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    武のふたりの掌編 / 前後左右はあまり考えていません

    デウスエクスマキナの憂鬱 死人のような寝顔は十年経っても変わらないらしい。
     静かに眠る男を、わずかに上方から眺めて九頭竜智生の唇はゆるく弧を描いた。
     隣には細く寝息を立てる相棒の姿がある。
     昔から死んだように眠る男だ。寝息も細ければ寝返りもほとんどうたない。絵に描いたような寝姿だと思っていた。それを智生はふたたび眺めている。同じ寝床につきながら。
     本来幻影に睡眠は必要無い。
     だから智生に眠りはいらない。
     それでも寝台の半分を与えられたのは、そのように振る舞うことを求められているからだ。まだ人であれと望まれているからだ。
     誰に?
     問うまでもない。

     記憶にあるのより白けた髪に指先で触れる。
     心労から白髪が増えた、というふうではない。間近で見るそれは髪の色素そのものが薄くなってしまったようにみてとれた。目元には消えることのない隈。かつての夜の化身のようだった、あの面影はどこにもない。いまは閉ざされている黄金の瞳、それ以外は。
     しかし智生はとなりに眠る男を自らの唯一無二であると認識している。
     昔から変わらない寝姿。昔から変わらない皮肉を言う口。智生の我儘にはどんなに渋ってみせても最後には折れてしまう甘いところ。
     すべて知っている。
     すべて覚えている。
     それがおのれの記憶ではないことを、ここに存在する九頭竜智生は理解している。
     いまここにある記憶のすべてが自分ではなく、死人のように眠るこの男のそれに拠っているのだということ。だからこの智生の記憶には『抜け』があるはずなのだ。晴臣の知らない智生のことを、いまここに存在する九頭竜智生は知りようがないのだから。
     しかし智生はひどく満たされていた。
     十全に幸せだった。
     微笑んだまま微動だにしない男の首筋に顔を埋める。
     知ったにおい。知った体温。
     知っている。すべてを知っている。最後に壊れてしまうことも、知っている。いつか終わってしまうことを。永遠につづく夜はないことを。
     智生は笑いたかった。
     不完全なはずのいまの自分がこれほどの幸福を感じていることに智生は笑わずにはいられないのだ。
     しかしかれは笑わなかった。となりで眠る晴臣を起こすのは本意ではなかったから。
     そうしていまの幸福はそう願われて在るのだということを思い出す。
     智生は声を立てず深く笑った。
     願ってくれていたのだ。
     ともにあることを。そして、幸福であれ、と。



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    DOODLE匋依 / デキてる / ちょっとはやめのクリスマス小話
    クリスマスソングも弾かないで 街がイルミネーションに彩られている。
     地上26階から見下ろすと、ひかりのつぶてを纏う木々はまるで海の底に沈んだ流れ星のようにみえた。いつもより思考がロマンティックになっているのは場の空気に酔っているからだ。首筋に細く湿った吐息がかかる。煙草と石鹸と匋平の香水のかおり。はだけたバスローブのした、膚を撫でる手つきはやさしかった。

     これまでクリスマスというものに特別な思い入れをもったことはなかった。年に何度かある掻き入れ時のうちのひとつで、年の瀬も近いから人々が浮足立って賑やかしい、その空気感が心地いい。依織にとってクリスマスとはながらくそういうイベントだ。
     もちろん楽しみもあって、弟たちとパーティもすれば、プレゼントを贈り贈られすることもある。先代翠石が存命だったころも同様で、ど派手な宴会(あれはパーティと形容できるものではない)が行われ、大量の酒がふるまわれたあげく、泥酔した組員たちによるビンゴ大会などが催されていた。若いころの依織はどちらかというと会の裏方に回ることが多く、宴もたけなわのころには邸のキッチンなどで一服するのが常だった。そういうときに決まって親父がひょっこりと顔を出し、「袖の下っちゅーやつや」などと冗談を言いながら贈り物をしてくれたのを覚えている。いつまでもガキじゃねぇんだと嫌がる依織の心情を思いやってかプレゼントとは言われたことはなかったが、あれは間違いなく親父からのクリスマスプレゼントだった。だから依織にとってクリスマスとは家族のためのイベントだ。
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