Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    蝋いし

    pixiv:http://pixiv.me/s_shiroi

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 58

    蝋いし

    ☆quiet follow

    ガスマリ(ワンドロ)、押忍!

     今日のマリオンのランチには、ベイクドチーズケーキがついていた。まだしばらくノヴァはゆっくりできるみたいで、ランチのデザートが一品多いのが嬉しい。
     職員室へ書類を届けに行き、今日は少し遅めのランチタイムだ。生徒会室で一人ゆっくり楽しむ時間は、マリオンにとって学校生活で一番大切な時間だった。
     蓋を開け、配色がきれいなランチをマリオンは目でまず楽しむ。マリオンが頬を緩めていると、ふと窓の外から歓声が上がった。
     下のグラウンドで、サッカーをしているヤツらがいるらしかった。マリオンは至福の時間へ邪魔が入ってむっとしたが、窓の外を見やってさらにむかっ腹が立った。目立っているのはガスト・アドラーと如月レンだ。
     ガストが難しい位置からパスを通して、受けたレンがボールを進めている。ガストのパスで周囲が湧いたようだった。と、見る間にレンがゴールを決めた。
     ぼんやりしたヤツかと思っていたら、意外とレンは運動神経がよかったらしい。レンは一緒に喜ぼうとするガストから、ふいと顔を逸らした。そうしてすぐにグラウンドから出ていった。大方、レンはこのあいだの妙な作戦みたいに、ガストから無理矢理参加するよう引き込まれたんだろう。
     ガストはレンを引き留めにかかるものの当然叶わず、代わりに周囲へ何かアピールをしていた。自分が二人分動くから、とか何かきっとそんなところだ。
     思わず一連見ていたマリオンは、自分が時間を無駄に過ごしてしまったことへ顔をしかめた。学校で一番大事な時間をあんなヤツらを眺めるのに使ってしまった。
     マリオンはふんと息をついて、今日のランチへ向き直る。苛立ちを鎮めるため、デザートのベイクドチーズケーキを他より先に大きく頬張った。



     今日のランチについていたのは、甘そうなリンゴのコンポートだった。赤い皮を残した可愛らしいハート型で、形はジャクリーンのリクエストだろうな、とマリオンは微笑む。
     今日も天気が良かったので、マリオンは思いついて生徒会室の窓を開け放った。心地の良い風だと機嫌よく外を眺め、しかしマリオンは眉間にしわが寄った。
     グラウンドにいたのは、またガスト・アドラーだ。昨日といい、一体なんだというのか。
     ガストは周りよりも食べるのが早いのか、一人サッカーボールでリフティングしていた。頭で数度受けて、いったん足へ、また頭へ戻してそのあとはしばらく足、とちょこまかボールをさばいている。途中、ガストはバランスを崩し転がっていくボールを駆けて追った。見ていたマリオンは「ヘタクソ」とこぼした。
     まさか聞こえたわけではなかろうが、そのときガストの顔がこちらを向いた。
     窓が開いているので、グラウンドからもマリオンの姿はよく見えているだろう。気づいたガストは口元で手を筒のようにし、
    「よぉ!!」
    と、マリオンへ声をかけた。
     マリオンが顔をしかめると、ガストは「気づいていないのか?」とでも言うみたいに今度は両手をマリオンへ向かって振り回した。ボールはぽいとその辺りに転がしている。ガストは生徒会室を見上げて、何故か満面笑みだ。マリオンの注意を引こうとしている。
     マリオンに手を振り返せとでもいうのか。そのうちにガストはまた口元へ手を添えて、今度はマリオンの名前を呼んだ。なんて気安い。
     そっぽを向いて無視してやろうか、とマリオンは考えたが、実行に移す前にガストの方がそっぽを向いた。ガストの向く先には、さっき転がしたボールを抱えて生徒が数人近づいている。
     編入したばかりなのに、ガストは周りとよく馴染んでいるようだ。昨日も大勢いた――とそんなことよりも、先に顔を逸らされたことへマリオンは激怒した。
    「……もう、知るか!」
     怒鳴ってマリオンは机を奥へやり、窓に背を向けて口へ甘いコンポートを放り込んだ。



