夏の果 またサンウクさんが引っ越しをしたという。
今度の部屋は見晴らしがいい、とぽつりと呟いたのに思わず、見てみたい、と零してしまった。サンウクさんは一息煙を吐いたあと、じゃあ来るがいいと応じた。
その時すぐにでも、じゃあこの週末に、などと言ってしまえばよかったものを、曖昧に会話を終わらせてしまったから、ようやっと訪ねる約束を交わしたのは夏も終わりの頃だった。
約束の日バスを降りると、あたりはもう夕闇が迫り、東の空には雷鳴が轟いていた。
スマホに送られてきたマップと、赤いトタン屋根の2階建て、という漠然とした道案内は不安だったが、曲がりくねった坂の上にある青い屋根ばかりの一角でそれは容易に目についた。薄っぺらな屋根の下には、窮屈そうに4,5戸分のベランダが並んでいる。
けれど、サンウクさんの部屋があるはずの2階は、どこも明かりがついていなかった。今日帰りは早い、と言われたけれどまだ仕事だろうか。早いと言っても何時ごろと聞いたわけではなかったし、推測しようにも彼の生活サイクルをそれほど知っているわけでもない。インターホンがあるかどうかも知らない扉の前で、彼の不在を知るのは寂しい気がした。どこかで時間を潰そうか、いや、不在と決まったわけでなし、とつまらぬ尻込みをしていると、いちばん端の、隣に生える大木の枝に支えられているようなベランダに、ぽっ、と小さな光が瞬いた。
ああ、サンウクさんだ、ライターの炎に違いない、身勝手にそう決めつけた。
ずいぶん遠回りをさせる坂を上り、ようやっとたどり着いた部屋のドアは僅かに開いていて、迷ったがノックをする。
少し間をおいて、開いてるだろ、と咎めるような声がした。真っ暗な小さな部屋の奥、揺れるカーテンの向こうにサンウクさんがいた。
稲妻が走り、なにもない壁の大きなシミが一瞬露になる。
立ち尽くしたまま、電気つけないんですか?と背中に問う。
雷を見てた、サンウクさんが答える。
閃光がまた、鋭く私の目を射抜いた。
了