9月9日は、マリオンとガストの"まんなかバースデー"なのだという。
マリオンが何故そんなことを知ったかといえば、エリオスチャンネルでマリオンとガストを応援してくれているらしいアカウントの投稿を見たからだ。
マリオンたちは、特にふたりの交際を公表しているわけではない。しかしマリオンとガストが並んでいるのを見掛けた、だの、一緒にいるふたりを応援したい、だのという投稿を目にすることがあった。交際がバレているわけでもなさそうなのに不思議なものだ。
"まんなかバースデー"についても、そのようなアカウントが発信しているのを見掛けたのだった。主に恋人や夫婦が祝うものだそうだから、マリオンたちの"まんなか"が話題にされているのは少々違和感だ。ひょっとして、"まんなかバースデー"にマリオンの知らない意味でもあるだろうか。
実際のところふたりは恋仲なので、9月9日は正しく恋人たちが祝う"まんなかバースデー"にあたった。何かお祝いをするべきか、という気持ちと、もしガストが知らなかったらマリオンだけ祝い事に盛り上がっているように取られるのでは、という気持ちでマリオンは悩んだ。
「ガスト。今夜、空いてるか」
「今夜? 特に予定はねぇけど」
「なら、リビングで映画を見るから付き合え」
そうしてふたりの"まんなか"とは伝えず、ガストを誘うことに決めたのだった。
これなら別にガストが知っていようがいまいが関係ないし、一緒に過ごすことでマリオンはささやかに祝った気分になれる。パトロールの最中にさりげなく声を掛けたのだ。
「いいぜ、何見るんだ?」
「ボクのお気に入りを見る」
「おぉ、あれか。……もしかして、誘ってくれたのって今日が9月9日だからか?」
マリオンは驚いてガストを見上げた。どうやらガストも"まんなかバースデー"を知っていたらしい。
マリオンは「そうだ」とさも始めから、そのつもりだったふうを装った。案の定ガストは、マリオンから誘ってもらえて嬉しい、と満面笑みだ。得意になってマリオンは頬が緩んだ。
夜になってマリオンは、ノヴァのところからポップコーンマシンを抱えてノース部屋へ運んだ。レンは早寝なので一緒に映画を見るのは昼間だけだし、ヴィクターはいつもの通りラボだ。マリオンとガストは香ばしい匂いを楽しみながら、ふたり分のポップコーンができあがるのを待った。
味をつけてバケットに盛り、腰掛けたソファでそれぞれ抱える。
「この映画、俺と見たのだけで何回目だ? 好きだよなぁ、マリオン」
「文句でもあるのか」
「ははっ、ねぇって。ほら、もう始まる」
明かりを落とした部屋の中、リビングのディスプレイがモノクロで俳優の名前を映し出した。ガストが自分のバケットからポップコーンを頬張る。
好きな映画は何回見たってよいものなのだ。特にこの映画は、セリフを覚えてしまうほど何度も見た。先を知っていても展開にわくわくするし、切ないシーンには毎回胸が締めつけられる。好きな映画を見ている時間はあっという間だ。
物語が終盤の途中頃、ソファに置いたマリオンの手へふとガストが手を重ねた。猫の頭にでもやるみたいに撫でられ、かと思うと指の背から隙間を指先が優しく擦った。マリオンは驚きながらも、わきに抱えていたバケットを自分の股のあいだへ移す。急なことだったからひっくり返してしまうところだった。
これは、このあとをガストに誘われているということだろうか。明日も朝早くから仕事だ。が、記念日なのだし、まぁマリオンもやぶさかではない。いわゆる記念日の"自分がプレゼント"というやつ。
一方的にマリオンからだけプレゼントを用意してやるのもおかしな話だが、受け取られれば結局はマリオンももらうことになる。マリオンは唇をとがらせながらガストの指を握り返した。
今回もこの映画の大好きなシーンをすべて楽しんだ。主人公が立ち去って、画面いっぱいに"The End"だ。
「俺も好きだぜ、この映画。こんだけの頻度で見てたら、セリフを覚えちまいそうだ」
「ボクはもうとっくに覚えてる」
「マリオンの記憶力ならそうだよな。さてと、ポップコーンも空になったし、寝るか」
「えっ?」
笑いながらガストはテーブルへバケットを置いて、うーんと思い切り伸びをした。
ガストはこのあとへマリオンを誘ったのじゃなかったのか。いや、記念日であろうとなかろうと、よくガストはマリオンの手を取るが。
でも今日が記念日だとわかって一緒にこんな時間まで過ごしたのだから、期待だってしてしまうだろうが。
「……ガスト。今日が何の日だか、わかってるんだろうな」
「『ポップコーンの日』だろ? 知ってるぜ。ジャクリーンが教えてくれたからな」
「は?」
「だから映画を見ようって誘ってくれたんだろ? ポップコーンパーティーならノヴァ博士たちじゃなくていいのかって驚いたけど、誘ってもらえて嬉しかったよ。ありがとな、マリオン」
ガストの顔がほころんだ。
そうじゃない!と出かけた声はマリオンの喉につっかえた。ガストの笑顔が怒鳴りたい気持ちを押し止める。コイツには最初から通じていなかったみたいだ。
結局のところ、本当はマリオンだけが祝い事に盛り上がっていたことになる。マリオンが呆然としていると、ガストのスマホから着信音がした。
「おっ、エリチャンにビリーからコメント入ってる。さっき『これからマリオンとポップコーンパーティー』って投稿したんだよ。ん? まんなかバースデー??」
「っ、おい貸せ」
奪いとったガストのスマホの画面には、「ふたりのまんなかバースデーのお祝い?」と訊ねるビリーからのコメントが映っていた。
今日がマリオンとガストのまんなかバースデーだと言っていたのは、市民のほんの数アカウントのはずだ。目聡いあのビリー・ワイズはそれを把握していたらしい。
「まんなか、って何だ?」
「ふたりのバースデーの、ちょうどあいだにあたる日のことだ」
「へぇ。えっ、それじゃ今日が? 俺とマリオンの?」
「……」
「あのビリーが間違わねぇだろうし、そうなんだろうな。マジかよ、ケーキでも買えばよかった。そうだ、せっかくだから明日買いに行こうぜ。パトロール帰りにでも」
「えっ、いや……いいけど」
「約束な。マリオンが選んでくれよ」
ガストがほころんだ顔のまま続けるので、マリオンは勢いを削がれていた。
どうせなら今日祝いたかった、もう日付が変わる、来年は当日祝おう。ガストはペラペラ喋ってご機嫌だ。
「何はしゃいでるんだ」
「え? だってマリオンと映画見られたし、気づくのは遅れたけど、記念日知ったから祝えるだろ? いや、『遅いぞ!』とか怒るなよ、マリオンだって知らなかったんだし」
「ボクはっ……"まんなかバースデー"が何かは知っていた」
マリオンは誤魔化して言い返した。
今日がその日なのを知っていたとは今さら言えなかった。自分ひとり、最初から祝い事のつもりだったなんて。
でも今日が記念日だったと知ったガストのはしゃぎ様よりはマシだろうか。
「ガスト。まだ一応"今日"だし、今から祝ってもいい。……ボクの部屋で」
「マリオンの部屋? えっあっ、行っていいのか!?」
「お、大声を出すなよ」
恥ずかしいヤツめ。マリオンは咎めて言って、熱い頬のままガストの口を唇でふさいでやった。
了