     その翌日のデザートはレモンタルトだった。さっぱりとした香りにマリオンの顔はほころんだが、開けた窓の外からガストがマリオンを呼んだ。応じるつもりはない、と示すのにマリオンはガストへ思い切り舌を出して見せた。ガストはきょとんとしたあとヘラヘラ笑った。
     次の日のデザートはスコーンで、いちごソースのほどよい甘酸っぱさがスコーンの食感とよく合った。ガストはというと、他の生徒と連れだって歩いていたのに、窓へマリオンを見つけて大きく手を振った。マリオンはすぐにぷいと顔を逸らしてやった。顔を逸らされたガストはどうしたろうかと、マリオンは気になってそうっと振り向いた。ガストはまだマリオンに嬉しそうに手を振っていた。
     その翌日は学校が休みだった。ノヴァとジャック、ジャクリーンと一緒に、お昼にたくさんパンケーキを焼いた。素晴らしく楽しい時間だったのだが、たまたま家へやってきたヴィクターをノヴァが食事に誘ってしまったのだけが邪魔だった。アイツは平気で人の焼いたパンケーキにケチをつけるから嫌いだ。
     翌日、マリオンの至福のランチのデザートはチョコレートムースだった。前日のパンケーキに使った分の、余りのチョコレートが材料だろう。楽しかった昨日を思い出しながら、マリオンはチョコレートムースをゆっくりと楽しんだ。今日はアイツ、来ないのかとマリオンが窓の外を見やった、途端にガストはやってきた。別に待っていたわけじゃないぞ、と伝える術がなくてもどかしい。
    「あれ、外は雨か。いつ降り出したんだろう」
     マリオンは、暗い外を眺めながら生徒会室の窓から手を離した。
     開けたら雨が入ってきてしまう。ここのところ、ランチの時間は窓を開けていたものだから閉じている窓に少しだけ違和感がある。
     今日のランチのデザートは、ブルーベリーソースの掛かったプリンだった。蛍光灯の明かりで辛気くさい生徒会室でも、甘みの強い香りがマリオンの気持ちを和らげた。もちろんこれは食後のお楽しみだ。
     アイツは、雨の日はどうしているんだろうか。玉子焼きを口に運んで、マリオンの頭に勝手に思い浮かんだのだ。
     いいや当然、自身がガストのことを気に掛けているワケではない。ガストは毎日飽きもせずグラウンドへ現れていたのに、雨が降っていてはどこで過ごすものかと純粋に疑問だっただけだ。
     昨日は遅れて現れたかと思ったら、購買部で売っているスケッチブックを手にしていた。「マリオン!」だの「見えてるか?」だのとガストが文字を書いて広げて見せた。
     馬鹿なことはヤメロとマリオンが手を払う動作をしたら、マリオンが手を振ったと思ったらしくガストは嬉しそうにはしゃいでいた。アイツ、本当にバカなんじゃないか。
    「マリオン、いるか? 入るぞ」
    「は?」
     マリオンは緩んでいた頬が一息に強張った。
     不躾に生徒会室へ入り込んだのはガスト・アドラーだった。ノックもせずに何だ、と言いかけたが思い出してみると部屋はノックされていた。マリオンが考えごとしていて、反応し損ねたのだ。
     だからといって。
    「返事も待たずに入るなんて、どういう了見だ!」
    「えぇっ、入るぞって言ったから、いいかと思って」
     マリオンの剣幕に、ガストは少したじろいで返した。ガストの物言いにマリオンは、「不良め!」と心の中で毒づいた。
    「やっぱここ、生徒会室で合ってたな。下から見るとまだ今いち構造がわからなくてさ。お前のランチはいつもここなんだな」
    「何の用だよ」
    「お前に会いに来たんだ」
     ガストはテーブルに置いたビニール袋から、サンドイッチと飲み物の紙パックを机に並べた。
     ペラペラと無駄に喋るガストによると、雨だから今日は顔を見られないかと思ったが、自分がマリオンの元へ行けばよいだけだったとさっき気づいたそうだ。
    「ボクはオマエになんて会いたくなかった」
    「そう言うなよ。おぉ、かわいい弁当だな、手作りか? これは――」
     ガストはマリオンのランチを覗き込んで、ウィンナーに気を向けた。
