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    7月てて恋原稿のボツ。もったいないので供養(と言いつつしれっと使ってるかもしれない)イナサくんが少し怖い轟くん

    青にとける そろそろヒーロースーツも某なんとかライダーのようにベルトのボタンひとつで格好よくかつ迅速に着替えられるようにならないものか。持ち運び用のアタッシュケースに分解した籠手を詰め込みながら爆豪は何度目か分からない望みを乗せたため息をついた。
     ヒーローは格好いい。それぞれの個性や戦い方に見合ったコスチュームを身に着けて颯爽と現場に駆けつけ敵を倒したり人命救助したりする。子供たち、そして爆豪もそんなヒーローの姿に憧れ、志とした。けれどもそれは切り取られたごく一部でしかないことを、雄英に入って痛感している――まさに今も。
     女児向けアニメの変身バンクのようにリボンが虹色に光る身体を包んで、一度公衆の面前で全裸になってから戦闘服に着替えたいとは言わない。ただもう少し、スマートに着替えができたらウィンウィンだと思うのだ。事件や事故発生からヒーローが現場に駆け付けるまでの時間短縮が可能な場所があるとすれば着替えの時間じゃないかと爆豪は思う。
     頭ではそんなことを考えながらも手は止めないのが爆豪勝己という男だ。帰り支度を済ませヒーロースーツが詰め込まれたアタッシュケースと補講用の教材がどっさりと入ったスクールバッグを抱え上げて、爆豪はすっかり慣れ親しんでしまった補講会場を後にした。そうして寮に戻るべく、引率として来ている相澤の元へと歩んだ。一刻も早く寮に帰って予習復習を済ませ身体を休めたい。また明日から怒涛の六日間が始まるのだ。
    「爆豪、轟は一緒じゃないのか」
     けれどもそう少し呆れたような声を出した担任に、爆豪は初めて背後に紅白頭がいないことに気が付いた。さあ、と秋の気配が入り混じり始めた風が補講終わりの火照った背中を撫でる。
    「あ? ……ア!? ンの自由人……!」
    「悪いが見て来てくれるか」
     見計らったようにけたたましく着信音を奏で始めた携帯電話を取った相澤に反発するタイミングを失い、爆豪は今来た道を戻るほかなかった。疲れた身体にアタッシュケースとスクールバッグがずっしりと重く感じられて、それが余計に苛立ちを募らせた。
     補講生がぞくぞくと出てくる建物へ、人混みの波に抗って向かう。講義室を覗くがもぬけの殻だった。ならば更衣室か。最後の講習は実演だったから恐らく間違いないだろう。そこにもいなかったら置いて帰る、と爆豪が固く心に誓いながら更衣室のスライド式ドアのバーに手を掛けたときだった。
    「……! ……っス!」
    「……、――」
     ふたりぶんの声がさほど広くない更衣室から漏れ聞こえる。そのうちのひとりの声に爆豪は心当たりがあった。先程まで一緒に補講を受けていた士傑高校の一年、夜嵐だ。ならばもうひとりは轟か。轟が夜嵐と雑談をするために自主的に残るはずはないだろうからきっと捕まってしまったのだろうと少し憐れむが、そもそも自らも巻き込まれたのだったことを思い出して腹立たしさが上回った。掴んだドアバーを思いきり引く。
    「うおっ!? 爆豪! いたのか!」
    「いたのかじゃねンだよハゲ。おら、いつまで油売っとんだ帰んぞ」
    「重ねて言うがハゲじゃないんだ!」
     爆豪がドアバーから手を離せば、スライド式の扉は静かにレールの上を滑りやがてぴっちりと閉じられた。ドアも窓も閉め切られた狭い空間に響き渡る張った声でそう言って夜嵐が制帽を取って見せる。それに目もくれずに爆豪はすぐ脇を素通りし、その影にいた轟の腕をむんずと掴んで更衣室を後にした。
    「雄英! また来週よろしくな!」
     背中に掛けられた夜嵐の声は無視をした。けれども轟までもが無反応だったのは意外だった。今の今まで会話をしていたんじゃなかったのかと爆豪は少し訝しむ。
     すっかりひとけのなくなった廊下を、足取りや足音に含まれる苛立ちを隠そうともせず爆豪は歩く。轟が夜嵐と誰もいない更衣室でふたりきり何を話していたのか、会話の内容までは聞き取れなかった。否、そんなことが気になって苛立っているのでは断じてない。集団行動が必須な場面でたったひとりの不律のせいで自分まで無駄足を踏む羽目になったことに苛立っているのだと爆豪は努めて冷静に苛立ちの根源を分析する。けれども思考に耽っていたその右手が未だ轟の腕を掴んでいることにようやく気が付いて、爆豪はハッと吐息のような声を短く発したのちに掴んでいた腕をぶんと振りほどいて咄嗟に距離を取った。
    「テメッいつまで大人しく掴まれてやがる! ……ア?」
