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    蜂須賀

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    蜂須賀

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    SweetHome ジェホサンです。

    #SweetHome
    #ジェホサン
    jehosan.
    #ジェホン
    jephon
    #サンウク

    五日月 痛みには強い。
    そう言ったら、そうでしょうね、と呟いたきりあいつは黙ってしまった。
     仕事で廃材を抱えた時にその端部で二の腕の内側を裂いた。仕事柄こんな傷は数に入らないものだし、半袖で現場に入っていた俺に落ち度がある。その程度の知識は持つようになったあいつにそれを咎められるのも面倒に思い、簡単な止血を施し、血で染まったTシャツは捨てて着替えて帰宅した。
     だが、先に食事を済ませていたあいつに出された夕飯を喰っている間に、袖口に滲んだ血を見つけられてしまった。怪我をしたんですか? という声を俺は億劫に感じたから、さして痛くない、そういう意味で言ったのだ。

     黙りこんだままだったあいつは、消毒薬と俺用に常備されている大きな絆創膏を取りに行きテーブルに置くと、なにも言わずにリビングを出ていってしまった。感じた動揺で手当を期待した自分に気づく。きっと大騒ぎするだろうと思っていた。大丈夫だ、たいしたことはない、そうやってあいつを宥めているうちに、本当になんでもないことのように自分でも思えてくるはずだった。
     でもおいていかれた。
    食い物も味がしなくなってしまった。残りを大口でかき込んでシンクに向かう。洗い物をしている間に、浴室からはシャワーの音がした。いつもなら俺を先に入らせるのに。
     風呂の前に消毒は済ませておこうとボトルを手に取る。新しい傷は手の届かない位置じゃない。こんなのは慣れている。それでも、開けたての消毒液はいつもより沁みる気がした。
     風呂を出た気配がしたから、少し間をおいてから浴室に向かう。途中の寝室のドアは少し開いていて、あいつが髪を乾かしているのが見えた。少しの間立ち止まってみたけれど、振り返る様子もないから諦めて、Tシャツに少し滲んた血の汚れを洗面所で洗う。しばらくするとドライヤーの音はやみ、開いていたはずの寝室のドアは閉められた。
     湯気の残る浴室で蛇口を捻り、頭から水をかぶる。傷はやはり沁みて、痛くないんじゃないと、そう気づく。水が湯に変わる前に、あいつのいる寝室に向かっていた。

     「腕、あげると痛いから、頭が、洗えない」
    ドアを開けて、姿を確かめずに吐いた言葉は、思ったより掠れた音で顔があげられない。俯いた髪から滴る水滴で、塗装のはげたフローリングにいくつもシミができた。いっそ腰に巻いたタオルで頭を覆ってしまおうかとも思ったが身体が動かなかった。
     本を閉じる音がして、足音か向かってくる気配でやっと息が吐けた。

    「どうしてそのまま出てくるんですか? ほら早く、床、濡れるから」

     どうかしている。
    でも、顔をあげてキスを乞えばジェホンが俺を許すのを、もうすでに知っている。


             *****


     大丈夫ですよ、痛みには強いので。
    なぜ言わない? その問いへの返答を誤った。彼が眉間の皺を一層深くして押し黙ったことで、私がそう悟った時には彼はもうそこを去っていた。湿布薬を手に戻り、今からでも貼っておけ、そういうと彼はキッチンに立ち夕食の準備を始めた。
     普段から会話の多い食卓ではないが、私を見ない彼の瞬きが多いなと気づく。夕食の後に食べましょうと私が持ち帰ったぶどうのことも、きっと忘れているのだろう。洗い物を終えると、彼は新しいタバコを取りに行くふりをして寝室に籠ってしまった。

     数日前アパートの前を通りかかった時、子供たちがスケートボードで遊んでいた。ヨンス君が彼を見つけて向かってこようとし、舗装の不陸にバランスを崩したのを彼がとっさに支えた。私はその時彼の肩からずり落ちたバッグを受け止めようとして、歩道の手すりに手首をしたたかに打ったのだった。
     言葉がうまくないことは自覚しているから、そのことで私を傷つけることはもう諦めたらしい彼は、ことその行動で私に与える負担には敏感だった。私からしてみれば怪我というほどでもないし、傷みを彼に気づかせまいと努めたわけでもなかった。今日の部活で生徒の相手をし小手を受けてやった時、そういえばやけに長く痛むなと思い出した、と言う程度の打ち身だった。それでも彼は自分を責める。

     どうかしている。
    彼をこんな風にしているのが自分だと、満たされた気持ちでいる私は。

     部屋に入る時にノックをするのは自分の方だけだし、それに返答があったことも一度もない。いつもと同じく沈黙に、一呼吸置いてからドアを開ける。開け放った出窓のレースカーテンの向こうに、片膝を立てて座りタバコを吸う彼はいた。

    「湿布、よれて上手く貼れないので手伝ってください」

     彼が長く息を吐くと、風が私のところまで紫煙を連れてきた。
    今まだ長いタバコを吸い終わる頃、サンウクさんは私を許してくれるだろう。
              
                               〈了〉
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