     ジャクリーンの切ったカニさんウィンナーだ。先日タコさんウィンナーを褒めたから、今度はカニさんに挑戦してくれたみたいだった。足が左右ともにズタズタになってはいるが、ジャクリーンは頑張って切ったに違いない。
     これは何だ?なんてガストが言ったら、ひどい目に遭わせてやる。
    「これは、たぶんカニだよな。ははっ、うちの妹も昔作ってくれたことあるぜ。ちぎれて足が少なくなったりして難しいんだよな」
    「か、可愛くできてるだろうが! ジャクリーンが切ったんだぞ」
    「ジャクリーン? っていうと、この前校門に来てた車のあの子か? ほら、あのリボンの」
     ガストはジャクリーンを知っているようだった。
     この前の土曜に、そのまま出掛けるからとノヴァが車でマリオンを迎えに来てくれたのだ。ジャックとジャクリーンも一緒で、校門に着くなりジャクリーンは車の窓から乗り出してマリオンに声を掛けてくれた。
    「そうだけど」
    「へぇ! あの子、料理できんのか。小さいのに意外な特技だな」
     ガストは椅子を持ってきて、自然にマリオンの真正面で腰を下ろした。マリオンが咎める前に、ガストは今度はマリオンのデザートをおいしそうだと見やる。
    「なっ、やらないぞ」
    「いやいや、取らねぇよ。……えっと、毎日昼にお前のこと見上げててさ、最初はそっけなかったけど、だんだんこっち見てくれるようになって――気になっちまって。昼飯、一緒に食おうぜ。このあいだのことも謝りてぇし」
     演技に巻き込んで悪かった、でも横暴はよくないだろ、などガストは失礼なことを言って自分のサンドイッチを食べ始める。
    「余計なお世話だ! 誰が大切なランチの時間をオマエなんかと……出ていけ!!」
    「玉子焼きはきれいだな、それにおいしそうだ」
    「っ、当たり前だ! ジャックが作ってくれたんだから、甘くて、ふわふわで」
    「へぇ、甘いのか。俺も玉子焼きは甘いのが好きだな」
     コイツはおかしなことを言う。玉子焼きは甘いものだろうがとマリオンが返すと、しょっぱいのもあるのだとガストはヘラヘラした。グラウンドからこっちを見上げるのと同じ笑みだ。
     マリオンは何だか勢いを削がれてしまって、不服ながら椅子へ腰を下ろした。このままではせっかくのランチを食べる時間がなくなってしまうからだ。
     マリオンの追い出し損ねたガストは、やっぱりペラペラとよく喋った。マリオンのランチが毎日手作りなんて羨ましいだの、レンのサッカーの技術の話だの、くだらない話ばかりだ。
    「嘘をつくな」
    「本当だって! 明日俺がしょっぱいやつ、作って持ってきてやるよ」
    「オマエが作るのか?」
     再び戻って玉子焼きの話だ。ガストがしょっぱいのを持ってきたら、代わりにジャックの玉子焼きを一つくれと言う。マリオンは半信半疑で頷いた、そのときにやっと、明日もコイツが来ることになってしまったと気がつく。
     マリオンは眉間にしわが寄ったが、プリンの甘みですぐに緩んだ。
     ノヴァの作るデザートはいつだってマリオンの気持ちを鎮めてくれる。見上げると、ガストが意外そうな表情でマリオンのことを見つめていた。
    「なんだよ」
    「いやっ、別に!? ……雨で、よかったなって」
    「はぁ? 今日はまだジャックの玉子焼き、オマエにやらないからな。そもそも、もうボクが食べてしまった」
     昨日まで遠くにいたはずの顔が、また笑う。マリオンは胸が何かむずむずした気がして、落ち着こうと最後の一匙プリンを口へ運んだ。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🎋🅰🐍🅰ℹℹ💞💞💞🙏👏👏👏☺🍮🍰🍫😍😍🏫💕💯☺👍❤❤💯🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏🙏💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator