小さいルージュと大きいブルーの話 窓から差し込んでいた日差しが、地平線の向こうへと姿を隠してから早数時間。
机上に積み上がっている書類の束を端に寄せ、小さく溜息を吐く。
再び地獄を封印した後、僅かに生き残っていた者や他リージョンから救援に訪れた人々の先頭に立つ形で、マジックキングダムの復興に心血を注ぎ、早数ヶ月が過ぎた。
他の事を考える余裕もないまま、日々はあっという間に過ぎていく。
マジックキングダムに戻ってからというもの、混ざり合って一つになっていた意識はブルーのものだけが表に出ていた。奥深い場所でルージュの存在は感じ取っていたが、眠っているかのように反応がない。
だがその感覚も、日々小さくなっている。
このままルージュが消えてしまうのではないかという不安に襲われながら、今日も一日の作業を終えた。明日は休みということで、大量に持ち込まれていた仕事の中で急ぎの物だけを片付けたが、すっかり遅くなってしまった。
すっかり日の落ちた街中に、ぽつりぽつりと家の明かりが灯っている。
一度は消えかけた人々の暮らしが、少しずつではあるが戻り始めていた。
一番被害が大きかった魔術学院。
随分と少なくなった教師や生徒、地下から救い出した生まれて間もない子供達。
壊滅的に荒れ果てていた建物を少しずつ修復しながら、彼らはそこで暮らしている。
学院長が使っていた部屋で、ブルーは寝起きしていた。
豪奢な家具はどうにも落ち着かないが、無事に残っている数少ない部屋の一つだったのだから、仕方がない。
閉じた目の向こうに朝の光を感じ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。開ききっていない目で壁の時計を見ると、針はもう間もなく六時を指そうとしていた。
普段ならば起き出して身支度を整えている頃だ。
久しぶりに一日休みということもあり、もう少し寝ていたかったが、予定より早く目覚めてしまった。寝直すのも勿体なく思えてしまい、ゆっくりと体を起こす。
そこで、
「おはよう、ブルー」
半分程覚醒した意識を揺り起こしたのは、小さな声だった。
ブルーは、この声を知っていた。直接耳にしたのは、たった一度だけ。それでも頭の奥にしっかりと焼き付いていた。
「……ルージュ……?」
ゆっくり目を開いて周囲を確認するが、ルージュの姿はない。先程聞こえたのは、確かにルージュの声だったはずだ。
もしかしたら、夢だったのかもしれない。それならば、もう一度眠れば夢の続きが見られるだろうか。
「ブルー!」
目を閉じようとした瞬間、再び耳に小さな声が飛び込んできた。
慌てて体を起こし、周囲を確認する。
「……やはり、気のせいか……」
「違う! 夢でも気のせいでもない!」
先程より少しくぐもったような声が聞こえた。声の出所を探すと、どうやら声はブルーが捲り上げた掛け布団の中から聞こえている。
おそるおそる掛け布団を指で持ち上げると、そこに声の主はいた。
銀色の髪と紅い瞳、白い肌。普段、鏡で見ているブルー自身とよく似た顔立ち。随分と小さいが、確かにこれはルージュだ。
「……俺はまだ夢でも見ているのか……?」
手のひらに乗りそうなほど小さなルージュが、掛け布団の上からブルーを見上げている。
背丈はブルーとほぼ変わらないと思っていたけれど、今は十数センチ程しかない。まるで人形のようだ。
「……あんまりジロジロ見るな」
「あ、あぁ……」
掛け布団のカバーを引っ張り体を隠しながら、じろりと睨まれる。
ひとまずハンカチを取り出し、それを巻いて体を隠してやった。それで一安心したのか、布団カバーから手を離す。
小さなルージュを枕の上に座らせ、ブルーは身支度を整えるため洗面所へ向かった。まず洗顔と歯磨きを済ませ、それから服を着替え、いつも通りに髪を結い上げる。
普段に比べて少し急ぎ気味にそれらを済ませると、足早に寝室へと戻った。
部屋を出る前と同じ位置で、ルージュはブルーの帰りを待っていた。
手を差し出すと、よいしょと声を上げながら、手のひらに乗り上げてくる。目の高さまで手を持ち上げ、頭から爪先までを眺めた。
「……本当に、ルージュなのか」
「そのはず、だけど」
元の大きさに戻れるかは分からないが、さすがにハンカチだけを着せておくわけにもいかないだろう。
身近で相談出来そうな相手も思いつかず、ひとまず次の休みにマンハッタンのショッピングモールにでも出掛けようと決めた。
「小さいと、出来る事がほとんど無くて暇だな」
文庫サイズの本を読むのも一苦労だと、欠伸をしながら退屈そうに言う。日がな一日、少し本を読んでは外の景色を眺めたり、机に置かれた布団代わりのタオルで眠る生活を送っているらしい。
「命術が使えなくなった?」
「あぁ、おそらくはお前が分離した日から」
他の術は使えるのかと聞かれ、試しにいくつかの術を発動させてみる。
使えなくなったのは命術のみで、他の術は問題なく使う事ができた。
「それが、何も術が使えないんだ」
おそらく、ルージュの中に術の資質は一つもない。
「……まだ少し、お前の方が大きい」
「気のせいだろう」
「そんなことない」
ルージュが一歩前へ足を踏み出すと、鼻先が触れそうな程に顔が近付く。確かに、ルージュの鼻先はブルーよりも随分と下にある。
「ほら」
「確かに、そうだな……」
いくら瓜二つな双子だからといって、身長まで同じだとは限らないだろう。ブルーがそう言っても、ルージュは納得していないような表情を浮かべている。
首に手が回されたかと思えば、ルージュの方から口付けてきた。
こくり、と白い喉が音を立てる。
「これできっと、明日には元通りだな」
「……そうだといいな」
だが、翌日になってもルージュの身長は変わっていないように見えた。
「……おかしい」
「もともとお前の方が少し小さかったのだろう」
・ここからなんかちゅーする度に少しずつルージュがおっきくなる話を書いてくれ
・あわよくば本番まで辿り着いてほしいけど、まぁなくてもいいかという気持ち
・手のひらサイズか子供サイズかちょっと悩むところ
・分離した時点で命術は使えなくなってる
・大きくなるごとにブルーの使える術が減っていく感じ
・最終的に融合前の状態に戻る感じかな……