思ったものの、しかし刃の位置に気づいて急いでガストを止めた。パンの半分の位置でなく、ガストは2:1ほどになる位置で切ろうとしている。
    「どうして真ん中で切らない」
    「俺は味見くらいでいいよ」
     ガストはむしろ、マリオンに止められたのが不思議だとでもいう顔だった。
     不公平、という以前にこれでは、マリオンだけがものすごく食べたがっていて、またガストがマリオンの世話を焼いた形になってしまわないか。
     二人とも食べるからマリオンはガストに手出しさせたのであり、マリオンの世話を焼くことを許してやったわけではない。まるでマリオンのためだけにガストを手伝わせたようで気に入らなかった。むっとしてマリオンはガストの手ごと、包丁を掴んで刃先を移動した。
     真ん中に刃を合わせて"ここだ"とガストに示してやる。マリオンは早く食べたくて手を握るまま切ってしまおうとしたが、何故かガストの手が強張っていて包丁が下りない。
    「は? ガスト?」
    「え、あっ! すまん」
     ガストは焦った様子でホットサンドを半分に切った。タマゴの方だ。湯気が立つ。
    「さっさとしろ。なんなんだ」
    「い、いきなり手を握られて、驚いたっつーかなんつーか。マリオンの手、小せぇなって」
    「なに言ってる」
     さっき人の手をフライ返しの柄ごと握っていたろうが。
     そもそもガストはマリオンの手を小さいと言ったが、ガストの手が無駄に大きいだけだ。たぶんノヴァよりもっと大きい。
     ガストの手はノヴァよりもだいぶガサついていて、喧嘩傷の痕と思しき線がいくつか入っていた。マリオンの手に触れるのなんてノヴァ以外機会がなかったから、意識して目をやったのはガストが初めてだろうか――
     なんで自分は、こんなことを考えているんだ。
     妙に気恥ずかしい気持ちになった。ガストは「するのとされるのとじゃ全然違って……」と何かもごもご言っていたが、なんだかそれを見ているとマリオンは恥ずかしさが増した。マリオンはガストから包丁を取り上げて、さっさとホットサンドを真っ二つにした。
     パンを少々待たせてしまったが、切り口からは溶けたチーズがとろりと流れた。
    「お、おぉ、美味そうだ。熱いうちに食おうぜ」
     ガストは気を取り直したように、パンを皿に移して笑った。
     マリオンはダイニングへ移動するつもりでいたが、ガストがその場でチーズの垂れた方を大口開けて頬張った。美味いな!とまた笑む。あまり行儀のよろしくない行為だが、ガストの食べ方はあまりにもおいしそうだ。我慢できずにマリオンもそのまま頬張った。
     ひと口食べてしまえばそこからは早く、マリオンは作ったホットサンドを空腹に任せて二種とも食べ終わってしまった。ガストに「食うか?」と譲られて、結局タマゴの方のもう半分も腹に収める。
    「美味かったな」
    「まぁ、悪くはなかった。ボクもこのくらいの焼き加減が好きだ」
    「ははっ、そっか」
     ガストはホットサンドの具が手についたようで指の腹を舐めていた。
     眺めていたらマリオンはふっと気恥ずかしさを思い出しかけたので、意識から羞恥を振り払って皿を二人分シンクへ置いた。置いてから無意識、またちらとガストを見やる。
    「マリオン? なん……なんだ!? 俺は何も、やましいことなんて考えてねぇよ!? 小さい口で、いい食べっぷりだったなって、思ったくらいで」
    「っ、ボクは何も言ってない」
     コイツが焦るとさっきから変に伝染する。
     マリオンは皿や使った器具を洗い始めた。マリオンが無言でいるのを気に掛けているだろう、様子を窺うガストが仕種も視線も鬱陶しい。
     鬱陶しいが、しかしマリオンが何を意識してやることもないはずなのだった。隣でガストがフライパンを水で流し始める。ぎこちない。目が合うとガストはマリオンに笑いかけた。
     これはおいしいもので腹が膨れただけの、気分のよかった時間に過ぎない。マリオンはぷいと顔を逸らして洗い物を続ける。
     何てことはない、夜食を作っただけの話だ。

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