     理不尽な言葉とともに叩きつけるように解放された腕に、けれども轟は怒ることも咎めることもせずただ静かに俯いた。かと思えばずるずるとその場に座り込んでしまう。
    爆豪はぎょっとして廊下のど真ん中でうずくまる轟に近寄る。詰まってゆくふたりの距離の間を、遠くに聞こえる補講帰りの学生たちの声が暢気に横切っていった。
    「……どっか怪我してんか」
     咄嗟に傍へ来たのはいいが隣に並んでしゃがみ込むのはなんだか癪で、立ったまま俯く紅白に声を落とす。最も考えられるのは、先の実演で怪我を負ってしまったことだ。今日のギャングオルカもなかなか切れ味がよかったから、避けきれずに当たってしまったのかもしれない。昂揚している戦闘中は痛みを感じなくとも、終わった瞬間に激痛を覚えて初めて怪我を自覚することはままある。
     質問の答えを待ちながら、普段あまり見ることのないつむじから器用に紅白が生えていることに感心していると、ふいにふるふると小刻みに髪が揺れた。
    「へ、……きだ、……わりぃ、」
    「平気っつー様子じゃねェだろ、どう見ても」
     俯いた表情は長い前髪に隠れて見えないが、爆豪の言葉にきゅっとくちびるを噛み締めたのだけは窺えた。そのくちびるは少々血の気を失っているように見える。だら、と身体のラインに沿うように力なく垂らされていた手が明確な意思を持って動き、それは胸元をぐっと握り締めた。
     爆豪ははあとこれみよがしに溜め息を吐いてみせて、制服のスラックスのポケットに手を突っ込んだ。すぐにスマートフォンの硬い感触を探り当てる。引っ掴んで液晶のバックライトを点け、メッセンジャーアプリを呼び出して右手だけで手慣れたように文字を打つ。そうして相手からの返信も待たずに再びポケットの中に突っ込んで、今度は轟に向き合うように自らもしゃがみ込んだ。
    「ンな所で座り込んどんのは色々と不味いだろ。場所変えんぞ」
     正面からまっすぐに見つめて言うと、轟はようやくゆっくりとおもてを上げた。その顔色は想像していたよりも悪く、ただでさえ日に焼けない体質の白い肌は血の気を失って真っ白になってしまっている。いよいよこれはただごとではないと、爆豪は胸元を握り締めているほうとは反対の手を取って強く引っ張って立たせた。
     よろめくのも構わず強く引いて近くの無人の講義室へとふたりで入る。ぴしゃりと扉を閉めると、だいぶ秋めいてきたとはいえまだまだ残暑の厳しい太陽光線が窓から入って部屋の温度をじわりと上げた。汗をかきやすい体質ということも相俟って、爆豪の額や腕にじんわりと汗が滲む。けれども引っ張り込んだ男は顔を真っ白くさせたまま、暑そうな素振りさえ見せなかった。
    「……あのハゲになんかされたんか」
     盛夏の頃よりだいぶ厚みをなくした蝉たちの声を掻き分けて爆豪がいきなり核心に触れる。先程軽く連絡を入れたとはいえ、あの合理主義の担任が十分も二十分も待ってくれるとは思えないからだ。
    「……なんも、されてねえ」
     けれども轟はふるふるとまた首を横に小さく振って、ふたたび胸元をぎゅうと握り締めるだけだった。それにまたひとつため息をつくと、今度は轟の身体がほんの少しだけ硬くなったように見えた。
    「ンな死人みてェな顔色晒しといてなんもされてねェわけねェだろが」
    「……」
    「質問変えんぞ。夜嵐と何話してた」
     刹那、まるで迷う吐息さえ聞き逃さないとでもいうふうに、夏の尾に縋るようにぽつぽつと鳴いていた油蝉の声がひた、と途切れた。夕立が来るのか、汗を掻いた肌を撫ぜる生温い空気が僅かに湿り気を多く含んだ気がした。
    「……べつに、普通だ。今日のチームアップも上手くやれたなって言われて、やっぱり相性いいなって、普通に好きだって、いわ、れて」
     語尾が弱々しくなっていく代わりに言葉に喘鳴が入り混じる。ひゅ、とひしゃげた呼吸音がして、轟が咳き込むように身体を折った。笑う膝が崩れ落ちる寸前で爆豪が抱き留める。そうしてゆっくりと椅子に座らせた。
     丸まった背中をさすりながら、爆豪は内心狼狽していた。轟が普通と言ったように、轟の口から語られた内容は至って普通のやり取りだったように思う。けれども現に、呼吸がおかしくなるほどに取り乱している。
    「ふつうだった、っ、ふつうなんだ、よあらしは、っひ、ぅ」
    「落ち着け、もう喋んな、息することだけ考えろ」
    「おれなんだ、おかしいのは」
     西の方角から遠雷が聞こえる。徐々に暗くなってゆく空に伴って講義室にも影が落ちていった。
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